サンフラワーガール

そういえば、花なんて生まれてこのかた初めて贈られた。
世の中では卒業式だとか、そういう時に贈られることもあるんだって聞いたけど、普段から授業に行ったり行ってなかったりする自分達が、退屈の塊でしかないナンチャラ式なんてものに出ているはずもない。
無くさないように力一杯握りしめて持ってきたのか、貰った時にはすでに茎には手の跡がしっかりとついてしまっていた。とりあえず萎れないように水に浸けて持ってはきたものの、ついた頃には随分首をもたげてしまっていた。
けどきっと、アイツはどんな高級な花を持っていくよりも喜ぶだろう。どうやったら長く持つかなんて携帯で必死に調べ初めて、そのうちに枯らしてしまって、ちょっとだけ悲しい顔をするんだろう。
オレは正直そういう感情はよく分かんねえけど、誰かから花を貰うのは思ってたより嬉しいんだってことと、自分の好きなヤツのことを目一杯に考えてくれる誰かがいるっていうのが嬉しいんだってことだけは、今日よくわかった。わかることができて、良かったと思う。

「どーけんちゃん、あげる」

ソイツはオレの名前をうまく発音できなくて、一年経っても相変わらず舌足らずのまんまだった。
ある日突然現れて、幼稚園帰りにしょっちゅう店に来るようになった。近所に住んでるらしく、すぐにやってきた母ちゃんにはそのうちに「いつもすみません」ってキレイなお菓子を差し入れまでしてくれるような、普通のいい家に生まれた、普通の子供だった。
ソイツは何をするわけじゃなくても、オレとイヌピーがバイクをいじっているのをまんまるい目でじっと見ていた。
たまに「それはなあに」って聞いてくるから教えてやると、分かってるんだか分かってないんだかへえって言って、そしてキラキラした目でまた静かに眺め始めるのだ。作業の時はオレらがあっちにこっちにしてるのを一緒になって右へ左へして、修理が終わってエンジンをふかすときゃあきゃあとはしゃいだ声をあげた。いつかの自分を見てるみたいでくすぐったかったから、そのうちに危ないこと以外は咎めるのをやめた。
友達と遊ばなくていいのかとか、言いたいことがないわけじゃなかったけど、見たところ怪我をして帰ってくる様子も早退してくる様子もすげえ落ち込んで帰ってくるなんてこともないので気にすることも無くなった。何より、俺たちの作業を見てる時の楽しそうな顔が本気だってことは、オレが一番わかってるのだ。

そんな子供が、オレに花をくれた。
小さい手で太い茎を握り締めて、麦わら帽子をかぶって水筒を下げて、暑い中必死に歩いて身の丈よりも大きな花を持ってきたのだ。オレよりも花に興味のなさそうなイヌピーも、思わずすげえなってつぶやいてしまうほど立派に咲いた向日葵だった。

「ママとねえ、そだてたの、どーけんちゃんにあげる」
「いいのか? こんなデッケーの、頑張ったんじゃねえの?」
「ん! あのね、エマちゃんにあげてほしいの」
「エマに?」
「うん」

彼女を見ると、まんまるいほっぺが真っ赤だった。水を飲んだか聞くと、のんでない! とすっかり忘れていたというようにしていた。きっとここまでこの大きな花を運んでくることばかりを考えてきたのだろう。
下げていたカラフルな水筒のから水をぐびぐびと旨そうに飲んで、わざとらしいくらいにため息を吐いた。まるでCMみたいだと思うほど、豪快でいい飲みっぷりだった。帰りにはポカリとたっぷり氷を入れてやろう。

「あのね、どーけんちゃん、エマちゃんのおはなしするとき、すっごくうれしそう。あたしうれしいから、ありがとうのお花なの」
「……そっか、わかった」
「ゼッタイだからね! ありがとうって言ってよ」
「オウ、きっとエマ、スゲー喜ぶよ。ありがとな」
「うふふ」

体をみんな隠してしまうほど大きな麦わら帽子の下で彼女は口元に手を当てて、くふくふとこそばゆそうに笑った。まるで自分のことみたいに嬉しそうにするから、なんだかこっちまでこそばゆくなる。
イヌピーが持ってきてくれたバケツの水に向日葵を差してみた。周りにシミがついたりしてるバケツの中じゃやっぱりなんだかチグハグだったけど、彼女はそれをとても満足そうに見つめた。バイクを見てる時とおんなじ目をしていた。

「どーけんちゃん、しってる? はなよめさんには、キレイなおはながいるんだって」
「ハナヨメ?」
「うん、ママにきいたの。こどもがもってきたキレーなはなたばをポイってするとね、はなよめさんはしわわせになるんだってー」
「幸せな。ちょっとごっちゃだけど、まあそんなもんか」
「あたしね、おはなもってこれたから、エマちゃん、しわわせなはなよめさんになれるんだよね」
「……そーか」

これがいちばんキレイにさいたの、エマちゃんにおしえてねって何本かのうちの一本を指差したけど、残念ながらオレに他の花との違いはわからなかった。
アイツにならわかるんだろうか。それが女だからわかるのか、子供だからわかるものなのか、と考えたけど、きっと昔のオレは分からなかったから前者が近いんじゃなんじゃないかと思う。
だけど彼女がつけたこのいちばんの向日葵は、帰りに持っていった時に絶対にアイツにキレイだよなって自慢して、いちばんキレイに見える場所に倒れないように飾ってやろうと思った。

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