筋書き通りのアイ・ラブユー

朝は嫌いだ。夜に住んでる俺たちの国が終わる場所だから。
ワルいことばっかりしてワルいことに憧れて、そんなふうに生きてるオレたちには朝日が少し眩しい。やりたいことだらけの人生なのに、眠くなっていく身体がちょっとだけイヤになる。

けど、最近はちょっとだけ朝も好き。あの子の膝裏で翻るスカートが見られるから。
風でも吹いてその中が見えたら、なんてスケベ心はない……と言えば嘘になるけど、そんなヤマシイ気持ちで見てるつもりは全然ない。一応。ホントに。マジで。
制服がカワイイと評判の向こう側の中学の制服を着たその女の子を初めて見かけたのは三週間くらい前のことだった。
絡まれているところを助けただとか、そんなドラマチックなことは何にもない。通りがかって、オレが勝手に見惚れた。ただそれだけだ。
もう一度あの子を見つけるのは案外簡単で、翌日必死に眠い目擦って待っていたら同じ時間に通りがかった。
それからは、あの子の後ろをちょっとだけ追いかけて、後ろ頭までかわいいなあなんて思いながらあの子の速度に合わせてゆっくり進んで、三つ目の交差点であの子が右に曲がるのを見届ける。それだけだ。
あの子の行き先は当然あの子が着ている制服とおんなじところで、右に曲がったその先を五分ほど進んだところにある。オレの学校はこの先をまっすぐ進んだところにあるので、あの子を見つめていられるのはそこまでだ。
あの子のあとをつけてしまうのは簡単かもしれない。声をかけるのだって、きっとそう難しくない。だけどこちとら、バリバリの不良だ。今日だってもしかしてあの子が何かの拍子で、例えば強い風が吹いて長い髪を靡かせたりだとか、そう言うので振り向いたりするかもしれないと思って格好つけてしっかりリーゼントを固めてきてしまった。
比べてあの子は丁寧にアイロンがけされたブラウスをきちんと膝丈スカートにしまった、白ソックスの清楚そうなオジョウサンだ。オレのこれまでの人生でちょっぴり程度もかすったこともなさそうな、乱れひとつなく編み込まれた黒髪がいつも綺麗な女の子だ。きっとオレなんかが話しかけたら困らせてしまうに違いない。たった一度きり、初めて見た時のあのキレーな目にオレが映れるのは嬉しいけど、怖がらせたいなんて思っちゃいないのだ。二ヶ月前だって、二つ隣のクラスの八田さんに死ぬほど怖がられたあとに盛大にフラれているのだから。オレだって、これでも学習しないわけじゃあないのだ。

でも、じゃあ、どうしたらあの子と知り合えるだろう。眠い目を擦って考える。まぶたに刺さる日光が、痛いほどに眩しかった。
だってオレはあの子の学校と性別と、髪も目も綺麗なことと、後ろ頭までかわいいことくらいしか知らないのだ。趣味だなんだどころか名前も分からなければ、声のひとつだって聞いたこともない。何年何組の何さんで、クラスのオトモダチは何さんで、好きなバンドマンは何クンなんだろう。やっぱりあんなキレーな女の子は、最近CMでよく見かけるキレーなピアノの伴奏に合わせてふわふわ幸せな歌詞とかをニコニコしながら歌うようなユニットの音楽だとかを聴くんだろうか。それとも案外元気いっぱいにロマンスを歌いあげるシンガーソングライターだとかだろうか。
きっとオレらみたいに、ガチャガチャしたメロディに合わせてキテレツなほど跳ねて騒いでギターをかき鳴らして歌うバンドの曲なんてあの子みたいなキレーな女の子は一度だってマトモに聞くこともないんだろう。

万年金欠のオレたちにとって、CDはちょっとばかし高価な娯楽だ。特に今月はバイクのパーツを変えてみたりと出費が嵩んだし、もうすぐやってくる弟の誕生日にだって何か買ってやりたいので、正直ムダな買い物はできない。
それなのに、なんと今月は好きなバンドの新曲が発売されてしまった。どうしても聞きたい、どうしたって聞きたい。
それに最近の女の子に人気の歌手の曲なんかも、もしオレが知ってたらいずれ話が盛り上がったりしたりしなかったりできやしないだろうかなんて、つい思ってしまう。
一応両方手に取って、見比べる。欲しいのは圧倒的に前者だ、そりゃあそうだ。何せずっと好きなバンドだ。
後者に関してはもちろんいい曲だなとは思う。あの子がこの歌手が好きなんだってわかってるならきっと今すぐ買って擦り切れるくらい聞くだろう。けどもちろん、オレがあの子のそんな情報を知るはずもない。聞く機会だってない。全部オレの妄想だ。共通の話題が欲しくて仕方なくてここにいるのに、あの子の認識がどこにあるのかわからないオレは、ただの一人相撲のばかやろうに違いない。

「君、ブルハ好きなんだ」

だからこんな真昼間にこんな駅前のCDショップで想像よりもパッキリした明るい声のオンナノコの声があの子の口から吐き出されるのを聞くなんて、みんな妄想の一環でしかないに決まってるのだ。

「ごめん、突然。びっくりした?」
「な、んでオレのこと」
「通学路、途中まで一緒でしょ」
「えっ」
「ずっとこっち見てたじゃん」
「えっ」

この都合のいい妄想のあの子は、妄想のくせにカラカラとそれまでの妄想の範疇になかった軽めの笑い方をした。遠目に小さいなあと思っていたよりもずっと小さいような気がする。オレの肩よりも下の低い位置にあの子の頭があって、ちょっと見下ろすと斜め下につむじが見えた。

「いまどきそんなクワバラみたいな髪、簡単に忘れないって」
「……そこはユースケじゃねえの?」
「いいヤツじゃん、クワバラ。ヨーヘーとかもいいね」
「水戸?」
「そう」
「あー、そーゆーの、読むんだ?」
「うん。幻滅しちゃった?」
「や。イイと思う」
「ンフフ。そ」

キレーなあの子。清楚なあの子。高嶺の花の、違う世界の女の子。夜の国に住んでるオレとは違う世界の、明るい世界の女の子。
それは本当にそうだった?
全部思い込みだ。勝手に決めつけて、勝手に遠ざけてた。いつもふんわりしたブラウスとスカートのオンナノコだってなんでか思い込んでた。ゆるいシャツに細身のジーンズにサンダルなんて、何度も妄想した私服の中には一度だって出てこなかったのだ。
おんなじ世界にいるはずなのに、おんなじ地上に住んでるただの中学生のはずなのに。

「ねえ」
「お、おう!?」
「それ、買うなら貸して欲しいんだけど」

「それ」彼女が指差したのはオレが一人で頭を悩ませてたCDだ。バンドのロゴがデカデカと乗って、青い星のマークが描かれたそれは、勝手にオレが決めつけて、絶対に彼女みたいな子が聞くはずもないと思っていたものだった。それはさっきまでのオレが知り得るはずもなかった彼女の最初の情報だ。
女の子らしいから、なんて理由で勝手な理由で彼女を決めつけようとしていたオレは、本当の本当にバカヤロウだ。だってこんなにただのTシャツとジーパンが似合う女の子なんて、きっと世界のどこにも存在しないに決まっている。

「ウン、貸す……」
「ありがと!絶対聞きたかったんだ。アニキ全然貸してくれなくてさ」
「お、アニキいんだ?」
「うん。音楽も漫画もアニキの影響ばっか受けちゃってさ」
「へー。アニキっているとそんな感じなのか。オレ、上いねえから」
「ふうん、じゃあお兄ちゃんか」
「おお、弟と妹」

あれ。あれあれ?
これはなんだか、なかなかどうしてイイ感じじゃないか? 思わずちょっとガッツポーズをしかけて、だけど彼女の前だからって必死になって堪えた。
万年恋をしてはフラれてばっかりで、ついたあだ名が恋も喧嘩も最弱王。なんだかこれは、その称号もここまでなんじゃないだろうか? 今度こそ、うまくいってしまうんじゃないか。
CDの裏面の曲名一覧を追いかけていた隣の女の子が不意にオレを見上げた。目のキラキラの真ん中に、オレの姿が見えていた。

「あのさ」
「ん?」
「もしこれがぜーんぶ偶然じゃないって言ったら、君はどうする?」
「……え? どーゆーこと?」
「ンフフ、どーゆーことだろーね? 佐野真一郎くん」
「…………は?」

彼女のキレーなアーモンド形の目が、猫のようにイタズラっぽくにゃまりと歪んだ。映っていたオレの姿がそれに釣られて歪んでいく。
それはオレの知らない彼女の顔だった。

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