君がいない夏

結局今年の夏休みのラジオ体操に、三ツ谷は来ることはなかった。
三ツ谷は同じクラスの男の子だ。通学班が一緒になるほどのご近所さんと言うほどではないにせよ、子ども会とかラジオ体操だとかの時には一緒になる程度の、まあまあご近所さんという感じだった。
去年までの三ツ谷はまだ寝ぼけ眼のルナちゃんの手を引いて、首にラ出席カードを下げて、最終日に配られる小さなお菓子のために毎朝やってきていたのだ。五年生できちんと毎朝やってくるのはわたしと三ツ谷くらいで、他の子は大体出席カードがまちまちで、みんなねぼすけだねえなんて二人で笑っていたのだ。
そんな三ツ谷が今年は一日も出席しないまま、出席カードさえもらわないまま、夏が終わってしまった。
結局夏休みのラジオ体操を雨の日以外の全日出席したのはわたしと同じ通学班で今年二年生のさやかちゃんだけで、わたしたち二人はこの夏ですっかり仲良しさんになってしまった。最後のラジオ体操が終わった後、わたしたちは並んでお菓子とジュースを二人で飲んだ。去年まではわたしの隣のベンチには三ツ谷と、その向こうにはルナちゃんがいたのだ。

三ツ谷はどうやら、不良というやつになったらしい。
去年のある日三ツ谷は、その明るい色の髪の一部を剃り込んで、龍のタトゥーを入れて登校してきた。まさかクラスメイトにそんなやつが現れるなんて思ってもいなかったわたし達はみんな慄いてしまって、けれどそれを三ツ谷は笑いとばして言ったのだ。カッケーだろって。
それから三ツ谷は、それまで頻繁にやっていた放課後のサッカーをすることもなくサッと帰って行くようになったり、学校に来ない日も増えたし、見たこともないような大きなガーゼを顔に貼り付けてくるようにもなった。
ほとんどの女子や気圧されてしまった一部の男子は彼を遠巻きにするようになり、そうしてもとより微妙なバランスで保たれている人間関係はあっという間に変わってしまった。先生達が緊急会議を開いたことだって、三ツ谷が担任の尾上先生から呼び出しを食らってたのにバックれて派手な仲間達とバイクを乗り回していたことだって、わたしたちは知っている。
もちろんそういう変わっていったものの全てが三ツ谷のせいだってことではない。小学校の高学年になったわたし達は、去年よりもちょっとだけ敏感なお年頃というやつになってしまっただけなのだ。

「暑いねー」
「ねー」

さやかちゃんは小さな缶ジュースを大切そうにちびちびと飲んでいた。わたしはずっと前に飲み干してしまって、今はたまにさやかちゃんとあの雲の形はなんだろうねねんて考えてみたり、お菓子の袋をくしゃくしゃにしてみたりとしていた。
夏の雲は他の季節よりも立体的だなと気づいたのは最近だ。それまではなんとなく見上げたらすぐ、それを何かに例えられた。あれは山盛りのごはんだとか、向かいのお宅にいるシーズーのルンちゃんだとか、悩むこともなく答えることができていたのだ。去年は三ツ谷よりもわたしの方がずっと上手だったのでヘタクソだなあなんて笑っていたものだけど、今はもうわたしよりもさやかちゃんが現チャンピオンだから、元チャンピオンでしかないわたしはすごいねえよく思いついたねえなんて返すばかりになってしまった。褒められるたびさやかちゃんが嬉しそうな顔をするから、なんだかちょっとだけまぶしい感じがする。

来年のわたしはどうなるのだろう。今年までと変わらず、毎朝眠い目を擦って起きて、暑い中で何が楽しいわけでもない体操をこなして、腹が膨れるわけでもない小さなお菓子とすぐ飲み切ってしまうぬるい缶のジュースをもらいにこの何もない公園にくることができるのだろうか。

明日から始まる新学期に、みんなはどんな顔をして登校してくるのだろう。一昨年までは毎朝きていた中田くんと水野さん、去年はたまに遅刻してやってくるきたりしてきていた妹尾くん、わたしは今年のみんなの夏を知らない。

明日、三ツ谷は登校してくるだろうか。
朝会ったらいちばんに、久しぶり、なんて挨拶をされるのだろうか。折角彫ったタトゥーは結局伸ばした髪に仕舞い込んでしまっていたけど、あの龍は今どうしているのだろうか。わたしは三ツ谷の今年の夏を何ひとつ知らない。

けれどきっと来年も、三ツ谷はラジオ体操の出席カードを首に吊るしてこの公園にやってくることはないに違いない。

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