進まないなぁ、なんて先ほどから変わらない窓の外の景色を見て思う。
サービスエリアを出てから3時間程経過しただろうか。あの後、放送を掛けて呼び出してもらったおかげで赤点コンビを無事発見することが出来た。犬に襲われてタオルを奪われ、それ追いかけたところ迷子になって、更に迷子の子供に遭遇して親を探していたとか。迷子のオンパレードだな…。何はともあれ、合流できてよかった。

「……たく、どこが『高速』だよ。チンタラしやがって」

首都高に入るまでは、上機嫌に色んな話をして盛り上がっていた私たちの間に妙な緊張感が走る。それは冴子姉さんの機嫌が下降していくにつれて大きくなった。もう何時間も運転をして疲れているだろうし、一向に解消される気配もない渋滞が続けば苛立ちも募るだろう。再び眠りについていた影山も、姉さんの不機嫌な声に目を覚ました。

「東京?」
「うん、首都高だって。でも今渋滞しててあんまり進んでない」
「よし、ここで降りるよ」

ボーっとしている影山の問いに答える。先ほど冴子姉さんが20キロの渋滞だと教えてくれた。周りの車も同じような進みのため、全く進んでいないような錯覚に陥る。
痺れを切らし出口へ向かって車線を変更した冴子姉さんの言葉を、そのまま鵜呑みにした日向が慌ててドアの取っ手に手を掛けた。こんなところで降りたら死ぬと怒鳴る姉さんの言葉はごもっとも。ゆっくりではあるが車は進んでいるし、高速で車の外に飛び出すなんて自殺行為である。死ぬという言葉に怯んだ日向は取っ手から手を離した。

「さて、どっちに行きゃあいいかね……」

高速を降りて一般道に出ると、随分と渋滞はマシになった。同じように降りてくる車もあるけど、スムーズに直進できている。一気に変わった周囲の景色にホッとしていると、今度は冴子姉さんから不穏な言葉が聞こえてきた。
私たちも東京は初めてだし、一般道となると現在地すら分からない。

「あ、鉄塔…」

助手席では日向が地図を眺めてうんうん唸っていて、冴子姉さんは逆に勘で突き進もうとしている。何かヒントになるものはないかと窓の外を眺めていると、大きな鉄塔が目に入った。そして思い浮かぶのはクロ先輩の顔。今日中に会えるかな、と大都会で迷子になった私の脳内にはネガティブな考えが浮かんでいた。

「大事なのは野生の生命力!つまりは勘!女は度胸!」
「冴子姉さん、それメモっていいですか!」
「家訓にしな!」

最早、交番を探していたネガティブモードの私の心に冴子姉さんの言葉が染み渡る。赤信号で停車していたので、姉さんの方に身を乗り出すとバチーンとルームミラー越しにウインクをもらった。そして青に変わった途端ハンドルを切ってUターンした姉さんに、日向が遠心力で引っ張られながら「戻るの!?ていうか勘!?」とあたふたする。
先ほどからボーっとしていた影山も我に返ったようだった。

「押してダメなら引いてみな、っていうだろ!」

何と思い切りの良い判断!さっきと反対側の景色が右側に流れ、次第に繁華街や緑の公園に移り変わっていった。根拠もなくもうすぐ到着するんだと思うと、ワクワクする気持ちが大きくなる。
太陽が大分西に傾き始め、見えていた景色も閑静な住宅街になると、路肩に車が停まった。あれ、梟谷ってこんな住宅街の中にあるのかな。

「これは、迷ったね。悪ィ」
「あ、いえ!そんな…おれも地図分からなかったし…」
「そうですよ、冴子姉さん!まだ時間はありますから…!」

頭を下げた冴子姉さんに、私たちも動揺する。長時間運転してくれている冴子姉さんを責めることなんて出来なかった。私たちがもっとちゃんと地図が読めれば…。しょんぼりする日向と私を見て「近くまでは来ているはずだから心配すんな」と姉さんは笑ってくれた。
ここで停まっていても仕方がないので戻るか、とサイドブレーキに手を掛けたところで後ろからクラクションが鳴る。

「うわぁ、凄い車だ…」
「なんか恐そうな人乗ってる!リーゼント初めてみた!」
「ビビッてんじゃねぇよ、日向」
「はぁ?び、ビビってねぇーし!」

その車は車高がかなり低く、コワい大人が好んで乗りそうな改造車だった。地元ではあまり見かけないイカツイ車に驚いていると、日向と影山の言い合いが始まる。こんなところで言い合いしなくても!
冴子姉さんが小さく舌打ちをしつつ頭を下げると、あろうことか再度クラクションを鳴らし威嚇してきた。しかも、「チンタラしてんじゃねーよ!」とわざわざ窓から顔を出して言い捨てたうえ、タバコの吸い殻を投げ捨てて抜き去っていく。
ひい、と小さく悲鳴を上げた日向の隣で冴子姉さんの肩が小さく震えていた。

「ね、姉さん……気を取り直してゆっくり行きましょう」
「……」
「冴子姉さん、トーキョーは怖いとこで……ヒッ!」
「……」

一瞬泣いているのかと思ったけど、バックミラーに映る冴子姉さんの顔が怖ろしい程怒りに歪んでいるのを見てしまった。さっきのヤンキーたちより冴子姉さんの方が強そうだし、なにより迫力がある。
これから一体どうなるんだろう?不安に思っていると、冴子姉さんがハンドルを握り、呟いた。

「この…烏野の女豹と言われた冴子サマに、よくも……!」
「メヒョー!?」
「あだ名かっこいいですね!」
「めひょーってなんだ?」

影山がそう発言した瞬間、体がシートに打ち付けられた。冴子姉さんの雄叫びと共に加速していく軽トラは、改造車の後ろを追随している。住宅街のためそれほどスピードは出せないけど、体感としてはジェットコースターに匹敵するんじゃないだろうか。自分ではどうにも出来ない事態に、シートにへばりついたまま動けなかった。
日向と影山は何やら言い合いを初めて、姉さんに一蹴されている。やがて改造車に追いつくと、窓を開けた姉さんがハンドルから手を離して叫んだ。

「待てや、コラ―ッ!」
「姉さん、危ないです!ハンドル!ハンドル握って!」
「か、影山…軽く意識を飛ばすように殴ってくれないかな」
「おい、しっかりしろよ!頭打ったのか」
「今から打つんだよ」

そこらのジェットコースターより数倍スリルのあるカーレースに、私は目を閉じて現実逃避する方法を探す。そうだ、気を失えばいいんだ!という結論に至り、影山に殴ってくれとお願いすると真剣に心配された。頭の。
助手席では日向が必死に姉さんを宥めているけど、全く聞く耳を持たず、むしろヒートアップしている。ボカン!と路地のゴミ箱をこすった時、私は考えることをやめた。
そうだ、何か楽しいことを考えよう。そう思うのに、日向の悲鳴や影山の「前向いてください!」という声がどうしても耳に入ってきて集中できなかった。

「ここで逃げ切ろうって魂胆だったのか…」
「おわった…」
「ほ、本当に終わったの?」

どれくらい長い間、改造車とレースを繰り広げていたのか。太陽が先ほどよりも西へ沈み、上り坂をゆっくりと進むこの車内にも日が差し込んでいた。日向のホッとした声に、そろそろと目を開ける。改造車が坂を上り切ったところが見えて、もう私たちの車は追いつけないことを知った。

「何言ってんだい、まだおわってないよ!」
「ね、姉さん!ここは穏便に…」
「ダメだ!きっちり謝らせるまでアタシは諦めないよッ!それにアイツらに案内させなきゃ、学校まで辿りつけないからね!」

なるほど…。今日中に梟谷学園へ到着するには、あの改造車を追うしかないらしい。何故なら、あの車が梟谷ナンバーだからだ。唯一の手掛かりを逃すわけにはいかない。

「おいチビ、エアコン切りな」

日向は冴子姉さんの指示でエアコンを切ると窓を開ける。影山は何かを考えているようで、一人首を傾げていた。私も、諦めの境地に達していたので逆に楽しむしかないと思い始めていた。
姉さんがアクセルを踏み込むと、車は左右にブレながらも上へ上り始める。車内が一気に熱くなり、エンジン音が大きくなるも、スピードは一向に上がらない。

「行けエエ!烏野食堂号ォォ!」

日向が叫ぶと坂の頂上に辿り着いた車体がふわっと浮いて、フロントガラスいっぱいに東京の街並みが広がった。ジェットコースターの頂点に到達したような、空中に投げ出され下へ押し戻されるような、そんな感覚に襲われ景色を楽しむ余裕はない。落ちる!と錯覚したけれど、もちろん地面があるので落下したりはしなかった。

「あ、スカイツリー!」
「うそ、ここから見えるの!?どれのこと?」
「東京タワーじゃないか?」
「でも赤くないよ、影山」
「じゃあ、やっぱりスカイツリーじゃん!」
「黙りな、バカ共!ただの鉄塔だよ!」

遠くに見えた尖ったソレを日向が指さすと、影山とふたりで身を乗り出して探す。すると冴子姉さんの呆れた声が聞こえて、私は恥ずかしさに座席へ体を戻した。なんだ、ただの鉄塔かよ!さっきも見たのに、遠目だから騙された!一人、脳内で言い訳する。

「あいつら、何であんなことになってんだ!?」
「またレースが始まるの…?」
「でも向こうはケンカ中っぽいよ」

道路の真ん中で何故か半回転し、こちら側を向いて止まる改造車が見えて急停止する。もしかしてこのまま正面衝突するの!?とヒヤヒヤしていると、どうやら向こうのカップルは痴話喧嘩の最中だった。
ここぞとばかりに飛び出して行った冴子姉さん。影山が、思い出したように呟く。

「乗車中の安全および快適性などについてはいっさい保証しない」

って田中さんが言ってたな、と。日向の今更遅いだろという呟きに、私も頷いた。もうデッドレースは終わっている。後は、今冴子姉さんが車から引きずり出し正座をさせて説教しているカップルに梟谷学園まで連れていって貰うだけ。珍道中は、あと少しで終わるのだ。



裏街道珍道中!
(遊園地のアトラクションはしばらく乗らなくてもいいかもしれない)



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