ぼくらのおうこく

イザナはオレたちではない、知らぬ誰かの手によって弔われたのだという。

「この国じゃ、やっぱり大切だったのね。血のつながりって」

彼女はイザナの煙を見送ったと言っていた。
火葬場の内からではなく、少し離れたところにあった見晴らしのいい公園から、誰とも見分けのつかぬまま煙突から立ち上っていく煙を毎日毎日いくつも見上げたので、きっとあの中のどれかきっとイザナだっただろうと。
二月の凍えるような公園で煙突から立ち昇る煙をずっとずっと見つめながら、彼女はひとりで何を思っていたのかオレは知らない。
抗争が終わった報告をいつもみたいにずっと携帯をチラチラ見ながら待って、結局誰からも連絡が入らなかった時、幹部でもない顔くらいしか知らない人間からようやく事の全てを知らされた時、ひとりぼっちの彼女が何を思っていたのか、オレは知らない。

王が死んだ。オレたちの王が死んだ。けれど血のつながりも戸籍もひとつたりとも持っていないオレたちは、自らの王の身体が焼かれた日すら知ることができなかった。
火葬場なんて入れるはずもなく、彼女は一目死に顔に会うことすらできず、オレはともに逝くことすらも叶わなかった。
施設で三人一緒になって、誰よりも毎日一緒に過ごした。さいごまでをともにと誓った。
けれど、それだけじゃダメだった。この世界はそれだけじゃダメなように出来ていた。

真っ白な病室は静かだ。オレには見舞いに来るようなやつがあまりいないし、そういう面子は今こんな場所に来れるような状況じゃないらしいから余計である。ほぼここに時間の限り居着いている彼女と二人ぼっちで、たまに喋って、たまに黙って過ごした。恐らく今日も、そう長くもない面会時間のめいっぱいまでここにいるのだろう。自分だったらきっとそうするから、彼女だってきっとそうする。

「ね。カクちゃんは、昔、ご両親とお別れできたの?」
「うん、できたよ。ちょっとだけど」
「そっか、よかったね」
「うん」

彼女には血縁者がいなかった。それは最初からで、顔も名も知らなければ、別段知りたくもないのだと言っていた。
ひとりぼっちだったオレ達三人は、年齢差とか性差とかを飛び越えてあっという間に仲良くなった。
施設には似たような境遇な女の子だっていたけれど、彼女は決まっていつもにんまり歯を見せて言うのだ。イザナとカクちゃんがいいって。なんたって一番楽しいからって。オレとイザナはすぐに気をよくして、半歩以上足の遅い彼女を迎えた。
施設にオレたちよりもずっと前からいた彼女は、イザナが国をつくると決めたことにわっと顔を赤くして喜んだ。わたしも「こくみん」になりたいと黄色い声をあげてきゃあきゃあとはしゃいで、無邪気にオレとイザナの手を取ったのだ。

「やっぱりわたし、イザナのつくる国に住みたかった」
「オレも」
「きっとここがイザナの国だったら、イザナが作る法律で、イザナもカクちゃんもわたしも天竺のみんなも家族になれたのね」
「そうだな」
「家族になれたら、怪我をしたとき、一番に連絡が来るの。それでみんなでお菓子や果物を持って、面会にいくのよ」
「うん」
「誰かの終わりには必ず誰かが泣いて、必ず誰かが花を贈って、必ずみんなでおいしいお酒でも飲みながらいつかまたねって笑えたのね。そしてみんな最後に同じお墓で再会するの」
「それは、イザナの時は最後誰が献花するかで揉めそうだな」
「そんなことないわよ。どんなにでしゃばりがいたって、あなたがイザナの一番だわ」
「そうかな」
「そうよ。誰が文句を言っても、わたしや蘭たちで倒しちゃうんだから」
「いや、倒しちゃうなよ」
「仕方ないじゃない。わたしたち、あなたたちのことが大好きなんだもの」

オレと彼女はイザナの下僕だ。
オマエが喧嘩する下僕で、アイツが掃除とか留守番とかをする下僕、オレが王。
そうやって指差してまだ幼かったオレたち二人にふんぞり返ったイザナは、まさしくオレたちの王だった。自らの役割を与えられたことに、オレたちは二人で手を取り合って喜んだ。その時からイザナの玉座を整えるのがオレたち二人の仕事だったのだ。

「わたし、自由なんか一個も興味がないの。ずっとイザナの下僕がいい。そんなのぜんぜんいらない」
「うん」

彼女は天竺のメンバーではない。小さくて細い女の子でしかない彼女は当然のように喧嘩なんてできなかった。イザナもオレも、積極的に暴走族であるそれらに関わらせることはなかった。最終的には街で灰谷兄弟に見つかった時にすっかりバレてしまったのだが、それは別の話とする。
それまでずっと何をするでもついて回っていた彼女はそれに対し当初はちょっと拗ねていたものだが、そのうち凛々しく笑って言ったのだ。帰る家を守るのも立派な下僕の仕事よねって。
その時満足そうに笑ったイザナの顔は、オレと彼女の二人しか知らない。

「ねえ、カクちゃん」
「ん?」
「昔みたいに、みんなで並んで眠りたかったね」
「ああ」
「手を繋いで眠るのよ。夢の中でも、起きてもきっと一緒にいるようにって」
「うん」

施設ではよく、三人で並んで毛布を被って眠った。寒がりなイザナを子供体温なオレたち挟んで眠るとちょうどよかったのだ。オレたちは自らの王の役に立てるのが嬉しくてたまらなかった。三人で眠るギリギリまで意味も中身もない話をして、大体オレが最初に寝てしまう。その後で二人がどんな話をしたのかを朝一番に聞くのが大好きだった。

「でもね、わたしね、ちょっとだけ安心しているの」
「安心?」
「これで、もう二度とイザナは誰にも囚われないわ」
「……そうだな」
「血もいっぱい出たんでしょう?」
「……うん、全部出尽くすくらいだった」
「うん、じゃあきっともう世界の何にも、イザナを縛れないね」

イザナに兄が、きょうだいたちがいるのだと知った日。三人だったオレたちは二人ぼっちになった。
イザナが自分たちの元からいなくなることを理解した彼女はちょっとだけ泣いて、それでも最後には気丈に笑った。オレよりも先にずっと強くなっていた彼女に、オレも彼女を真似て笑った。ひとりぼっちとひとりぼっちで、二人で生きていこうと決めたのだ。
なのに、送り出したはずのイザナは結局ひとりぼっちだった。戻ってきた自らの王の姿に、彼女は見送った時の何倍も泣いた。横隔膜がバカになるくらいえずいて泣いた。イザナもオレも何も言わず、その背を何度も撫でた。オレたちは再び三人ぼっちになった。

「イザナ、これからどこへ行くのかな」
「どこだろうな。南の島とか、結構好きそうだけど」
「ああ、いいね。きっとそこなら、寒くない」
「寒がりだもんな」

あの時彼女が見つけられなかったイザナの煙はどこに行ったのだろう。
どうかこの日本みたいな、つまんなくて狭い国にいなきゃいい。
あったかくて、どこか自由な場所にでもいてくれればいい。
オレも彼女もきっとおんなじ場所に行けるはずだから、そしたら今度は三人ぼっちで小さな国を作るのだ。

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