待ちわびた。バレーボールというスポーツを知り、ある選手に魅了されてから数年。ついに…ついに、この日がやってきた。私は今日から烏野高校1年生だ!
桜舞い散る、4月。県立烏野高等学校の校門前にて、私は只今感動にうちひしがれていた。憧れの小さな巨人も、この校門を通り、この校舎で勉強し、体育館でバレーをしていたんだ!顔もうろ覚えだし、名前も知らないけれど、あんな風になりたい一心でここまでやってきた。
私の青春は今日から始まるのだ!
出来ればこの興奮を道行く人々に伝えて回りたい気分だった。出来ないけど。
「なんか燃えてきた!」
「邪魔なんだけど。燃えるなら焼却炉でも行きなよ」
「はっ、すみません!そうします!」
「…」
「待ってよツッキー」
入学式には持ってこいの快晴、風に舞う桜の花びらがいかにも"春"を演出している。まるで自身への花吹雪のようなそれは私の心を必要以上に盛り上げた。
しかし、それもほんの数秒で背後から聞こえた不機嫌な声により消えてしまう。振り返ると、長身で眉間にシワを寄せた眼鏡の男子が私を見下ろしていた。
ヘッドフォンを首に掛け、ほどよく崩した制服の着こなしが小洒落ている。でっかいな…先輩かな?バスケ部かな?
慌てて道を開けると、私をちらりと見て鼻で笑い、スタスタと通りすぎて行った。その後ろをこれまた長身の気の弱そうな男子が追いかけて行く。すれ違い様にペコリと頭を下げられたので、私も同じように会釈した。
この人はいい人だ!
…でも、ツッキーって呼ばれてた方は感じが悪かったな。確かに私も邪魔なところにいたけど、何故鼻で笑う必要があった?
「でも許す!」
だって私は今日から高校生なのだから。こんなことで一々怒っていてはいけないのだ。
大人にならなければ、大人に…。私って寛大!?と内心笑い飛ばしていると、今度は女の先輩にぶつかったのですみませんと謝って、大人しく下駄箱に向かうことにした。
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「良かった〜!同じクラスだね!」
「可愛い子居るかな!?」
「入学式だるー」
1年生の廊下は同じ新品の制服に身を包んだ生徒たちで騒がしい。同じクラスになれたことを喜ぶ人や、不安げにキョロキョロと周囲を見渡す人、あまり興味がないのかあくびをしながら歩く人。配属された先の1年3組に向かいながら、私はきっと他人から期待に目を輝かせているように見えるんだろうと思った。もちろんその通りワクワクしているし、むしろ通り越して気持ち悪いくらいだ。
小さな巨人は何組だったんだろう。どこの席に座ってたんだろう。この廊下も歩いたんだよね。
考え出したら口角がどんどん上がっていく。流石に一人でニヤニヤしながら教室に入るのはヤバすぎるよね、とドアの前で気を引き締めた。誰か知ってる子が居ますように、友達たくさん出来ますように!そう念じつつ、足を踏み入れる。
「エッ!?」
刹那、固まった。
浮かれていた脳が一斉に活動を停止し、息をするのも忘れ、手足がピタリと動かなくなる。時が止まったような気がした。私の驚きの声に、周囲の視線が一斉に突き刺さる。
「か、影山!?」
「ななし野…」
なんでいるの?白鳥沢に行ったんじゃないの?話すの久しぶり、髪切った?など私の頭の中は軽くパニックに陥っている。もう二度と話すこともないだろうと思っていた影山と、こんなに早く再会することになるとは夢にも思わなかったのだ。
確かに知り合い居たら嬉しいかもとは思ったけれど、よりによってあの影山だなんて。
「…」
「…」
あまりの衝撃でどう切り出せばいいのか、どうやって喋ればいいのか思い出せずに視線をキョロキョロとさ迷わせる。影山も同じように、第一声に悩んでいるようだ。
見つめあって固まる私たちにクラスメイトたちが不思議そうな視線を送ってくる。その内の一人が感動の再会?と呟いたけれど、そんなロマンチックなものじゃない。
完全に考えることを放棄した私の背中を誰かが押した。
「どうしたんだ?席につけ」
「は、はい!」
どうやら担任だったようだ。促されるまま自分に割り振られた席に向かう。幸か不幸か影山とは離れていたこともあり、一旦落ち着いた。
でも、記念すべき入学式もホームルームも何もかも頭が真っ白で覚えていない。かくして私の青春の第一歩は始まったのだった。
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結局、同じクラスにも関わらず影山と話す機会もなく数日が過ぎた。向こうもこちらを気にしているようだったけど、私は友達作りに忙しいフリをして接触を避けている。
まだ、かけるべき言葉が見つからないのだ。一年前も、今も、私の態度はきっと影山を傷付けていると思う。そんなことは分かっているけど、こればっかりはもう少し時間が欲しい。私はそうやって問題から目を背けた。
「ななし野さんはバレー部だっけ?」
「そう!男バレのマネージャー!」
ようやく部活動の仮入部も始まり、クラスメイトたちと部活の話題に花を咲かせていた。私は数年前から既に決まっているので、欄が埋まった入部届けを彼女たちに見せる。まるで賞状のように掲げたところで彼女たちは「熱いね〜」と笑った。それから部活動見学に行くというので、私は手を振り見送る。さて、私は職員室へ行かなければ。
「またか…」
ポケットに入れていたケータイがさっきから震えっぱなしだった。持ち始めたばかりのケータイにメールがくると嬉しくてすぐに確認…していたのは3日目までだった。
差出人は及川徹。学校どう?とか友達できた?とかそんな些細な内容である。ずらりと並ぶ幼なじみの名前を見て、私は気付いてしまったのだ。
これ、直接会って話したほうが早くない?頻繁に顔をあわせているのだからわざわざメールや電話でやりとりするより手っ取り早い気がする。岩ちゃんからは滅多に連絡はないし、友達のアドレスはまだ知らない。
徹ちゃんとのやりとりはそろそろ飽きてきた、というのが本音だけど。
私は、そっとケータイを鞄に仕舞った。
「見つけたわ!ついに、見つけた!そこのシンデレラ!そう、あなた!とてもいい目をしている、素晴らしい!演劇部はどうかな?きっと、あなたならシンデレラになれるわ!演劇部のエースだって夢じゃない!」
「わ、私が!エースに?!」
「そうよ、あなたは磨けば光る原石!化けるわ!演劇部の救世主になる!10年に一人の逸材だわ!」
「きゅ、救世主!?逸材!?…まじか〜、そっか、まじか…」
「さあ、我が演劇部へ!あなたの輝かしい青春と素敵な出会いが待っている!!」
「青春が!?」
廊下ではたくさんの部活動が勧誘をしていて、ひっきりなしに声を掛けられた。でも私は、男バレ一択なので全てお断りだ。どの部も新入部員獲得に力を入れていて、ここはさながら戦場のようである。
その中でも演劇部の迫真の勧誘にはつい足を止めてしまった。10年に一人の逸材だとか、エースになれると言われて少し気持ちがぐらついてしまう。真剣に君が必要だと訴えられると頷きそうになる。かつて私がこれ程人に求められたことがあっただろうか!
「すいません、私には…私には、心に決めた部がありますのでっ!!」
断腸の思いで先輩を振り切り、駆け出した。後日、他の女の子にも同じことを言っていたことを知り、制止の声を振り切って良かったと思う。
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そして無事に入部届けを提出した私の足取りは軽く、最早スキップしていた。私に羽があったならきっと天井にめり込んでいる。それ程、浮き足立つ気持ちを抑えきれない。
あの人も通ったであろう体育館までの景色を目に焼き付けようと、窓の外へ顔を向けた瞬間、私は何かにぶつかった。
「うぷっ」
「…ちょっとどこ見て歩いてんの?」
「ご、ごめんなさい!」
「ツッキー大丈夫?」
ぶつかったのは、この間私を鼻で笑った長身の眼鏡男子だった。あの時と同じように、後ろには気弱な彼も居る。
一瞬怯んだ私にまたしても冷えた視線を寄越す眼鏡男子。私の謝罪が気にくわなかったのか、彼の眉間にシワが寄った。
でも、今の私は華麗にその場を立ち去る程の余裕がある。すぐに強気になった私はもう一度謝罪をして、その場を立ち去った。
「なんなの、あいつ」
「さあ?」
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「あっ!」
第2体育館までルンルン気分でやってきたのはいいものの、私は一つ重大なことを忘れていた。影山だ。影山飛雄。
彼は365日24時間バレーについて考えているような奴である。絶対にバレー部に入るだろう。そして私も男子バレー部のマネージャーになる。
つまり、また同じ部活で三年間過ごすということ。早急に影山と仲直りしなければいけない。悩んでも仕方のないことは分かっているけど、気が重かった。
体育館に近づくと館内からボールの音が聴こえてきたので、恐る恐る中を覗く。やっぱり居た!しっかりジャージに着替えて、一人でボールと戯れている。
「どうしよ〜…」
…いきなり二人きりはハードルが高いし、かといっていつまでも覗いているわけにもいかない。どうしよう、マジでどうしよう。とりあえず、誰か来るまで様子見するしかない。
「あの時はごめん、影山!」は、いきなり何言ってんだって感じだし「よっ、影山奇遇だね!これからよろしく!」は不自然だし…ウンウンと第一声を考えてみるけどいい言葉が思い浮かばない。別に喧嘩した訳ではないので逆に難しいな…。
しばらく体育館の入り口から、こっそり覗き見ていると、後ろからバタバタと足音が聞こえ私の後ろで止んだ。
「何で居る?!」
「!?」
デジャヴ。いつかこんな光景があったなとぼんやり思う。突然背後から聞こえた声に振り向くと、背の低いオレンジ頭の男の子が体育館の中の影山を見て固まっていた。そして、その手前で影山の様子を見ていた私の姿も認識すると「お、王様のカノジョも!」と口をパクパクさせている。
「ななし野?」
え、カノジョって?と口を挟む間もなく、影山が私の名前を呼ぶ。今度は私が見つかった!と口をパクパクさせる番だった。
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