合宿二日目、午前6時半。武ちゃん先生に手伝ってもらって、なんとか朝ごはんを作り終えた。そろそろ部員たちが集まってくる頃だろう。
それ程凝ったものを作る時間もないので、サンドイッチなどの軽食になった。とはいえ人数も多いし、食べ盛りの男子高校生が何十人も居ればそれなりに大仕事だ。
手分けしてテーブルに料理やお皿を並べていると、白福さんが目にも止まらぬ速さでサンドイッチをつまみ食いする。思い切り目撃してしまったうえに、目も合って戸惑っていると差し出される一切れのサンドイッチ。

「あっ、これおいしー。ねぇ、ななし野さんも食べてみて」
「えっ、いいんですか?」
「バレなきゃ平気だよー」
「バレてるからね」

すこし眠そうな目で私にサンドイッチを渡した白福さんは、サラダに乗ったプチトマトにも手を伸ばしている。バレなければいいというけど、即行で雀田さんに見つかって呆れられていた。でも食べる手は止まらない。
ついにオニギリにまで手を伸ばしたところで部員たちが食堂に集まってきたので、そのまま朝食タイムに入ったようだった。

「ななし野さん、おはよー!おれ腹ペコだー!」
「はざっす」
「日向、影山おはよう。いっぱいあるからいっぱい食べて!」

ピョコピョコと飛び跳ねながらやってきたのは日向だった。その後ろには、少し眠そうに目を瞬かせる影山もいる。私の前に影山が座ると、その隣の席に日向が座った。そして息つく間もなく立ち上がると丁度食堂に入ってきたプリン頭の他校生に手を振る。

「あ、研磨だ!研磨ー!」
「音駒のセッター……!」
「けんま?」

日向と影山の視線の先にはクロ先輩の幼馴染の研磨さんがいる。
大声で呼ばれたことで注目を浴びたのが嫌だったのか、俯いてそそくさと隅っこのテーブルに向かおうとしていた。それでも日向は気にせずもう一度名前を呼ぶ。逃げる。呼ぶ。すると、観念したのかトボトボと私たちのところまでやってきた。

「翔陽、大声で呼ぶのはヤメテ…」

研磨さんは、もぐもぐとサンドイッチを頬張る日向の前、つまり私の隣に座ると少し居心地が悪そうに縮こまる。
もしかして私邪魔かな?そう思ったけど前に座る影山が物凄い形相で研磨さんを見ているのが原因だと分かった。
そういえば、前の合宿では研磨さんに話しかけようとして恐がられていたこと思い出す。きっと同じセッターとして聞きたいことがたくさんあるんだろう。
日向に「顔が恐ぇーよ!」と指摘されていつものように言い合いが始まると、研磨さんは強烈な視線から逃れられてホッとしたようだった。

「ごちそうさま!!なあ影山、トスあげてくれよ!あ、研磨も行く!?」
「おれはまだいい」
「ボゲ!日向、待て!フライングすんな!」

日向のおかげで会話が成り立っていたというのに、食べ終わるや否や立ち上がると慌ただしく食堂を出て行ってしまった。その後を負けじと影山が追っていく。いつでもどこでも競い合っている二人を見慣れているから烏野メンバーはもう誰も突っ込まない。
私と研磨さんの間には沈黙だけが残されていた。

「えっと、研磨さ…研磨先輩…孤爪さん?孤爪先輩…?」
「…研磨でいい」

日向やクロ先輩が研磨と呼んでいたせいか、つられて私まで名前呼びしてしまった。
存在は知っていたけど、こうして面と向かって話すのは初めてなので、何と呼べばいいのか分からない。
自分の中でしっくりくる呼び方をぶつぶつと呟いていると、研磨さんが名前呼びでいいと言ってくれたのでお言葉に甘えることにする。

「研磨さん、ジュース飲みますか?アップルかオレンジか…お茶もあります」
「…じゃあ、アップルで」

何を話せばいいのかわからない…!
とりあえず研磨さんの飲み物がなかったことに気づいて訊ねると、一応返事をしてくれたのでホッと胸をなでおろした。
クロ先輩から、ちらっと人見知りだと聞いていたので私とは話してくれないかもしれないと思っていたからだ。それは向こうも同じだったようで、まだ居心地が悪そうだった。
何か共通の話題…と考えを巡らせていると、先ほどまで研磨さんに話しかけていた日向の姿を思い出す。

「研磨さんは、日向とは元々知り合いだったんですか?」
「いや…。翔陽とは前の合宿で、おれが迷子になったときに会ったのが初めて」
「合宿…GWの合宿ですか?」
「うん。なんかロードワーク中っぽかった」
「もしかして、日向が迷子になったときかも!」

意外と会話を続けてくれる研磨さんは、あまり食欲がないのかサンドイッチを二切れ程食べてから食が進んでいない。ただ、共通の知り合いである日向との話題は正解だったようで、思ったより流暢に話してくれている。
日向よ、ありがとう!心の中でコミュニケーション能力の異常に高い友人でありチームメイトでもある彼に感謝した。

「…」

研磨さんから日向との出会いの話を聞きながら談笑していると、ふと気づいてしまった。
私の方がいっぱい食べてる…!食べようと思っていたオニギリに手をつけるのはやめておいた。

「そういえば、私もその時クロ先輩に出会ったんですけど…研磨さんは一緒に居なかったですね」
「あー…、おれのこと探してた時だと思う。合流した時、変な女が居たって言ってたから」
「へ、変な女…?」

確かにあの時は見知らぬ小学生と言い合いになっていたところを見られていた。でも変な女だなんて…。
心外だとばかりに研磨さんに視線をやれば、ふいと目を反らされる。クロ先輩が言っていたことをそのまま口に出しただけで、研磨さんは悪くない。それは分かっている。

「多分、悪い意味じゃないと思う…」

一応、幼馴染の名誉のためにフォローを入れる研磨さんはチラと私の様子を窺っていた。黙った私が怒っていると思ったのかもしれない。気にしてないことを告げるとほっとしたように小さく息を吐く。
その流れで私もクロ先輩と初めて会った時のことを思い出していた。
あの時、先輩が何故ひとりでうろうろしていたのか気にしていなかったけど研磨さんを探していたのか。
じゃあ研磨さんと日向が迷子にならなかったら私と会うこともなくて、声をかけられることも、連絡先を交換することもなかったのかも。ただの他校の部員とマネージャーで終わっていた可能性を考えると寂しくなった。
研磨さんに私のことを"変な女"と言っていたことを知ると、それでよかったのか複雑な気持ちではあるけど。

「きみは…えっと、ごんべ子でいいんだっけ…」
「はい、ごんべ子です。ななし野ごんべ子」
「クロがよくきみの話してる。ごんべ子の変顔がって、写真みせてきたり…半目のやつとか、変な顔してるのとか」
「えっ!?うそ!」
「ちょっとおもしろかった」

然程おもしろくなさそうに見えるけど、研磨さんなりに笑っているのかもしれない。
それよりも、クロ先輩に送ったあの変顔写真を見られていたことが恥ずかしい。思わず大声を出して立ち上がると、周囲の視線が私に集まった。
クロ先輩だけならまだしも、研磨さんにも見せているとは!クロ先輩、なんてことを…!
呑気にソーセージを齧りながら私と研磨さんに視線を寄越していたクロ先輩を睨むと、キョトンとして肩をすくめていた。

「研磨さん、あの写真のことは忘れてください」
「え。むり」
「そんなこと言わずに…」
「見たの、おれだけじゃないから。おれだけ忘れても意味ないと思う」

小さく呟いた研磨さんは、もう行くねと言って食堂を出て行った。今、研磨さん何て言った?おれだけじゃないって、つまり他にもあの変顔写真を見た人がいるっていうこと?
音駒の人たちの中で確実に私は変な女になっていることを知った…。


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「龍先輩、タオルどうぞ!」
「おう、サンキューななし野!」

本日初戦の生川高校がタイムアウトを取ると、試合に出ていたメンバーが集まってくる。手分けしてドリンクとタオルを渡していると隣のコートから一際大きな声が響き渡った。

「俺に寄越せェェ!」

長い手足をしならせ、研磨さんが上げたトスを相手コートへ叩きこむのは、音駒の灰羽リエーフ。
クロ先輩から、ヘナチョコエース候補だと教えてもらったけど高い身長と身体能力が拙い技術をカバーしていて私には全然ヘナチョコには見えなかった。レシーブは日向と同じようにまだまだだったけど、まだ1年生だと聞いているから今後に期待大だろう。
じっとリエーフの方に視線を送る日向にドリンクを差し出した。

「センター…エース…」
「日向?」

先ほどからリエーフを見つめていて一向にドリンクを受け取ってくれない日向。このままではタイムアウトが終わってしまう。そっと声をかけると、気づいたようで慌ててドリンクボトルを受け取ってくれた。
同じ学年で、しかも同じポジションなら気になるのかもしれない。新たなライバル出現?
珍しく黙り込んだ日向は、もう一度リエーフを見て静かに、決意するように呟く。

「おれ、もっと強くならなきゃ」
「…日向なら、大丈夫だよ!とりあえず、水分補給して打倒生川だね!」
「うん!ありがとうななし野さん」

月並みな応援しかできないけど、日向に向けた言葉に嘘はない。中学最後の県予選、入部を掛けた試合、青城や音駒との練習試合、IH予選…少しずつではあるけど、確実に力をつけてきている。
今はまだ影山ありきかもしれないけど、もっと技術が身につけば第二の小さな巨人になれるはず!

「影山!次もやるぞ!ギュンの方!」
「大声で言うんじゃねぇよ!バレるだろうが!」

元気よくコートへ戻っていった後ろ姿を見て、自然と日向に期待を寄せている自分に気付いた。いつも一生懸命な日向には人の心を動かす力があると思う。
私も頑張ろう!日向に触発された私も気合いを入れるのだった。



東京遠征"梟谷 前編"
(私も応援のバリエーション増やした方がいいかな…)

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