アンバー

琥珀という宝石は、実のところ鉱石ではないらしい。
数千年前の樹木の樹脂が化石化したものらしく、言われてみればかつて幼いわたしが見かけた樹木の裂け目から溢れる樹液も、あんな色だったかもしれない。
あの頃は集る虫たちの気色の悪さにすっかり慄いてしまったけれど、数千年もすればそれも美しい輝きとして誰かに愛でられる日がくるのかもしれないのだ。

かの国では、それを女神の涙として愛でたのだという。
漁師である人間の男に恋をした女神が、深い海底で亡き恋人を想い流した涙。透けるような甘い黄色びたその色は、女神の悲哀からこぼれたとは思えぬほど眩しく光り輝く。
どんな国だって、いつだって美しいものは悲哀を帯びている。

半間修二という男は琥珀の目を持っていた。
女神の涙をはめ込まれて産み落とされた彼は、時折ゆうらりとそれを揺らし、笑う男であった。
いつかわたしは彼に、その琥珀を自分にくれやしないかと申し出たことがある。
窓から差し込んだ日が当たってあんまりにもきれいだったから、くりぬいて、わたしの部屋の一等きれいなところに飾っておきたいのだと。
半間はすこし驚いたようにしたあと、噴き出してゲラゲラと笑って、ひとしきり笑ったあとひどく嬉しそうに肯定をした。その代わり本体ごと飾れよ、なんて付け足して。
半間は普通の男よりも随分大きいから嵩張りそうだなと思ったけど、その琥珀がもらえるのならそれでもいいかなと思ったのでわたしも承諾をした。きちんと防腐処理を施して、わたしの部屋の一番いいところに、きっと世界で一番うつくしく飾ってやろうと。
その日半間はいつもより入念に愛撫を施し、いつもより長い時間をかけてわたしを抱いた。よくその琥珀と目があったのは、きっとわざとなのだろう。その日わたしのものになったその甘やかな色彩の宝石を、見せつけるようにきらめかせた。
この琥珀にはきっと、たくさんの悲哀がつまっているのだろう。日々人の悲哀を吸い込んで、日々美しくなっていく。だからきっとこんなにも魅惑的で、思わず目を、心を奪われてしまっているに違いない。
わたしは半間に身体を好き勝手に揺すられながら、折角このうつくしい宝石を、うつくしい造形の男ごと飾れることができるのだから、死体は極力五体満足に近い状態でかえってきたらいいと思った。かといって手足の二、三本落ちたところで損なわれる美はこの世にはないのだから、わたしが半間にそれを願う日は来ない。この琥珀だけ還ってきてくれたら、わたしはそれでいいのだ。
そうしてその日から、半間修二のふたつの琥珀は無事わたしのものになったのである。

「防腐処理は自分でやれよ」

稀咲はそれを聞くと、なんとも言えない顔をしてわたしをじいと見た。イカレた女だとでも思っているのだろう。恐らくわたしの想定以上にその通りだろうから、別に今更なんてことはない。
けれど次の言葉に選んだのは、やはり肯定だった。常識人ぶってきっちり頭がイカレている稀咲が、わたしも半間も大好きだった。
そういえば稀咲もなかなか珍しく綺麗な目をしているなあと思った。けれどなぜだか、自分の部屋に飾りたくはならなかった。
否、半間の隣に飾るなら理想的でステキかも知れないけれど、きっとそれを彼は嫌がるだろう。彼が在りたい場所は悲哀の女神の傍ではなく、いとおしい人間の女の隣だから。ならばわたしは稀咲が死んだら、彼の目はぜひとも愛しの女に贈ってやろうと思う。きっと純真な彼は死してもなお、彼女の顔が見ていたいだろうから。

「そういやオマエさァ、オレのことどう飾んの?」

行為が終わった後、半間が煙草をふかしながら、なんとなしにわたしに問うた。
わたしの言葉に逐一興味を持って、随分前にした約束にもならない口約束をわざわざ覚えているだなんて、半間にしては珍しいこともあるものだなと思った。自分の死後のこと、特に置いていった肉体のことなど露ほども興味がないと思っていたのに。
わたしは考えるふりをした。深くは考えていなかったので、悩む必要などなかったからだ。

「フリフリミニスカメイド着せてウインクさせてやって、手ではハートマークを作ろうと思って」
「正気かよ」
「冗談よ。まあ、それも割といいと思ってるけど」
「フツーにきめェ」
「そうよね。ウインクなんてさせちゃあ、勿体無いわ」
「そーじゃねーんだワ」
「アハハ」

男と女が裸で寄り添って、未来の話をする。まるでどこかの安っぽいラブロマンス映画の恋人だとかみたいだなあと、一度だって見たこともないくせに思った。
裸のまま触れ合うのは好きだ。しっとり肌が張り付くのは心地がいいし、抱かれるのだって悪くない。
時折半間はスーツのままわたしを抱く。それも悪くないけれど、体温がないのが少しもったいないのだ。
あれはあれで、最後にはわたしという舞台の上で行われるストリップ・ショウを見られるからなかなか悪くはないけれど。

「別に、何だっていいのよ」
「へえ?」
「だってアナタの目を最後に独り占めできるんなら、わたし、何だっていいんだもの」

わたしのものになった悲哀の琥珀は、今日もまた世界の悲哀を飲み込んでいく。彼の琥珀の中できっと、女神が今も涙を流しているからなのだろう。
虫が集って思わず慄くものたちだって、数千年もすれば美しい宝石に変わる。そのうちに内包された小さなものたちの死も、煌めきに変えてしまう。悲劇はいつだって人の心を奪うのだ。悲哀はいつだって、美しさに変わっていく。
最後にわたしのもとで輝くために、彼の琥珀は今日も煌めきを増していく。

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