東京遠征"梟谷 前編"

例の改造車のカップルを舎弟にしてしまった冴子姉さん。その舎弟に案内させて無事に梟谷学園付近まで到着した頃には、すっかり空が赤く染まっていた。あとはこのまま真っすぐ進むだけだそうだ。
崩れたリーゼントとひび割れたサングラスが痛々しい男の隣で、飛び跳ねながら姉さんに手を振る彼女にお礼を言って発進する。
学校が見えると日向と影山が急にソワソワとし始め、今にも飛び出して行きそうだった。

「ほら、行くよ!あんた達!」
「はい、日向!荷物」
「サンキュー、ななし野さん!ほら影山、お前も急げって!」
「わかってるっつうの!」

車を敷地内に入れると、後部座席に置いてあった日向の荷物を手渡す。冴子姉さんが一番先頭を走っていくと、いつものように競い合って飛び出した二人も後に続いた。
ちょっと待って、私を忘れてる!
置いて行かれたら迷子になって大変なので、もたつきながら自分の荷物を掴んで走った。かろうじて背中が見える距離を保ちながら必死についていくと、次第に聞こえてくるボールの弾む音、シューズの音、掛け声。いよいよ東京に来たという実感が沸いてくる。

「お、まだやってんじゃん。間にあったね、上出来」

冴子姉さんが体育館の扉を開け、その後ろに赤点コンビが立つ。一斉に注がれる視線と、体育館の熱気が私たちを包み込んだ。ぜえぜえと肩で息をして二人の後ろにしゃがみ込む。すると冴子姉さんが手を貸してくれた。私もカッコよく登場したかったのに……額ににじむ汗をぬぐった。

「おつかれ、ごんべ子ちゃん」
「おつかれさまです!」
「荷物はあそこにまとめて置いてるよ」
「ありがとう、谷地さん」

すぐにビブスを着た赤点コンビは軽くアップを取り始めた。二人ともやっとバレーが出来ることが嬉しいと顔にかいてある。
続いて私と冴子姉さんも先生たちの元へ行くと潔子さんと谷地さんが笑顔で出迎えてくれた。谷地さんが荷物の置き場所を教えてくれたので、ひとまずそこに置かせてもらうことにする。着替えとか、練習に関係のない荷物は寝泊りする教室に置いているらしいけど、それは練習終わりでいいだろう。

「田中さん。今日はありがとうございました!僕、顧問の武田といいます」
「コーチの烏養です」
「田中です!こちらこそ遅くなってスイマセン!龍之介がいつもお世話になってます!りゅうー、来たぞ〜!がんばれー!夕〜かっこいいぞ〜!」
「やめろよ、恥ずかしいから!」
「姐さん、あざーす!!」

冴子姉さんは先生たちと挨拶をすると、龍先輩とノヤさんに向かって手を振った。赤くなってあたふたする龍先輩と逆に喜ぶノヤさんが珍しくて少し笑ってしまう。潔子さんに照れる時とは違う反応が見れて新鮮だ。音駒の山本さんが、羨ましそうに口をはわはわしている姿が見えたのもちょっと面白かった。

「ごんべ子ちゃん、簡単に状況の説明するね。仁花ちゃん、その間スコアお願いできる?」
「は、はい!やってみます!」

潔子さんは持っていたスコアブックを谷地さんに手渡すと、私に現在の状況を教えてくれた。
ひたすら全チームと試合形式の練習を行い、1セット毎に負けたチームはフライングコート1周のペナルティを行う。ちなみに烏野は敗戦数トップらしく、今もコートの周りでペナルティーをこなしていた。


「知らない人がたくさんいる…」

見渡す限り、ほとんど他校生だ。烏野は人数が少ないから、体育館にこれだけ人がいるのは練習試合でもあまりない光景だ。
それにツッキーより大きな人も居て驚いた。音駒にも一人見覚えのない人が増えているし、やたら元気の有り余っている人、アフロの人、タラコ唇の人、可愛い他校のマネージャーも見かけた。
これが、合同合宿…!バレーボール部に所属していなければ知り合うことのない人たちだと思うと込み上げてくるものがある。

「あ」

散らかっているタオルを拾い集めていると、トサカ頭が特徴的な例のあの人とばっちり目があった。どうやら丁度試合が終わったところらしく、ドリンクとタオルを持っている。これだけ人が居てもクロ先輩は何となくオーラがあるなぁ、と思った。

「お く れ ま し た」

練習中に駆け寄って挨拶にいくわけにもいかないので、口パクでそう伝えてみる。分かったかな?
クロ先輩は目を丸くして驚いた様子だったけど、すぐにニィと独特の笑みを浮かべると口を開いた。

「あ と で」

多分、そう言ったと思う。
前回と違って練習が終わった後すぐにお別れというわけじゃないんだ。後で話す機会を作ってくれるということかな。期待を膨らませ、クロ先輩に軽く手を振って拾い集めたタオルを洗濯用の籠に放り込んだ。


---


女子マネージャーに割り当てられた教室に布団を敷き、その上に倒れこむ。今日の長旅と、慣れない遠征の仕事、他校のマネージャーとの挨拶や食事の準備など、思ったよりも仕事が多くて気づけば夜になっていた。お風呂も済ませ、あとは寝るだけ!と思うと一気に力が抜ける。
谷地さんは特に初めてのマネージャーということもあって、色々気疲れもあるようで私以上にぐったりして見えた。

「二人とも大丈夫?明日は朝ごはんの準備もあるから、少し早めにアラーム設定しておいてね」
「了解です…」
「がんばります」

流石、潔子さん。これまでマネージャーを一人でやってきてただけあって、それ程疲労の色は見えなかった。でもGW合宿の時は私が気づかなかっただけで、体調を崩しても頑張っていた姿が浮かぶ。今回は私もちゃんと役に立てるよう頑張らなければと密かに決意した。
谷地さんと一緒に返事をすると、ニコリと微笑んで「無理しないでね」と一言。今日はいい夢が見れそうだ。

「えー、じゃあ遅れてきた二人は補習してからきたんだ〜」
「てことは、ななし野さんも赤点だったの?」
「私はギリセーフでした!」
「ギリなんだ」

これぞガールズトーク?マネージャーのみんなで白福さんが開けてくれたお菓子を頬張りながら、談笑している。初めこそ緊張でどもりまくっていた私も、今ではすっかり打ち解けていた。みんな優しい人で本当に良かった!
一通り喋り終え、各々がゴロゴロしながらケータイを見たり明日の準備をしはじめたのは夜の10時を過ぎた頃だった。
結局クロ先輩とは話せなかったな。少し残念に思いつつ、私もケータイを触っていると、一通のメールが届く。
差出人はクロ先輩。

"ちょっと教室出て"

シンプルなものだった。"了解"と返信し、廊下に出ると思ったより暗くて少し怖い。

「ごんべ子」

キョロキョロとクロ先輩の姿を探すと、階段の方からにゅっと顔が出てきた。お風呂に入った後だからか、髪の毛が水分を含んでおとなしくしなだれている。一瞬誰か分からなかった!
手招きするその姿に、若干警戒しながら近づくと「何もそんなに警戒しなくても」と傷ついた素振りを見せた。

「後でって言ったろ」
「…どちら様ですか」
「…ヒドイ…ぐすっ」
「えっ!?」

冗談のつもりで言ったのに、しゃがみこんで顔を腕で隠し、鼻をすする先輩に焦る。もしかして傷付けた!?でもこんなことで先輩が泣くわけないよね……演技だよね?そう思うのに、先輩が肩を震わせてしきりに嗚咽を漏らす姿を見るとそうとも言い切れない。

「く、クロ先輩…ごめんなさい、泣かないでください!先輩の髪型がいつもと違うからちょっとからかおうと思ったんです」
「うっうっ」
「まさか先輩がそんなに繊細だったなんて思わなくて!」
「ぷっ、くくく……!無理、もう無理」
「そ、そんなこと言わないでください!」

どうすれば良いんだろう!?とにかく先輩の肩を擦りながら謝る。私が泣かせたという焦りで自分でも何を口走っているのか分からなかった。

「ブフッ!ウソ泣きでーす」
「あー!もう、先輩のばかー!このシティーボーイが!」
「ぶっひゃっひゃ!シティボーイですが何か!」

バッと顔を上げたクロ先輩の目には笑いを堪えきれず浮かんだ涙が一粒。
途中から嗚咽がわざとらしくなっていたなとは思ったのに、どうして最後まで信じてしまったのか。私はがっくりと項垂れた。

「クロ先輩、何しにきたんですか…。からかうだけなら私もう戻りますよ」
「あー、待て待て!悪かったって……ぷっ」

そう言いながら噴き出すクロ先輩は、私の腕を引いて階段を上り始めた。いきなりのことに少し驚いたけど、そのままついて行く。辿りついたのは校舎の最上階だった。ここは誰も使用していないので、暗闇と静寂に包まれている。若干、階下から騒がしい声が聞こえてきてはいるけど会話の邪魔にはならなかった。先程とはうってかわって真面目な空気を醸し出す先輩に、私は尋ねる。

「どうしたんですか?クロ先輩」
「ちょっとコミュニケーションを図ろうと思って」
「コミュニケーション?」
「お喋りでもしようぜ」

廊下の窓を開けながらそう言って笑う先輩。私も同じように窓を開けると、少しだけ身を乗り出して「何の話しますかー?」と聞き返した。先輩は窓に背を向けて凭れ掛かりながら、顎に手を当てて悩んでいる。

「そうだなー、まずは赤点回避おめでとう」
「何で知ってるんですか?」

クロ先輩に赤点がなかったという報告をした覚えがなかったのに、どうして知っているんだろう。不思議に思って聞いてみると大地さんに聞いたということらしかった。何だかんだで主将同士交流もあるようだ。

「今回は凄く頑張ったんですよ!先輩が赤点フラグとかいうから恐くなって、めちゃくちゃ勉強しました!でも誰も褒めてくれないんですよねー」

なんて、冗談ですけど。
と続けようとしたけど、唐突にクロ先輩に頭を撫でられ言葉にならなかった。

「えらいえらい。よく頑張ったな」
「!」

クロ先輩はてっきりからかってくると思っていたから予想外の行動に固まる。冗談なのか本気なのか判断がつかない顔で、ひたすら私の頭を撫でていた。
でも褒められると悪い気はしない……むしろ嬉しくて口元が緩む。もっともっと、とクロ先輩を見上げるとキラリと目が光ったような気がした。

「よーしよしよし、えらいぞー。ごんべ子、よーしよし!」
「……先輩、からかってません?」
「あ、バレた?」

その大きな両手を使ってぐしゃぐしゃと撫でまわされ、次第にペットにするような仕草へと変わる。
さすがに、ここまでされると私も黙っていられない!犬じゃないんだから。やりかえそうと先輩の頭に手を伸ばしてみても私を撫でている手と腕が邪魔して全然届かなかった。
右手でいくと見せかけて、左手を伸ばす。両手を伸ばすタイミングをずらして、フェイントを入れてみる。その点に関してはクロ先輩の方が上手ですべて見抜かれてしまったけど。

「ぶっひゃっひゃ、髪の毛が鳥の巣みたいになってるぞ!」
「誰のせいですか!」
「俺」
「その通りです!」

ぐっちゃぐちゃになった髪の毛を手で梳きながら、笑うクロ先輩を睨む。メールや電話でそれなりにやりとりをしているとはいえ、実際に会うのは二度目。シティーボーイの距離の詰め方が半端じゃない…。
結局やり返すことも出来ず、ただ悪戯に髪の毛を掻き乱されただけで終わってしまった。これってコミュニケーションっていうんだろうか。仕返しが出来ないと悟った私は、再び窓の外に視線を戻して口を開く。

「ここに来る途中に鉄塔を見かけたんですけど…」
「何々?東京タワーと見間違えたって話?」
「クロ先輩を思い出したっていう話です」
「鉄塔見て?」
「はい」

それ喜んでいーの?と微妙に笑う先輩に、私はうーんと首を傾げる。褒めているわけでも貶しているわけでもないし、ただ鉄塔を見て先輩を連想したというだけの話だ。思いついたことをそのまま口に出してしまっただけなので、ヤマもなければオチもない。
「以上です」と話を締めると先輩は「なんだソレ」とちょっと笑った。
そして夜空を見上げたので私も同じように上を向くと、視界いっぱいに星の海が広がった。

「こんなに星が見えるんですね。きれい…」
「まあ、ここはそこまで都会じゃねーからな。星はよく見える。宮城程じゃないけどネ?」
「ちょっと、先輩。田舎だと思ってバカにしてますよね?」
「自然いっぱいで羨ましいってことだよ」

本当かな?疑いの目を向けると、ニヤニヤしながら弁解するように顔の前で手を振っている。その行動で余計に胡散臭く見えることは黙っておいた。クロ先輩の言葉はどこからが本当でどこからが冗談なのか判断に困るな。

「あの星座、サンマ座っていうんだけど知ってた?」
「え…そんな星座があるんですか?」
「カニ座とかギョウザとかあるんだからあるだろ」
「ギョウザ……はないですよね?」
「騙されなかったか」

流石にそんな子供騙しにひっかかったりはしない。悪戯っぽく笑っている先輩に抗議の声を上げると、悪い悪いと宥められた。細められた目と、再び私の頭に乗せられた大きな手からじんわりと熱が伝わる。

「先輩、何だかお兄ちゃんみたいですね」
「えー、俺の妹はもっと可憐で儚げでおしとやかな子がいい」
「私のことですね?」
「ふざけないでください」
「こっちのセリフです」

目があって沈黙。ニヤリと口角を上げたクロ先輩の前髪が夜風に揺れている。
どちらからともなく噴き出した私たちは、今日の珍道中の話をしたりお互いの学校生活の話をして盛り上がったのだった。


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