こうばしい青春

いちばん最初は興味だった。
ちょっと人と違うかっこいいを追っかけて、口に含む。
あんなに苦かったはずなのに、いつしかそれがクセになって、あっという間に嗜好すらにも影響を及ぼしていく。

「カッケエ」が好きだ。
なにが「カッケエ」かはその時の趣味とか流行りとか色々あるけど、ちょっと変わってても自分を持った「カッケエ」ことをしているヤツが好きだし、自分だってそういたいと思う。
不良なんてやって、制服だってマトモに着たこともないし、ちょっとくらいは喧嘩だってする。だけど自分が思う「カッケエ」を外れた男ではいたくない。
そして「カッケエ」ことを「カッケエ」なって褒めていたいと思うのも、オレなりの「カッケエ」のひとつだった。

「今日も?」
「うん。千堂くんも行く?」
「おう、行く。ヨロシクな、センセ」
「はあい」

友達に小さく手を振って出ていく彼女を見つけて追いかける。できる限り自然に、無理なく、視界の片隅でずっと見てたってことを悟られないように。
タケミチたちはとても静かに、表情だけでオレをめちゃめちゃに茶化すけど、結局は拳をあげてガンバレって言ってくれるヤツらなので、そういうところがなんだかんだ本当にいいダチだなと思うのだ。

彼女に並ぶようにして廊下を歩く。オレの方がちょっとだけ背が高いから、彼女を見ると見下ろすようになって、頭のてっぺんから歩くたびに揺れるスカートの端っこくらいまでのもれなく全身の六割くらいが見えるようになる。あ、旋毛右向きだ。
もっとでっかくなったらいーなとは思うけど、例えばドラケンくんくらいでっかくなったらたまに覗き見る横顔も旋毛くらいしか見えなくなりそーだから、これはこれでいいと思う。

いつも教室の端っこのほうで友達と話している彼女に、声をかけたのはオレからだった。
印象としては地味でも派手でもないけど、オシャレなものとかカワイイものは好きなフツーのイイコの女の子という感じだった。クラスメイトの中でクラスメイトとおんなじように一日を送って、おんなじものを食べて、おんなじものを持つ。面白味がなさそうだっていうのが正直な感想で、必要があれば話せるけど、それ以上は特別な感情は全然わかなかった。
だけどある日彼女が友達の真ん中でコーヒーの缶を持っているのを見つけたとき、オレはとんでもなくどきっとしたのだ。
ジョシコーセーなんてちいさい紙のパックのいちごみるくとか、甘いリプトンの紅茶とかしか飲まないモンなんだろうと勝手に思い込んでオレが一気に恥ずかしくなって、それと同時に一気に彼女のコトが気になり始めたのだ。

オレたちの学校に設置されている自販機は、コーラとかハデなデカい缶の炭酸飲料とか乳酸菌飲料みたいなラインナップで、甘くないものを飲もうと思ったらお茶か水くらいしか選択肢がないという感じだった。それでオレたちはこれまで一切困ったことがないんだから、オレたちだって一般的なコーコーセーと同じような味覚だったってことなんだろう。
校内のどの自販機を見ても、彼女の持っている黒いラベルどころか甘く味付けられたコーヒーすらも見つけられなかった。
彼女はどこであのちょっと大人っぽい、黒くて「カッケエ」ボトルを買ってきているんだろう。どんなきっかけで飲み始めて、どんな味がするんだろう、途端にそれが気になったのだ。

「なあ」
「ん?」
「コーヒーってさ、ウマい?」

挨拶だってロクにすることもないチャラついた不良に突然話しかけられた彼女の、驚いた顔。ボトル缶からほんの数ミリ口を離したところでぴたりと止まって、半開きのまんまでオレを見上げていた。染めたこともなさそうな黒いキレーな前髪の下のまんまるい目が、ぱっちりと開いていた。

「うーん。飲んでみれば良くない?」
「いやまあ、そうなんだけど」
「飲めなかったら捨てればいいじゃん」
「それはダメだろ。買ったら全部飲むって」
「えらい」
「フツーだろ。……でも、うまそうに飲んでるヤツが一緒にいたら、何かもっとウマく飲めそーじゃね」
「え、まあ、そうだね」
「武道たちはコーヒーとか全然なんだよ。オレはコーヒーの味が分かるカッケエ男になりてーの」

そうやって何とか彼女を宥めすかして、彼女のコーヒータイムに便乗させてもらうことになったのだ。一応友達はいいのかとも聞いたけど、友達は自販機までは付き合ってくれないんだと笑っていた。薄情だよねえなんて付け加えてはいたけれど、冗談だって話したこともないオレでもすぐに分かるくらい、口調は穏やかだった。ああいいなって初めて思った瞬間だった。
ちょっとばかり無理のあることを言っているのはわかっていたけど、それが全く嘘というつもりはなかった。ドラマや映画でみたような、当たり前みたいにコーヒーを飲むような男に憧れはあるし、気になる女の子と同じ空間で同じものを口にできるなんて、それだけでもサイコーだと思ったから。

そもそも、コーヒーが飲めるのが大人だなんて、その考えそのものが子供っぽいことはわかってる。
それでも知ってみたかった。あの日突然オレの中で「カッケエ」人間になった彼女のその理由を、オレも好きになってみたかったのだ。

やっぱり校内の自動販売機にはコーヒーがなかった。オレの捜索漏れかと思っていたけど、間違っていなかったらしい。
あまり甘いものを日頃から飲まないのだという彼女は、校舎からそっと抜け出してブラックコーヒーを買うのだと言った。裏門から出て目の前の道路に、ようやくあの黒いラベルの描かれたボトル缶があるのだ。
ガッコー抜け出すなんて不良じゃんって言ったら、そうなの、実はわたしすっごく不良なの、なんて砕けたみたいにからりと笑うから、オレはその瞬間彼女と共犯になると同時に、彼女への片思いが始まったのだ。

「何かちょっとずつこの苦さにも慣れてきた気がする」
「やるじゃん」
「オウ。オレもカッケエ男に近づいてきたな」
「ちょっとこっち向いてみ?」
「ん」
「ん〜さっきよりハンサムになったかも知れないな〜」
「まじ? やりィ」
「ん? 見間違いかも」
「やんのかコラ」
「ヤンキーのガンギレ怖いんだわ」
「ハハハ」

俺たちの定位置は自販機が近い裏門近くの駐輪場の片隅だ。
かつて何に使われていたんだかわからないコンクリートブロックには彼女が座って、オレはそのへんでテキトーに。最初の時、隣に座るのはなんだか気が引けて、所謂ヤンキー座りをしたら彼女にやけにウケてしまってからはそれが定着してしまった。
授業間の休み時間なんて、移動時間を差し引いてしまうと大した猶予もない。オレが勝手にデートだとか、彼女の気をひくための時間だと思ってるそれだって、相手からすりゃあ単に不良のおかしなカッコつけに付き合わされているだけの時間なのかもしれない。

「でもさ、最近は口直しもいらないし、やっぱり慣れてきたんじゃない?」
「だよな! 今ならブルーマウンテンの良さもわかる気がするぜ」
「傲慢〜」

だけど最近、もしかしたらこの戦いが案外勝ち戦なんじゃないかって確信しかけてるんだ。

「じゃ、それが本当か、今度見せつけてよ」
「いいぜ」
「行ってみたい喫茶店があるの。千堂くん、付き合ってよ」
「いいのか?」
「うん。友達、みんなコーヒー全然飲めないの」

もしオレが無事にこの黒いラベルが手に馴染むようなカッケエ男になれたとしても、この苦さをこうばしいって堂々と言えるようになったとしても、そのあとだって並んで一緒におんなじコーヒーを飲んでいてくれるんじゃないかって、最近は思うのだ。

- 31 -
「卍関全席」肩凝り回避用ページ