裏街道珍道中!

バクバクと鳴る鼓動が鼓膜を支配する午後最後の授業。手渡された答案用紙の点数を見るだけなのに、どうしてこうも緊張しているのだろう。答えは一つ、東京遠征がかかっているから!
これまで返却されたテストは無事、平均点以上を叩きだしていた。それもこれも、私に勉強を教えてくれたツッキーや青城の先輩方のおかげである。
今手元にある現代文の点数が40点以上ならば、私は見事赤点フラグをへし折ったことになるのだ。時間にして数週間、受験生ばりに頑張った努力が報われる。

「ふう…」

周囲はとっくに点数を確認して友達とあれが違った、これは合ってると報告しあっている中、一つ息を吐き出して思い切り答案用紙を裏返した。
うおお、丸がいっぱいある!ところどころ凡ミスやら盛大な勘違いでのミスもあったけど、何ら問題はない。
念のために三回くらい確認したけど、ちゃんと最低ライン以上の点数だった。よかった、本当によかった!全教科、赤点以上。無事に合宿参加の資格を得たのだ。
感無量!我が人生に一片の悔いなし。そんな気持ちで震えると武ちゃん先生と目があって、優しく微笑まれたのだった。

「影山、どうだった?」
「……」

自分のことばかりに気を取られていたけど、影山はどうだったんだろう。隣の席の影山にこっそり尋ねようと視線を向けると、茫然と答案用紙を見つめて固まっていた。私の目には、真っ白に燃え尽きているように見える…。というより、白目をむいているように見えるんだけど…。声を掛けるのも憚られたけど、気になるものは気になる。

「影山、もしかして…」

ぐっと身を寄せて、影山のテストを覗き見る。…38点。赤点は40点。足りないではないか!漢字の問題は全部あっているのに、読解問題がほとんどバツになっていた。

「うん、まあ仕方ないよ…」

それ以外に掛ける言葉が見つからない。あんなに頑張ってテスト勉強をしていた影山を見るのは初めてだったし、実際他の教科はちゃんと成果が出ていた。
声も出ない影山の変わりに落胆してしまった私は、ゆっくり身を引いた。
何とか、何とかならないですか?という期待を込めて武ちゃん先生を見るも、悲しげに首を振るばかりだった。運命は残酷だ……。


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放課後、いつもなら秒速で部活に向かう影山がまだ廊下を歩いていた。やっぱり赤点を取ったことはショックだったようで、背中から漂う負のオーラが凄い。今日ばかりは部活への足取りは重いようだ。何しろ赤点の報告をしなければならないから…。

「影山、大丈夫?」
「ななし野……」

心配になって声を掛けると、落ち込んでいるというよりは焦ったような表情で私を振り返った。その瞳は決して遠征を諦めてはいない。

「東京って走ったら何時間かかるんだ?」
「え?」

真剣な表情でそう聞かれ、私はたじろぐ。
東京まで、走ったら…?電車でも相当かかるのに、走るとなると想像もつかない。何時間っていうより何日かかるか、だと思う。多分、到着しても合宿は終わっているだろう。
まさか本当に行く気じゃないよね、と不安になっていると後ろから別の誰かに声を掛けられた。

「うおお、どうしよう、おれ!おれぇ…!」
「何してんの、君ら。通行の邪魔なんだけど」
「あれ、何か日向と影山の顔色が悪いような…」
「みんな今から部室に行きます?」

急に人口密度が増えた廊下に、嘆きの声が響き渡る。半泣きで現れた日向にびっくりしていると、ツッキーがいつものように意地悪な笑みを浮かべ現れた。その後ろにはグッチーも居る。そして更に後ろから谷地さんも合流し、バレー部1年生が大集合した。
大体の事情は日向と影山の様子を見れば分かったらしく、谷地さんとグッチーが「まさか…」と息を呑む。

「もしかして赤点取ったの?」
「うっ」
「取っ……た!」

ツッキーの単刀直入な質問に、日向が青い顔を背け、影山は否定する勢いで肯定した。明るい廊下が私たち一団の所為でどんよりと重苦しくなっている。通りすぎる生徒たちの「解放されたー」という言葉が可視化されたら、きっと日向と影山に刺さりまくっているだろう。

「で、君は?」

はあ、とため息を吐いたツッキーが今度は私に問いかける。大丈夫だったと伝えると、「そう」とたった一言。あれ、それだけ?
「カンニング?」とか「採点ミスじゃない?」なんて意地悪な言葉も覚悟していたのに、予想外に無反応だった。それはそれで寂しいような気もするけど、今は私より変人コンビの方が重大だったんだろう。

「ねえ、とりあえず部室行く?」
「そうだね、グッチー」

通行の邪魔になるし、部活の時間も迫っているのでグッチーの言葉に同意して歩き出す。日向と並んだ谷地さんが、例の答案用紙を見て大きな声を上げた。

「え!日向、これもったいない!うそ、答えはあってるのに!」
「うう、気づいたのが終了間際だったんだ…!時間さえあれば…!」

谷地さんの言葉で日向が英語で赤点を取ってしまったことを知った。しかも回答欄がズレているだけで、答え自体は合っていたというのでやりきれない気持ちだ。

「詰めが甘いんだよ、お前は」
「ちょっと、王様。君、人のこと言えないよね」
「でも、漢字は全部合ってたよね。影山」
「おー、スゲー」
「でも赤点だから」

ピシャリと言い放ったツッキーの言葉が赤点コンビに止めをさしたようで、二人は途端に大人しくなる。そして部室につくまで、谷地さんの「合ってるのにィ…!」という嘆きは止まらなかった。


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「補習は日向と影山の二人だけだ」

放課後、部活前のミーティングで放たれたコーチの言葉に、当人たちはずーんと落ち込んだ。今日だけで何度も見た、二人の落ち込んだ顔。でも、先ほどよりは大分ショックが軽減されたようにも見える。それに、先輩たちもあまり焦った様子もないし、よく見ればコーチや先生もそれ程驚いているわけでもなかった。

「まあ、採ってしまったもんは仕方ねぇ。補習も仕方ねぇ。だが、正直二人の戦力は春高に欠かせない」

コーチの言葉に一同頷く。変人コンビの神業速攻は今や烏野の主戦力になっている。そんな二人が不在では東京の強豪相手に渡り合えるのか不安でもあった。それに、せっかくのスキルアップの機会をみすみす逃してしまうなんてもったいない。東京の学校と練習試合なんて、全国常連校や有名な強豪校でないとそうそう参加出来る機会はないのだ。

「そこで、二人には補習を受けてから参加してもらうことになった。当日は田中のお姉さんが東京まで送り届けてくれるそうだ。感謝しろ、赤点コンビ」
「田中さん、あざっす!」
「アザース!!」

コーチの言葉で、二人は龍先輩に勢いよく頭を下げた。急に振り返られたことで少し驚いたのか、先輩はビクッと肩を揺らしつつ、豪快に笑う。
二人が合宿に参加できることは私も嬉しい。それに私だって赤点を取る可能性はあったから他人事とは思えなくて余計にそう思う。
隣に居た谷地さんもとても嬉しそうだったから、「やったね!」とハイタッチを交わした。

「あいつら最初、チャリで行こうとしてたんだよ」
「影山は、走るかって言っててビックリしたな〜」
「えっ、フルフルフルマラソン…!?ひぃぃ、足が…!」
「あれって本気だったんだ」

近くに居たスガさんと旭さんが苦笑いしながら私と谷地さんの会話に加わる。部活前に影山が東京までの距離を聞いてきたことを思い出して私も苦笑いが漏れた。誰も止めなければ本当にやりかねない。
谷地さんは、東京まで走る想像だけでフラフラになっていた。私は全く想像がつかなかったので平気だ。

「交渉はこれからだけどな!任せろ!」
「あざす!」
「っス!!」
「田中先輩、カッコイイ!リピートアフタミー!」
「田中センパイ、カッコイイっす!」

それにしても龍先輩のお姉さんとは、一体どんな人なんだろう。変人コンビから感謝されている龍先輩の顔をそのまま女の人にした姿を想像してみたけど、それはそれでありかもしれない。逆に正反対で、ふわふわしたお嬢様みたいな人だったりして…!想像は膨らむ一方だ。

「ななし野。お前に頼みたいことがあるんだが」
「……コーチの言いたい事がわかるようになってきました」
「そりゃ、話が早くて助かる」

ざわつく体育館の中、コーチが私に向かって神妙な面持ちで口を開いた。この話の流れで行くと、いくら平凡な脳ミソの私でも検討がつく。不敵な笑みを浮かべるコーチと同様に笑みを返すと、ポンと肩に手を置かれた。そして紡がれた言葉は私の予想通りのものだった。

「補習組の付き添い、頼むな」
「ですよね、了解です!」
「悪いな、ななし野。別行動だから責任は重大だ」
「お任せください!」
「頼りにしてるぞ、応援隊長!」

上手くノせられている気がしないでもないけれど、私はむしろワクワクしていた。だって、龍先輩のお姉さんに会えるのだ。
"別行動"なんて通常なら出来ないし、頼りにされたら嬉しい。あの二人を扱いきれるかどうかは不安だけど、精一杯頑張ろう。

「ということで、ななし野も当日付き合ってくれるから、感謝しろ赤点組」
「ななし野さん、あざーす!」
「アザース!」

コーチが二人に向かって指示すると、龍先輩にしていたように私にも頭を下げてくれた。任せろ!と龍先輩の真似をして、二人に親指を立てると「おお!」とキラキラした目で見られる。これ、癖になりそうだな。


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