おしゃべりな沈黙

彼の沈黙は実に雄弁に物を語る。
足を組み替えるやわらかい布擦れ。頻繁に明るい色を入れては変えを繰り返しているはずなのに艶がうつくしい髪は絡むことなく揺れ、目元をぐるりと一周きっちり生え揃っている長いまつ毛は瞬きのたびに蛍光灯の光を反射させる。
乾きなんて知らない薄い唇は時折呼吸の狭間で小さく動き、その隙間から覗く丁寧に配置された小さな歯は白磁のように美しい。

でしゃばりおしゃべり見栄っぱり。目立ちたがりのええかっこしい。
喧しく思うほど騒ぎ立てるなどということはないにしろ、その口が誰かの前で閉じることは基本的にはあまりない。
あるとすればそれは彼の興味の範疇にないことであるか、あるいは彼が自らそう在ると決めた誰かの前であるかだろう。
けれどいま、この場所に彼が心底から慕う男はいないし、いまのところ退屈ということもなさそうである。口を閉ざしながら、けれど彼はひたすら語る。己の身の美を、己が内の声を、音にしないまま体現する。
それは幾多の言葉を重ねるよりもずっと重い説得力を持ち、どんな音よりもより一層鮮明に、より一層鮮烈に、脳髄の奥底までを確実に貫いていく。

彼の長い指はよく見ると関節がはっきりとして節榑立っており、女性的なそれではないはずなのに、しかしその滑らかさはどこかの職人がまさしく彼のために特別に誂えたような美を有していた。
その鋒がわたしの肌に触れるか、触れまいかの手前のところで一度停止し、そうしたのちにようやくわたしの輪郭をなぞっていく。
髪の生え際から額へ、額から眉尻へ、眉尻からまぶたへ、まぶたから睫毛なぞり小鼻へ、小鼻から頬へ、頬から唇へ、唇から顎へ。
確認でもするかのように数度、繰り返す。彼の突拍子もない不可解な行動は今に始まったことではないが、その美貌のもとに行われる行為となるとまるで儀式のようにさえ思えるのだから、何とも全く不思議なものだ。
自身の引き立て方をよくよく弁えている彼は、とうの昔にすっかり彼の魅力に打たれてしまっているわたしにまで、余すことなくその武器を振るう。
腰に回された腕は拘束する強さを持っていないのに、わたしの身体は抵抗することもなくひたすら彼の行為を受け入れる。随分長い時間と手間をかけて彼のものであることを知らしめられているわたしの肉体は、恐らくわたしの意志なんて差し置いても、どこまでも彼に従順だ。
指先一つであっという間に制されて、よしと示されるまでそうして好き勝手に、思うままに暴かれていく。
顔を撫ぜ、身体をなぞり、確かめていく指先を、わたしは確かにこそばゆいとしながら、身じろぎ一つでなんとかそれを追いやっていく。
そうすると褒めるように薄い唇が甘やかすようにまぶたのふもとでわざと軽い音をひとつ鳴らすから、わたしはこの次も同じようにされるがままに彼に身を引き渡してしまうのだろう。きっと、今のわたしと同じように。

彼はどこぞのラブロマンスのように愛を囁くことはなく、けれども雄弁に愛を語る。
わたしが誰よりも美しい自身のものであることを、誰よりもわたしに深く深く語り掛ける。
手ずから躾けた自らのものであるわたしを何度も一つずつ確認して、喜色に満ちた息を吐く。
そのたびわたしの心臓はひどく震えて、そうして溢れ出すのは甘い熱を孕んだ悦びだ。わたしの髪から、身体から、彼と同じ香りがするたびに、彼の開けた穴から揺れるピアスが首元をかすめるたびに、わたしは何度だって彼の静寂を思い出すのだ。

ああ、愛の音が静かに重く響く。

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