そして日曜日。早いものでテスト前最後の休日である。
青城もテスト期間が同じということで、先日徹ちゃんと勉強会を行う約束をしていた。彼は、ああ見えて勉強もそこそこ出来る。部活中心にも関わらず。そんな人に教われば私の赤点も回避間違いなし!
今回のテストはもしかすると過去最高得点を叩きだすかもしれない。なんて、ルンルン気分で約束の時間に家を訪ねると、私は徹ちゃんの部屋に直行した。さて、どうやって登場すべきか……。いつも驚かされてばかりなので、少しでもやり返せないだろうか。2秒程考えた結果、私は童心に返ることに決めた。

「とーおーるちゃーん、大変だー!てる政宗が居たぞー!」

その台詞とともに部屋へ飛び入った私は、一瞬にして後悔することになった。消え入るような声で「嘘だけど…」と付け加えたものの、私の当初の目的は果たされず、むしろこっちが驚いている。

「……えっと、こんにちは」

即座に向けられた8つの目。てっきり徹ちゃんしか居ないと思っていたのに、まさか、岩ちゃんとマッキーさん、さらにまっつんさんまで居るなんて聞いていない!もし知っていたら、もっと上品に登場したのに!
何とも微妙な空気が流れる中、苦し紛れに挨拶をすればまっつんさんがそれを察して返答してくれた。

「ども。松川です」
「あー、お邪魔してマス。マッキーです」

半笑いではあるけれどまっつんさんのおかげで、私の気持ちが軽くなる。それに続いてマッキーさんも同様に挨拶をしてくれた。が、目が合うと耐え切れずに噴き出された。そういえばマッキーさんには、IH予選の時も失態を見られて笑われた気がする。
やっぱり変人だと思われたよね…?ちょっと残念な気持ちになると今度は徹ちゃんが笑い転げた。

「ぶはーっ!!何この空気!!無理なんだけど!ごんべ子まぬけすぎ!」
「…な、なんかごめんな、隊長!ぶふっ」
「おい、ごんべ子。恥ずかしいから普通に登場してくれ」
「岩泉、ノッてやれよ」
「あ、お気になさらず……」

唯一気をつかってくれたまっつんさんは、思ったより優しい人なのかもしれない。笑いを堪えている感じは否めないけど。
まさか他に人がいるなんて思わなかったし……という言葉を飲み込んで、笑い転げる徹ちゃんの隣に大人しく座った。今度から、きちんと誰がいるのか確認しようと思う。

「ねえ、笑いすぎじゃない?」

マッキーさんと共に、いまだ笑い続けている幼馴染みの太ももを思い切り叩く。「いてっ」という声が上がったものの、私の顔を見るとニヤニヤ顔がよりいっそう濃くなった。
これは…ネタにされるな…。慣れとは恐いもので、ネタにされようが笑われようが何も思わなくなってきている自分がいる。そんな私が一番恐い。

「隊長は何やるの?」
「えっ、隊長って私のこと…ですか?」

持参したテキストとワークを机の上に並べると、声を掛けてきたのはまっつんさんだった。わざわざ私の隣に座り直したので少し緊張した。徹ちゃんや岩ちゃんを通して話には聞いていたけど、実際に会話するのは初めてだったし、何よりどんな性格なのかまだ分からないので返答に困った。その動揺から思わず声が裏返る。

「隊長って言ったら君しか居ないよね」
「…はい!」
「肯定するんだ」

まっつんさんから「隊長」と呼ばれたことに照れながら頷くと、ははっと目を細めて笑われた。雰囲気や仕草が大人っぽくて、正直高3には見えない。旭さんとは違うタイプの印象を受けた。やっぱり二学年離れると精神的にも大人になるんだな。寝転がってマッキーさんとニヤニヤ目くばせしあっている幼馴染は別として。

「今日は数学と英語を持ってきました」
「ふーん。じゃあ、俺が家庭教師してあげようか?」
「えっ、本当ですか!ぜひ、お願いします!」

その有り難い申し出に喜んで頷くと、まっつんさんは小さく笑う。さすが3年生!出来る雰囲気が半端ではない。
これは充実した勉強会になりそうだ!そう確信したところで、さっきまで笑い転げていた徹ちゃんが急に会話に割り込んできた。

「ちょっと、松っつん!ごんべ子には俺が教えるんだから邪魔しないでよ!」
「もう、私とまっつんさんの邪魔しないでよ〜!」
「及川も一緒に教えてやろうか?」
「ハァ?いいよ、俺は!ごんべ子と二人でやるから!」
「えー、せっかくだしまっつんさんも一緒がいいな…」
「何言ってんの!そもそも俺に頼んできたのは、ごんべ子じゃん!」

てんでまとまりのない会話に、私たちは一旦黙り込む。私に教えたがる徹ちゃんと、まっつんさんから教わりたい私の間に火花が散った。確かに頼んだのは私だけど、他の人を連れてきたのは徹ちゃんだ。お互い様じゃないか!

「あ、じゃあ間を取って俺が隊長に教えてやろうか?」
「何で間が花巻なんだ?何でもいいからさっさと終わらせろよ」
「岩泉、お前もな」

ふぬぬ…と睨み合う私たちの間を取り持つためにマッキーさんがそろそろと手を上げて名乗り出てくれた。そして岩ちゃんの呆れた声と、まっつんさんの冷静なツッコミが耳に届く。
このままではせっかくの勉強会がただの言い合いで終わってしまう。それはもったいない。
とりあえず分からないところがあれば分かる人が教えるということでお互い納得し、各々勉強に取り掛かることになった。


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「あー、飽きてきた…とりあえず家捜しでもしますかね」
「息抜きは必要だしな」
「ちょっと、何物騒なこと言ってんの!?息抜きに家捜しってどういうことなのさ!」

二時間程経った頃、真っ先に声をあげたのは意外にもマッキーさんだった。唇を尖らせ、その上にシャーペンをのっけて物騒なことを口走っている。
同意したまっつんさんと二人で部屋を漁り始めたので、徹ちゃんが慌てて止めに入っていた。何だか楽しそうだった。

「つかれたね、岩ちゃん」
「そうだな。あーバレーしてぇ」

大きく伸びをしている岩ちゃんに話しかけると、心底げんなりした顔でそう答えた。岩ちゃんは見たまんまの体育会系なので、じっと教科書と睨めっこするのは性に合わないらしい。それでも成績はそれなりに良いので羨ましい限りだ。
ちらっと見えた岩ちゃんのノートには大量の"根性論"の文字が書き綴られていて、相当のストレスを感じていたことを察した。

「おいハンガー野郎!何でエロ本がないんだよ!お前それでも男か!」
「へっ!こうなることを予想して予め隠しておいたのさ!残念だったね、マッキー!」
「異常に腹立つなハンガー野郎」
「何とでもいいなよ、松っつん!」

私の存在なんて忘れているとしか思えない会話が部屋を飛び交う。すっかり勉強モードが解除されてしまったようだった。かくいう私も集中力なんてとうに消滅している。
くだらない言い合いをしている3人をぼんやり眺めながら、私は再度岩ちゃんに話しかけた。

「岩ちゃん、ハンガー野郎ってどういう意味?」
「あー、及川のあだ名みたいなもんだ。ハンガーくそ野郎及川の略だ」
「ちょっと、岩ちゃん!何か違う!」

あだ名か。岩ちゃんの言葉にふむふむと頷いていると、すかさず徹ちゃんの訂正の声が入った。でも、誰も何も言わないことで不安になったのか、マッキーさんたちに「え、違うよね?」と確認している。
違うの?私が首を傾げていると、まっつんさんがかいつまんで説明してくれた。
どうやら、徹ちゃんの写真つきハンガーが出回ったことで"ハンガー徹"というあだ名が広まったらしい。そしてハーフだと思われていたとか。…そんなハンガーが出来る程の人気ぶりに驚きを隠せなかった。

「俺、ハーフでも通用するんだよ!すごくない?」
「お前のポジティブさは天性のものだな」
「私の想像以上に凄い人なんだね…」
「色んな意味でな」
「まあまあ、ひがむなよ!岩ちゃん…ヘブッ」

徹ちゃんが得意気に鼻を鳴らした瞬間、岩ちゃんが投げたバレーボールが顔面にヒットした。
うわあ、痛そう…。その衝撃を想像して思わず鼻を抑えると、同じ動きをしていたマッキーさんと目が合う。「痛そうだネ」と肩をすくめたので全力で頷いておいた。

「クソハンガー鼻血川野郎は放っておいてバレーしようぜ」
「あだ名のセンス…!」

すっかり勉強に飽きてしまった岩ちゃんが、バレーボールを手に立ち上がる。いつものことだけど、うずくまる徹ちゃんを心配する気は微塵もないようだ。
最早、勉強会を再開する気は誰一人なかったのかみんな同意の声を上げていた。わからないところは大体教えてもらって解決しているので問題はない。マッキーさんが岩ちゃんの作った新しいあだ名に驚愕している姿を眺めながら、私も勉強道具を片づけた。

「隊長もどう?」

荷物を手に立ち上がると、まっつんさんは私にも声を掛けてくれた。邪魔になるだろうし、とこのまま帰るつもりだった。でも本当は私もバレーをしたいと思っていたので、その誘いはとても嬉しい。

「私も参加していいんですか?」
「遊びだしな」

ちら、と岩ちゃんやマッキーさんを見ると同意してくれたので、喜んで参加させてもらうことにした。実は、IH予選の日から、イメトレだけは欠かさずしている。体育でバレーがあったときにいつでも動けるようにしたかったのだ。
ついに私の脳内イメージを実践する日が来た!そう思うと、やる気が溢れて仕方ない。
岩ちゃんたちについて部屋を出ると、後ろから悲痛な叫びが聞こえてきたのだった。

「ちょっと、誰か俺を介抱して!」


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