君の生命構築図

「ウワつめてッ」
「冷蔵庫から出したばっかだかんねえ」
「え、ハンバーグの元ってこんなつめてーの……?」
「そうだよ。焼くまではそんな感じ」
「いっつもこんなつめてーの堪えてんのか……なんかネチョネチョするしよ……スゲーなオマエ……カッケエ……」

そろそろ冷蔵庫の整理をしなければな、なんて萎びてきそうな紫蘇の葉を使ったメニューを考えていた時のことだ。
夏野菜はハリがあって見目もいいものが多いが、案外と保ちがいいものが少ない。
季節柄もあって定期的に様子を見ていかないとせっかく買った美味しそうなものたちが知らぬ間に野菜室でミイラになっている、なんてことになりかねない。
我が家には胃の体積が腹の八割なのではと思うほどの大食漢がいるので、彼に任せてしまえばきっとこの四百リットルのファミリー用冷蔵庫なんてあっという間にすっからかんになるだろう。この冷蔵庫は家電量販店で随分悩んで購入したものだったが、万年フル稼働している今となっては、やはり小さいものにしなくてよかったと本当に思う。
そんな中けーすけが突然、自分にも何かやれることがないか、なんて彼が殊勝なことも言い始めるものだから、思わず目を見開いて随分長いこと様子を伺ってしまった。
聞けば、共働きなのにわたしが毎日食事の準備をしているのを気にかけてくれたというじゃないか。千冬くんの助言あってそこのものであったが、自分のパートナーがそうして互いの関係について考えてくれるのは素直に嬉しい。
きっと今日一日ショップで働きながら、千冬くんや一虎くんと作戦を立てたりなんかして過ごしたりしたのだろう。掃除をしながら、動物達の食事を準備しながら、今日のお弁当を食べながら、接客をしながら、どんなことをしようか、どうしたらわたしが喜ぶかと考えたのだろう。
そう思ったら愛おしくて仕方がなくて、野菜炒めにでもしようかなんて思考も紫蘇も茄子も全部放り投げて、彼を連れ出して買い物に出て、大容量でビニールがパチンパチンになった挽肉をけーすけが腕に引っ掛けた籠に突っ込んだのだ。
紫蘇は付け合わせのサラダに、茄子はお味噌汁にでもすればいいし、けーすけの胃袋は明日だってきっと元気いっぱいに動いてくれるだろうから今日一日くらい構わないだろう。
わたしの洗いかえエプロンをつけたけーすけと、いつものわたし。
そういえば彼とこういう作業をするのは初めてかもしれない。買ってきた挽肉に玉ねぎと塩胡椒と少々のツナギを加えたタネを捏ねていく。けーすけの作業は辿々しくて、いかにも慣れていないのがわかる。
不良時代には世界の何にも怖くないと言わんばかりにしていた彼が、ただの挽肉相手に恐々とする男だなんて知ったら、彼の元に伏していった男達はどんな顔をするのだろうか。

「わたしもけーすけのおばちゃんもレストランのコックさんも、けーすけの美味しいハンバーグのためにがんばっているのです」
「アー、そっか、オフクロもか」
「そうだよ。おばちゃんのでっかいハンバーグ、好きでしょ」
「おう。好き」

たまに横から手を出して見本みたいにやって見て、それをけーすけが真似ていく。そのたび律儀なほどにハア、だとかホウ、だとか声が出てくるものだから、真剣な彼にはすまないがこちらとしては面白くて仕方ない。
どこか育児のような光景だろう。けれど、自分の手によって何かができるようになるということは、どんな形であれ好きな男の人生に干渉できているのだという感覚はなかなか悪くない。
けーすけのお母さんであるおばちゃんはいつか、結婚してからけーすけが随分変わってきたと言っていた。
おばちゃんは恐らく世界で一番けーすけを愛して、心配して、世話を焼いてきた人だ。彼と結婚したわたしであれ、あの人に敵うかと言ったらわからない程だ。彼女の夏の日差しのようなカラッとした性格からしても、その言葉に偽りはまずあり得ないだろう。
毎日彼を見ているからだろうか、わたしは彼の変化にあまり気付けていないのだが、それ少しでも彼にとって、わたしにとって、わたしたちにとっていいものであるようにと祈るばかりだ。

「今度帰った時に、おばちゃんにお礼でも言ってみなよ」
「あー……ウン」
「照れんなよ、わたしのことはちゃんと誉められたじゃん。一緒に言ったげるからさ」
「……オウ、頼む」
「うん。おばちゃん、絶対喜ぶよ」
「そーか?」
「うん」
「そっか」

照れ隠しなのかボウルを捏ねるけーすけの手には力がこもって、静止した頃にはタネにちょっと粘りが出てしまったけど、これはこれでいい。きっといつもと違った美味しさとして、また経験の一つとしてわたしたちの胃袋に収まってくれるに違いない。
おばちゃんのハンバーグを真似て、わたしの掌よりもでっかいハンバーグを作る。けーすけもわたしの仕草を真似て、なんとか空気抜きをして温めた鉄板に歪な形のお肉を乗せた。
大きなお肉に火を通すのは時間がかかるから、その間にどうやっておばちゃんにお礼を言うか、作戦会議をしよう。
ご飯の後に電話でもしてみようか。写真を撮ってメールでもしてみようか。それとも今度あった時に、みんなで一緒に台所に立ってみるのもいいかもしれない。

「あ、千冬くんたちにもお礼しなきゃかな」
「オウ、そーだナ」
「なにがいいかな。ご飯でも呼ぶ?」
「おー」

付け合わせのサラダのために、けーすけがレタスちぎり、わたしが紫蘇を刻んでいく。その間もけーすけの目はチラチラといい匂いを漂わせ始めたハンバーグを向いていて、口からはよだれでも溢れてきそうだ。それを確認して思わずニンマリ、わたしの口元が緩んだ。
そうそう、君が美味しくモリモリ食べていたハンバーグはこんなふうにできているのだよ。
今日まで彼を大きく育ててきたたくさんの美味しいものたちを、彼とともに一つずつ知っていくのを知ることができるのが、こんなに嬉しくて、こんなにも幸福だ。

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