水も滴れイイヲンナ

「真一郎、明日の予定をキャンセルしなさい」

冷蔵庫に入っていた麦茶をグラスに注ぎながら、ホントはここにコーラがあればサイコーだけど、それは流石に失礼だろうなあなんて思っていたら、突然そんな言葉がオレに落ちてきた。発信源を辿れば、先程まで居間でエマたちと何やら楽しげに喋っていたはずのオレのカワイイカノジョが仁王立ちでそこにいた。
まだちびすけなオレの弟たちや妹は彼女にすっかり懐いていて、まるで最初からアイツらの姉になるために生まれてきたんじゃないかってくらい、今は定位置のようにウチの居間の真ん中に居着いている。今日だって学校帰りにのエマのお迎えとスーパーに行ってからウチにやってきて、台所で山盛りの生姜焼きを作っていた。今日は集会もなかったのでオレも横に立って彼女の作業をエマと一緒になって手伝いながら、フライパンと戦う彼女のうっすら汗ばんだうなじをチラチラ眺めていたら、真にいすけべな顔してるなんてエマに叱られてしまった。
まあ、とはいえオレはその後彼女にえっちって振り向きざまにスーパーウルトラアルティメットカワイく言われちまったので、そんなことくらいは一体全体全く微塵も気にもならないんだが。
エマだけじゃなく、万次郎やイザナだってあっという間に彼女を好きになった。流石はオレの弟、女のシュミがいい。飯に釣られた可能性は否定できないが、ネエちゃんだのネエさんだのってついて回る姿はもはや家族と言っても過言じゃない。もちろん、その時の彼女の隣はゼッテーオレのモノだけど。

「なんだよ突然」
「そのまんまの意味。君、どーせまたどっか行っちゃうんでしょ?」
「まーな」
「一日くらい予定つけてくれてもイイじゃない」
「いやもう明日はアイツらと約束して……もしかして、デートのお誘いってやつか?」
「違うけどそれでいいよ」
「どっちだよ」

そんな良妻賢母と言って相応しい彼女からわざわざこんなお願いをされるなんて珍しいが、明日は随分前から決めていた武臣たちと走りに行く予定があるのだ。こうして誘ってくれた彼女には悪いが、緊急の用事でないのであれば別日に変えてもらう他ない。そう伝えれば、ちょっとわざとらしく考えるような仕草をして、考え込むみたいな格好を取った。そんな顔してもカワイイだけだぞ。

「予定あるなら、まあ、デートコースを聞いて気にいったならでいいよ」
「スゲー強気じゃん。何だよ、海とかか?」
「すけべ」
「そりゃあ見てーもん、水着」
「それはまた別の機会ね」
「えっ」
「それもイイけど、明日のはもっとステキで、とってもミリョク的だぞ〜」

マジか、あるのか。水着回。
思わずグラスを取り落としかけたけど寸で堪えて、耳を傾ける。
彼女の水着よりミリョク的なものってなんだ。もっとセクスィ〜なこととかだろうか。どこかイイ感じの場所を見つけたからデートしたいとか、そんなカワイイオネダリだったらどうしよう。それならそれでイイかもしれないなんて思ってしまうオレは、仲間達からすれば薄情物だろうか。
けど、大好きなカワイイカノジョがミリョク的な提案をしてくれたらグラッときてしまうのが男ってものじゃあないか? すけべでもエロでもなんでもいい。そんなのはもうとっくにわかってることだ。
だってオレは今目の前でニヤニヤとオレの表情を窺ってるこの女の子が、とっくの昔に大好きになっちゃったんだから。

「わたしと佐野家・明石家・バジくんのちびちゃん連合とおじいちゃんとで、縁側でおそうめんと揚げたてのかき揚げとスイカ食べて、井戸で水汲んでビシャビシャになるまで水鉄砲戦争して、夜は花火して居間で雑魚寝をするっていうデートコースなんだけれど、どうかしら。ダメだって言うなら真一郎抜きでやるけど」
「死んでも参加させて頂きマス!!」
「幽霊と遊ぶ趣味はないから生きて健康な肉体持参で参加しなさい」
「ウッス、姐さん!!」

不良になってから誰かの下になんてついたこともねーのにやけにあっさり、気持ちがいいくらいの返事が出た。

「ところで姐さん、武臣たちはどうしたらイイスか?」
「全員まとめて巻き込みなさい」
「ウッス!!」
「あ、パンツは持ってきなさいって言っておいてね」
「それはもしかしてびしょびしょのスケスケとか、すけべの可能性はあるってコトでイイすか」
「このすけべちゃんめ」
「ハハ」  
「精々、首を五メートルくらいにして待ってなさい」
「えっ」
「ンフフ。明日、楽しみだね」

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