まどろみのまち

よく出来た男だな、と思っていた。
二人の妹がいるからか、女性に対する態度も柔らかく、よく気が回り、けれど締めるところは締める。人の話を聞くのもするのも得意だし、決して欠点がないとは言えないが、補うだけの魅力に満ちている。
三ツ谷隆という男はそういう男なのだと思っていた。否、現在進行形でそう思っている。ただそうだ、人間はいつだって完璧ではないということなのだ。案外自らの意見を押し通すタイプだったり、我が強かったり、狡い所もあったり、そういう欠点とは呼称しないような個性だったり状況になったりものすものだ。
どれだけ頭が良くても失敗をすることがあったり、どれだけ能力があってもいざというとき使い物にならなかったり、あるいは今この現状のように、どれだけ体力に自信がある人間でも疲労が蓄積すれば限界がくる。

「やらけー……」
「それはよござんした」
「つかれた、しんどい、ねみい」
「おう、寝な。ベッドでな」
「ここ、オレのベッド」
「なんてこった」

どうやら互いに連絡が疎かになっているうちに随分と無理をしたらしい体力自慢のその男は、平時の爽やか系スマートナイスガイをどこかに落としてきてしまったらしい。ソファに座ったわたしの膝に顔をすっかり埋めて、腰に腕を回している。カッコつけるという心の余裕もないのか、静かにそこで呼吸して、時折腹に顔を擦り付けたりしている。随分とやられているらしいその様子に、くすぐったさも文句も喉の奥底に引っ込んでしまった。
服飾デザイナーという憧れの職についてから早数年。依頼者からのリテイクに頭を抱えながら布と糸を片手に必死にしがみつくのはもう大分見慣れてきたものだが、突然こうして破裂したように動かなくなる。最初はこのまま息を引き取りやしないか心配したものだが、わたしもそれなりに学習をしたのだ。とりあえずこういう時はまず寝かせるに限ると。
昔よりも随分と伸びたツートーンの髪に指を通す。毛の流れに沿って撫でてみたり、頭皮を少しつついてみたり、毛先を弄んだり、手持ち無沙汰のままに転がしていく。まな板の上の鯛は、わたしのされるがままにされてしまっている。

「こしょばい」
「わたしも」
「やめなくていーよ」
「ええんかい」
「うん」

鯛から調理のリクエストを受ける日が来るとは。仕方がないので、整えるみたいに髪をなぞっていく。綺麗な形の後頭部、たまに耳の後ろを撫ぜると、流石にこしょばいのか小さく声が漏れた。

「オレ、もー一生ここに住む」
「わたしのなんだよなあ」
「オレの。住む。永住する」
「持ち主の意志が微塵も尊重されない」
「もうオレのモンだし」
「占拠された」
「もー返さねー」

口を開くたびに呼気が腹の奥に埋まっていく。少しずつ尻すぼみになっていく声に邪魔にならないようにスマホを起動したら、見てもいないくせに右手が飛んできてスマホを床に取り落とさせた。このイタズラワガママボーズめ。
きっとこうなってしまっては強情っ張りなので、他によそ見などせずに構い倒すしかな。どうせ瞼なんてしおしおで、頭もぼやぼやだろうから、そう長くはかからないだろう。
居住まいを正すように、彼の頭がポジションを定め始める。柔らかい髪がわたしの膝をくすぐっていくから、つい声が出た。くちゃくちゃの前髪の隙間からわたしを見上げたしおしおの瞼の奥の瞳が、ほんの少し、やわらかく笑っていた。

「もー仕方ないから、ベッドタウンくらいにならなってあげなくもない」
「おー」
「おやすみ、隆」

いつだってわたしは君のまどろみを待っている。

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