ジンジャーレモンイエロー

せーのって起き上がって、そうしてわたしの朝がやってくる。
つまんない毎日を、つまんないまま生きている。
なんてことないことでるんたったってステップ踏めてた女子高生は一体どこのどこへやら、よく行くお店の今日のA定食が豚の生姜焼きだって知ってようやく気分がちょっと上向く。
ディスプレイとばかり顔を突き合わせて、最後向かいに誰かがいたのはいつだったか、それが誰だったかが思い出せない。友人だった気がするし、いつかの元カレだった気もするし。
週末は晴れていい天気になるんだからゴキゲンなスカートのひとつでもひらめかせてやりたいのに、お気に入りのレモンイエローを共有できる人が誰がいいかがわからない。とっておきの週末をとっておきにしてくれる魔法のマジックポイントが足りていないので、冒険の旅が始まらない。
こうやっていつの間にか日々がすぎていくんだろうなあ、軽やかなのはキーボードを叩く両手ばかりで、両足はピッタリとため息がひしめき合ったオフィスの床に張り付いたままだ。今日も今日とて生姜焼きだけが今日のわたしのハッピーニュース、堂々の一面だ。

「オネーサン一人? オレとお茶しねえ?」
「愛しの生姜焼きが待ってるので」
「いいね、生姜焼き。相席しよーぜ」
「席があればどうぞ」
「やりィ」

そんな今日の一面に、小さくまた記事が増えそうだ。
オフィスを我先に早足で飛び出したわたしに並んだのは派手な頭とスーツの男で、彼はいつだかリンドウと名乗っていた。それが名前だか苗字だかは聞き返していないので知らない。どうやらオフィスが近いのだという彼は、わたしの昼友のようなものである。
リンドウは数ヶ月前に昼食の牛丼屋で相席になったことをきっかけに、時折こうして顔を合わせると昼食を共にするようになった男だ。その頭と格好でどんな仕事をしているのかは知らないし、別に気にもならなかった。わたしにとっては顔見知り程度の男の私生活なんかよりも、明日の日替わりスープの方が重要であったからだ。

「うまい」
「うん、うまい」

リンドウとわたしが向かい合って座ることはほとんどない。わたしもリンドウも一応の顔見知りであるが互いに一人という認識があるので、同じ店に同じタイミングで行っても、二人席を取ったりはしないのだ。基本的には離れて座ってそのまま現地解散。時折カウンター席で並んで座る程度で、頬張る食事をうまいうまいと何があるわけでもなくつぶやきあって、それだけだ。
リンドウという男は大変ハンサムな男なので、向かい合って何か言葉を交わしながらであったら、きっと言葉も食事を喉を通らなくなってしまうだろう。きっと世界にはそういう女の子がたくさんいたに違いない。とっておきの週末を彼と待ち合わせて、とっておきのスカートをひらめかせて彼の隣を歩くのだろう。甘酸っぱいようなそれがちょっぴり羨ましい気もするし、折角の美味しいものを美味しいと感じられないのも勿体無い気もする。

「そーいや今度新しい店できるって」

リンドウは食べるのが早いので、たまに並んだ時は適当にお茶を啜りながら適当にわたしに話しかけたり、話しかけなかったりして時間を潰す。

「どこ?」
「セブンの隣」
「ああ、なんか工事してんね」
「パスタの店だと」
「おお、いいね」

わたしは食事を頬張りながらそれに言葉を返す。特に彼に視線をやることはなく、目線は美味しそうな生姜焼きのまんまで。目でも楽しんでやらないと、もったいがないからだ。
都会のめぐりは早く、新しい店も知らない店も知らない食事も知っていても何度も食べたい食事もごまんとあって、その全てがわたしたちを魅了していく。それらがある限り、きっとわたしたちの欲が収まることはないのだと思う。どんなにつまらない生活も、そういうものがある限りちょっとだけ、せーのでがんばれてしまうのだから人間は単純だ。

「暑いから冷製パスタとか出さねえかな」
「紫蘇のやつとかいいな」
「いいじゃん、うまそう」

わたしとリンドウは約束をしない。約束をする仲ではないからだ。わたし達は決して向かい合って食事をする仲ではないのだ。たまに並んで、たまに会話を交わす、それだけだ。
向かい合うことがないから、わたしは彼の首筋の刺青のことを見つけることはないし、リンドウもわたしのとっておきのゴキゲンなレモンイエローを知る日は来ない。

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