ふたりぽっち惑星

世間は多分ジブンたちを、おかしいって言うんだと思う。
人を好きになれ、人を愛せって言うくせに、好きになったらなったでそれは本物じゃないなんて言うんだ。
女が女を好きになっちゃいけないなんて分厚い法律の本にだって一個も書いてなかったのに、こいつは頭のおかしい悪者なんだって指をさす。
誰だって、自分に優しくしてくれる人を好きになるのなんて当たり前じゃないか。あったかい手で髪を撫でて、嬉しそうに笑ってくれる人を好きになってしまうのなんて、当たり前じゃないか。
ある日弾けるように彼女に恋をして、予定調和みたいに好きになった。きっと多分、相手もジブンのことを大好きになってくれたと思う。

女である彼女と女であるジブン。いざ始まったちっちゃな恋は、すごくキラキラしてた。
お揃いの制服を着て、お揃いのネイルをした。二人とも手が白くて小さいから、エメラルドグリーンの爪がマーブルチョコみたいにかわいくてよく似合ってた。鞄にはお揃いのキーホルダーを付けて毎朝並んで登校したし、放課後同じふわふわのワッフルを食べて美味しいねって笑った。ジブンがジムでワカ達とスパークリングしに行ったりする以外はほとんど一緒にいたし、何ならジムの端っこの彼女専用に置かれたパイプ椅子に座ってニコニコしながら応援してくれたりするのだ。
梵を立ち上げた時には一番に報告したら、出会ってから一度も見たこともないくらい怖い顔をして、たくさん問い詰められた。
心配してくれるのが嬉しくてついついにやけそうになっていたら、すぐバレてちょっとだけ叱られた。

大好きだった。大好きだ。だから好きだってたくさん言った。たくさん返ってくる大好きをみんなみんな大切にした。その中に籠った熱もお互い知っていて、だけど彼女は賢いからずっと黙ってた。だからジブンが言ったんだ。
彼女はまたあの怖い顔になった。
ちょっとびっくりしたけど、これが怒ってるんじゃないってわかってたから大丈夫だった。彼女がジブンのことを大好きだってわかっているから大丈夫だった。この顔はジブンを大事にしてくれる顔だってわかっているから、ぜんぜん大丈夫だった。

「聞いて、千壽」
「なに?」
「わたしはね、千壽が好きだよ」
「うん、ジブンも好き。大好き」
「でもね、だからね。とっても好きだから、悲しい思いをして欲しくないよ」

怖い顔のまんま、大好きだって言いながら、彼女は折り目正しいスカートの上でキュッと拳を握った。泣きそうな目をしていた。ちょっとだけ伸びたエメラルドグリーンの爪が手のひらに跡をつけていた。
教室にはジブンと彼女しかいない。みんな部活だったり、もう帰ったりしてしまっている。
同性同士で恋をする。これがクラスメイトたちに知れたら、きっとそれまでの昨日は取り戻せない。
世界的には同性のカップルなんて案外少なくないって言うけど、教室って場所は多数決でできているのだ。恋人って記号は男と女の関係性にだけ許されていて、それ以外は該当することができないと誰かと誰かが定めてしまった。少数派を悪人に仕立て上げてしまうローカルルールは、これまで何度も目にしている。                                                

「わたしと千壽が手を繋いで歩いて、とても近い距離で愛を囁き合ったって、世界の人はデートだって認識してくれないと思う」
「うん」
「誰かに傷つくことも言われるかもしれない」
「うん」
「それが悪意じゃないことだってあると思う。どんなに悲しくても、怒れない時もあるかもしれない」
「うん」

この地球っていうジブンと彼女が住む広い惑星には、ジブン達以外のたくさんの人間がいて、世界のほとんどはジブン達以外のもので構築されている。どんなに望んでも二人っきりの世界になんてなれないし、一生他人の目はつきまとうんだと思う。
女同士で恋をする。ずっと死ぬまで一緒にいて、お互いを大事にする。ただそれだけのことがしたいだけなのに、自分が生まれた時に決めつけられた記号が邪魔をする。この地球はそういうふうにできている。
二人でたくさんのお菓子を詰んだ宇宙船に乗ってどこかの惑星にでも行けたら、大声でこの子がジブンの一番なんだって何にも気にせず言えるようになるんだろうか。何にもない惑星でなら、デートの途中でキスをしても嫌な目で見られたりしないだろうか。無重力のまんまにお菓子を摘んで、何にも気にせずお揃いのエメラルドグリーンの爪の手を繋いでいられるんだろうか。
ここがどこかの惑星で、二人ぽっちの惑星なら、彼女にこんなに怖い顔を、悲しい顔をさせないでいいんだろうか。

「あと、それで、わたしがそばにいることで、千壽が千壽を大切にしてる人とうまくいかなくなってしまうなら、わたしはやっぱり千壽と付き合えない」
「そんなこと言うヤツなんかいない。ワカもベンケイも応援してくれた。……武臣が、ちょっと言うかもしれない、けど、何とかする」
「あの人は難しそうだなあ」

武臣の顔を思い出したのか、ちょっとだけ彼女が笑った。彼女が笑って良かったと思った。
彼女の小さなエメラルドグリーンを触った。手のひらに刺さりそうになっているのを解く。やっぱりちょっとだけ跡がついていたので、それを撫でた。撫でるジブンの手にもおんなじものがある。それがすごく嬉しかった。

「千壽、好きだよ。一番大好き」
「ジブンも大好き。ずっと一緒にいたいんだ」
「うん、一緒にいよう」
「うん」
「色々言ってごめん」
「いい。いっぱい考えてるのは知ってたから」
「……小煩いって思った?」
「好きになって良かったなって思った」
「ふふふ。そっか」

結局、答えは出なかった。だってジブン達は地球で生まれて、ここでいま生きてる。他の惑星事情なんて知らないから、行ったら行ったで寒すぎて凍えてしまうかも知れないし、無重力空間で上手にお菓子が食べれる自信はあんまりない。重力下でさえかぶりついてクリームで口元をべしょべしょにしてしまうから、食べるのへたっぴだねって彼女に笑われてしまうのに。
ジブン達の一番の好きはきっとずっとお互い同士だ。
だけど、ジブンたちには二番目に好きなものも、三番目も四番目もある。どんなに生き辛いとしても、うまくいかなくっても、それがこの地球にある限りたぶんジブン達はこの惑星の外に出られないんだろう。
それでも一緒にいようって決めたんだ。同じこのふたりぽっちじゃないこの広い惑星を、ふたりで生きていく。

誰もいない教室の隅っこで、キスをした。初めての大好きな人とのキスは、先週お揃いで買ったハチミツのリップクリームの味がした。

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