ぼくらの教室戦争

ざっと四十余名ばかりの人間が集う教室は、右に並ばないものが悪者で、尻尾を出せば忽ち切られてしまう。頭髪からつま先までを隣のあの子やあの子を模倣して、耳にあてるロックバンドはヒットチャートを順繰りに。ゴールデンタイムには話題のアイドルを追いかけて、深夜は夜通しラジオを流しながら宿題をやっつけてから眠りにつく。
二十四時間を強制する閉塞を、四角く区切られた中の住人たちはいとも容易く誰もがこなす。
多数決だけがすべての狭い世界はどうしようもなく窮屈で、だけどここから出たって居場所を持てもしない愚図なわたしは口角を釣り上げて必死に膝丈の制服のスカートの裾の中に罪を隠すのだ。
誰も誰もが他人の本心を暴くべく目を光らせていて、罪を見つけりゃ強制排除。従わなければ即刻退場。
見ないように見せないように、視覚は下から四十五度の位置をいつも保って、スカートの位置をなんとか正しながらギリギリの場所で浅い呼吸を続けている。

この教室にはそんな法律を守らない悪人がいる。
悪人はなんてことのない顔をして、話題の俳優が新作の映画でしたことによって誰もが真似た頭髪をせず、地毛なのか脱色しているのだかわからない明るい髪を煌めかせてコピーアンドペーストの民衆たちをかき分けていく。
悪人は髪だけではなく、それは美しい顔で体格も良かったため、実に見事に少女たちの心をくすぐったが、彼女らの今の流行は微笑みが可愛らしい甘いマスクの黒髪をキッチリまとめた誠実な年上の男性であったため、自分の身を守るために誰もが口を閉ざしたのだった。
何よりその悪人は、この教室の外でも悪人であるのだと噂が立ち始めたため、ハイリスクなハイブランドではなく安全安心の無印良品をお求めの社会制度に縛られる平凡な人民たちは皆彼の前で口をつぐんでしまう。
他人を蹴落とすことに必死な雑音まみれの教室は、彼がいる時だけはビリビリと別の緊張感が走って、わたしはそんな悪人がいる教室の静けさが嫌いじゃなかった。
少なくとも悪人がいる教室では、わたしの好きなマイナーでイカしたロックバンドも、夢見がちで幼稚な恋愛を描く少女漫画も、悪く言える奴はいないも同然なのだ。

真夜中の公園は静かで、風が強く吹くたびに古いブランコがキイキイ鳴る音だけが響く。
未成年が補導される時間はとっくに過ぎていて、街頭の明かりだけを頼りにわたしたちはひっそり密会をする。誰も聞いているわけでもないのに、嘘みたいに密やかな音でわたし達は互いの悪事を共有する。

「ハハハ、なにそれ、君のトモダチすごいね」
「ああ。ココはすげえよ」
「ほんとに好きなんだねえ」
「いいヤツなんだ」
「そっか」

わたしは彼と同じ悪人だ。クラスの法律を破って、ちょうど今放送されているであろう人気のラジオをほっぽり出して、彼の甘言に誘われるままここにやってきた。それもとっくに累犯で、こういうことは今日ばかりの出来事ではないのだ。

悪人である彼は、わたしの悪事を知っている。
本当はわたしがスクールカーストぶっちぎりのあの子が魅力を薄っぺらい言葉で謳って広まった恋愛の愚かさを歌う流行りのバンドマンなんかじゃなくて、新曲を出しても音楽雑誌の端っこに名前だけがようやく載るくらいのグループが好きな事も、みんなが真似してる柔らかく巻いたふわふわロングヘアよりもきっちり編み込んだ強い女の体現みたいな髪型が好きな事も、砂糖がキツいパックのミルクティーが本当は嫌いなことも、それをみんな隠して誰にも誰にも嘘をつき続けて教室の真ん中から斜め四十五度くらいの立ち位置を必死に守っていることも。
わたしはこの悪人が口を割らないことで、ようやく平生のままで生きられる。悪人はなんてことない顔をしてわたしの安っぽいウォークマンのイヤホンを当てながら、わたしと同じ罪を犯す。クラスメイトの誰もが名前すら知らないだろうバンドマンの曲を聞いて、この歌詞がいいとか、このギターがうまいのだとか笑うのだ。誰にも決して聞こえないように小さな声で笑って、学校の自動販売機には売ってない缶コーヒーを飲みながら。

彼は悪人だから、わたしの悪事を許容した。
ある日彼はオマエはどういうのがいいんだって嘘みたいに平然と聞き返して、わたしのイヤホンを耳に刺したのだ。その時はなんとなく、イケてるメンズが耳の形までいいんだなって思った。
イヤホンから何度もリピート再生した音が漏れるのを横で聞いていたらその内になんだかどうでもよくなって、鞄の奥に巾着に入れて隠し持っていた歌詞カードを取り出して、恐ろしくて誰にも言えなかったわたしの悪事をみんな明かしてしまった。くたくたになった紙をなぞるわたしの嗚咽まみれの罪を、彼はじっと聞いてくれた。その日から、わたし達は共犯になった。

「そういえば、オマエの好きだって言ってたバンド、新曲出たんだろ」
「そう! 乾くんも聞いてよ、すごくいいの!」
「うん、聞きてえ」

明日のわたしは今晩のラジオ番組をまとめるであろう友人たちのミクシィと人気のブログたちを電車の中で必死に漁って、まるで無辜の民衆のフリしてイイヒト面して教室の真ん中から四十五度の位置に座る。きっと可愛いあの子はふわりと髪を靡かせてミルクティ片手に嬉しそうにわたしを振り向くから、綺麗なその手に隠されているナイフを見ないふりのふりをして、一番とっておきの顔をこさえて待ち構えてやるのだ。

「これ、いいな。オレも好き」
「いいよね。ねえ聞いて、ここの歌詞が前の曲と重なっててさあ」
「へえ」

わたしは罪をひた隠しにして善良ぶっている。つまらない世界の片隅で息をするために、彼を引き摺り込んでさらに多くの罪を重ねた。
四駅も先の映画館で人気のない劇場で古いB級映画を見て、店先で安売りされていた名前も知らないテレビゲームで笑った。
その辺で見つけた寂しい和菓子屋のお団子を頬張って美味しいねって言って、カップルや女同士の集まりが大勢の人が並ぶ水族館を通り過ぎておじさんしかいない定食屋で安い刺身定食をご飯を大盛りにして食べた。
教室でただすれ違うだけのわたしと彼が共犯だなんて、きっとあの子たちは気づかない。スカートの裾に隠した本性を知られたら最後、わたしはあっという間にあのナイフで一突きにされて退場にされるに違いない。

「乾くん、明日学校くる?」
「明日はなんもねえから、行けると思う」
「そっか」
「教室じゃ話しかけれねえけど、明日もここで会いてえ」
「うん、もちろん」

わたしの共犯者が隣で小さく笑う。わたしも笑う。まるで善良な恋人同士みたいなやりとりだった。
わたしは悪い人で、彼も悪い人だった。わたしたちは悪い人同士だったから、互いの罪をおかしいねって笑っていられる。
悪い人でいてよかった。彼が悪い人でいてくれてよかった。わたしたちは悪い人だったから、明日もわたしたちはこの暗がりで呼吸をしていられる。

- 4 -
「卍関全席」肩凝り回避用ページ