ちぐはぐスマイル、おひとつどうぞ

にこちゃん印のナホヤといかりんぼのソウヤ、まっすぐお口のあたしが真ん中。
お家がおとなりさんで、同じ年のあたしたち。生まれたときからいっしょだし、おたんじょう日もぜんぶいっしょにおいわいしたし、ようちえんも小学校もいっしょだ。みんないっしょなあたしたちを、おさななじみっていうらしい。
いつもにこにこ顔のナホヤは実はとってもおこりっぽくて、いかりんぼの顔のソウヤは実はとっても泣き虫だ。
たがいちがいの二人の真ん中にいるあたしは、うれしいやかなしいをたくさんもっていても顔に出ないから、あたしたちはみんなちぐはぐだ。
ママとおばちゃんは仲良しで、あたしたちを並べてとっても嬉しそうにする。ちょうどいいわねえなんて楽しそうに笑う。
笑いものにされてるみたいでヤだってナホヤはちょっとだけ怒るけど、あたしはわるくないかなって思う。二人でないものを「おぎなう」みたいに生まれてきたナホヤとソウヤ。その真ん中にいるあたしが、さらに二人にないところをおぎなっちゃえば、あたしたちはとってもムテキだと思うから。
だけどあたしも、たまにちょっとほかの子がうらやましい、になるのだ。
にっこり笑顔のエミちゃんはみんなの人気もので、ナホヤだって遠くから見つめちゃうくらいにかわいいし、テレビのアイドルだってあんなにニコニコキラキラしてる。

あたしは今日もソウヤとナホヤにつられて、二人のお家におじゃましている。帰るなりランドセルをほっぽって公園でドッヂボールするんだって走って行ってしまったナホヤを、ソウヤは今日は追いかけなかった。ナホヤのランドセルはクラスでもいちばんぺちゃんこでキズだらけだ。それはナホヤが人気ものな「しょうこ」でもあった。

「ナホヤ、いいなあ」

ナホヤのぺちゃんこのランドセルをひろってあげているソウヤに、ソウヤは行かなくていいの?ってきいたら、だっていっしょにあそぶでしょってあたしの右手をぎゅってしてくれた。男の子たちのあそびには入れない女の子のあたしを、ソウヤはいつもほっぽっていったりしないのだ。
きっとソウヤだってドッヂボールをしたいのに、あたしと並んでおばちゃんのカルピスをいっしょに飲んで、あたしと昨日のテレビのはなしとか、先生がおもしろかったはなしをしてくれる。

「なんで兄ちゃん?」
「笑うのうまいもん」
「うーん、兄ちゃんはちょっとこまってるけどね」

おばちゃんが出してくれたカルピスはうちのよりのうこう(・・・・)で、甘くて、とってもおいしかった。ブドウとかみかんとかウチにはない色んな味が出てくるから、きっとおばちゃんは実はカルピスのプロなんだと思う。しょうらいはナホヤかソウヤがこのカルピスやさんをつぐのかもしれない。そしたらあたしは、きっといちばんのじょうれんさんになるのだ。

「でも、いいなあ。あたしはぜんぜんへたっぴだもん」
「えがおになりたいの?」
「だってエミちゃん、いつもにこにこでとってもかわいいでしょ? あたしもかわいくなりたい」

人気ものになりたいわけじゃないけど、アイドルよりもクッキーやさんになりたいけど、あたしだってあんなふうにキラキラ、かわいくなってみたい。
かわいいあたしはきっと、エミちゃんほどじゃあなくてもみんなともっとなかよしになれちゃうし、だいすきなクッキーだって毎日やいてもやいても売り切れちゃうほどおいしくなってしまうにちがいないし、キラキラのかわいいあたしがじょうれんさんになったカルピスやさんは、きっとだいはんじょうしてしまうのだ。

「じゃあ、笑うれんしゅうしようよ」
「れんしゅう?」
「前もいっしょになわとびもれんしゅうしたら上手になったでしょ? きっと笑うのも上手になるよ」
「そっか……うん、やる」
「うん、オレも上手になりたいな」
「ソウヤはできるじゃん、うれしい顔」
「え、できてる?」
「うん」
「そっか、じゃあ、オレでもおしえてあげられるね」
「ソウヤ、先生だ」
「へへ」

ソウヤがうれしそうな顔をした。ソウヤの笑顔はいつものいかりんぼ顔がちょっとだけやらかくなって、かわいくなる。男の子のソウヤだって、笑顔がこんなにかわいいから、あたしだってもっともっとかわいくなれるにちがいないんだ。

「ねえ先生、れんしゅうって、どうしたらいいの?」
「うーん、じゃあまず、こうかなあ」

ソウヤが右手と左手のお母さんゆびで、両方のほっぺたをキュッてした。ソウヤのほっぺたのお肉が持ち上がって、口のかたちが笑顔のかたちになった。ソウヤのまあるい目もすこしかくれて、なるほどすごい、ほんとうに笑っているみたいだ。その顔はやっぱりナホヤの顔にちょっとだけにていた。

「こう?」
「うん、いいかんじ。かわいい」
「んむ」

ソウヤを真似て、お母さんゆびで両方のほっぺたをキュッと上げる。ほっぺたのお肉と一緒に、口の形がいつものよりぐっと上がるのがわかった。
きっと上手に笑顔になんてなれてないのに、きっとすごくへんてこな顔をしてるのに、ソウヤはあたしをほめてくれた。ウソっぱちなのになんだかうれしくって、また口がへんてこになっていく。そしたらソウヤがとってもうれしそうな顔をした。それはみんなは気づかない、ナホヤとおばちゃんとあたしがよく知ってる、ソウヤのすっごくうれしいときの顔だ。

「上手になるまで、ほかの子に見せちゃだめだよ」
「なんで?」
「かわいくて、みんなびっくりしちゃうでしょ?」
「そっか」
「上手になったら、おばさんとおじさんには見せてあげなよ。ぜったいかわいいっていってくれるよ」
「ナホヤはそのつぎ?」
「兄ちゃんには見せちゃダメ。ほかの子もダメ」
「ダメなの?」
「ダメ」
「なんで?」
「きっとかわいすぎておこられちゃう」
「こわい、おこられるのやだな」
「うん、だからナイショね」
「うん、ナイショ」 

 あたしとソウヤはくちにお母さんゆびをあててナイショのポーズをした。これはぜったいに守らなきゃいけないときだけにつかう、ソウヤとあたしのおきまりのポーズだ。だからあたしはこのナイショをぜったい守らなきゃいけない。

「もし上手になれなくっても、ほっぺた指でむにってしたら、うれしいんだなあってオレが気づいてあげるからね」
「うん、ぜったいね」

ほかの子に見せちゃダメなら、クッキーやさんになったときたくさんやいたクッキーがあまってしまうかもしれない。そしたらソウヤにはおみせのじょうれんさんになってもらおう。あたしがカルピスやさんのじょうれんさんになるんだから、それでおあいこだ。

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