ぼくの宇宙が爪先をなぞる

上履きの中、靴下の下に宇宙を閉じ込めて、飼い始めた。
誰にも知られぬまんまに、誰かがこっそり空から切り取って連れてきてしまったものなのだろう。わたしのつま先の宇宙は紫とも緑ともつかぬ輝きの中に、小さな星々を煌めかせている。

その宇宙は化粧品売り場の端っこに小瓶に詰め込まれて売られていた。
傾けるとゆったりと姿を変えるその小さな宇宙は、この国ではマニキュアという類の名前で呼ばれている。
少なくなってきた化粧水を最近話題になっているものにしてみようと寄ってみただけだったわたしは、その小さな宇宙はあっさりと魅了されてしまったのだ。
棚にはこのたった一つしか並んでおらず、これはまさしくわたしのために用意され、ずっとわたしが来るのをここで待っていてくれたに違いない。すぐに空っぽのカゴに入れてお会計をして、化粧水を忘れたことに気付いたのは部屋に帰ってからだった。

お風呂で念入りに洗って手入れをして、両足に十の宇宙を作り上げた。
一番大きな親指のそれをカクカクと動かすと、部屋の蛍光灯を受け止めてそのたびに色を変えていく。乾くまでのツヤツヤを眺めながら、このとっておきはわたしだけの内緒にしようと決めたのだ。毎日帰ってきて、部屋に戻って、靴下を脱いで、そうして一人眺めて独り占めしてしまおうって。

「お。ペディキュア」

わたしのとっておきの内緒がバレてしまったのは、それから一週間と三日経った頃だった。
階段で足を踏み外してそのまま捻ったわたしは、近くにいたクラスメイトである三ツ谷にあれよあれよと保健室に連行されてしまったのだ。
勢いに負けて頭から抜け落ちていたが、彼が靴下に手をかけた時「しまった」と思ったのだ。抵抗する間もなく曝け出されてしまったわたしの小さな宇宙たちは、その時からわたしだけのものではなくなってしまった。
せっかく気を使ってここまで連れてきて、椅子にわたしだけを座らせて足を軽く右に左にして痛くないかと確認してくれている彼には申し訳ないが、自らの足首の状態なんかよりもそれはずっとわたしにとっては大事なことだったのだ。わたしの爪先の、わたしだけの宇宙。きらきらでぴかぴかの、わたしだけの秘密のかけらたち。
女の子という生き物は、身体にたくさんの綺麗な秘密を詰め込んでできている。その小さなかけらたちを大事にして、内緒にして守って生きているのに、こんなに簡単にバレてしまうだなんて。なんだかとても悲しくなって、ひどく虚しくなって、わたしの宇宙を見つめる三ツ谷をぼんやりと眺めた。今朝までわたしの爪先で瞬いていた星々が、みんな目を閉じてしまったような気分だった。

「スゲェ。なあ、これって宇宙?」
「うん、まあ」
「ヘエ、こんなんあるんか。お、角度変えると色変わるじゃん。カッケー」
「うん」

悲しいことに変わりはないけれど、見つかったのが三ツ谷でまだよかったのかもな、と思った。そもそも不良の彼は校則違反だとか言わないし、多分、オシャレだとかそういうものに関心がある方、なんだと思う。見つかってしまったのは悲しいが、細かく言われないのはまだよかったのかもしれない。
家に帰ったら、この宇宙とはさよならしよう。リムーバーで丁寧に落として、塗り直しはせず、小瓶のまま部屋に飾っておこう。たまに傾けて、揺れる宇宙の姿を見れればそれでいいじゃないか。さようなら、わたしだけの内緒の小さなきらきらの宇宙。

「なあ」
「ん?」
「このマニキュアってまだある?」
「あるけど」
「オレにも分けてくんね?」
「……は?」

そこで今日初めて、三ツ谷の顔を見た気がした。さっきまで眺めていたわたしの足を自分の太ももに置いて、ぴかぴかの笑顔で随分と楽しそうにわたしを見上げていた。

「カッケーからオレも塗ってみてーなって」
「……あげよっか。もうたぶん、塗らないし」
「もう塗んねえの?」
「うん」
「こんな似合ってンのに?」
「うん。終わり。見つかっちゃったし、校則違反だし」
「オレ別にバラさねーよ?」
「そうだろうね、そのピアスで分かるよ」
「お、分かる? 実はこれ、誠実ってシルシなんだわ」
「ソレは無理ある」
「ハハ」

飽きもせず、三ツ谷はわたしの宇宙を眺めていた。自分の足を自分以外がそうまじまじと見るなんて初めてでどうしたらいいのか分からず、ほとんど勢いのままにされるがままにされている。三ツ谷の視線の先で、小さな宇宙たちが持ち主の意志なんて関係なく蛍光灯を反射してきらきら輝いていた。

「じゃあ貰ったら塗るから、爪、空けといてな」
「は?」
「ン? 他に希望の色あるんならそっちでもいーけど、この色カッケーからもうちょい見てーな」
「三ツ谷がわたしの爪塗るの?」
「だってオレにくれんだろ? せっかくなら一番似合う爪に塗りたくね?」
「……一番は言い過ぎ」
「ンなことねーよ。見てみろよ、この誠実のシルシを。ウソとかつけねーの」
「だからソレ、無理あんだよなあ」

 わたしだけのものだった爪先の宇宙、いまは三ツ谷が共有しているちいさな宇宙。わたしだけの内緒だったそれを、今度は彼が共有してくれるらしい。

「な。貰ったらさ、オレの足にも塗っていい?」
「君のになるんだから、好きにしなよ」
「わかった、好きにするワ。オソロにしよーぜ」
「……見せびらかさないでよね」
「おう。オレらだけのナイショな」

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