NOTEBOOK

メアリとロザリア

2020.07.09

西校舎の肖像画のロザリアちゃん。
先輩から名前は聞いたとこがあったが、実際に出会った事はなかった。図書館に寄った帰り道、何となくその事を思い出したので、多少遠回りになるが気の向くままに足を運ぶ。
たかが肖像画、されど肖像画。
一つ、綺麗な額縁の中に彩られた女の子。それはそれは可憐な乙女。魅入られた様に見つめていると、画の中の彼女が瞬きと共に視線を向ける。
「あら?もしかして、貴方が『めーちゃん』?」
「はぁ…」
何故その呼び方を、と聞くまでにもなく答えが分かったので、肯定なのか否定なのかとも取れない返し方になる。
「あたりね!本当、話に聞いてた通りの可愛い仔うさぎさんね」
間違いなく犯人はケイト先輩だろう。そもそも、肖像画のロザリアちゃんの存在を教えてくれたのも先輩だ。そうではないと話が合致しない。
「ねぇ、めーちゃん?あっ、その呼び方は特別かしら。貴方の名前を教えてくれない?」
「メアリ、です」
「メアリね!私はロザリア、知ってるかしら?」
頷きで返すと、それはまた嬉しそうな笑顔と仕草をロザリアちゃんは披露した。コロコロと変化を見せる表情が眩しいと共に、どう返せばいいのかと少し悩む。ノリが、というかこの押しはケイト先輩に似ている。かと言って、ケイト先輩の様な対応をするのとは違う気はする。難しい、年頃の可憐な女の子の事はわからない。
「貴方の事、よく知ってるのよ。不思議でしょ?」
「…けー…、ケイト先輩ですか?」
「ご名答。よくお茶会をしてくれるのだけど、最近の話題は『めーちゃん』の話ばかりだったの。だから貴方の事が気になっていたし、会えて嬉しいわ」
「はぁ…。ええと…、初めましてロザリアちゃん」
「よろしくね可愛い仔うさぎのメアリ。沢山お話しましょ。貴方の事、もっと教えて頂戴?」

ケイメア

2020.06.06

「めーちゃん♪」
寮室へ帰る途中、聞き馴染みのある声に名前を呼ばれる。そもそも、その名で呼ぶのは一人しかいない訳だが。
声に釣られて振り返ると、右手をひらひらと揺らす如何にも上機嫌ですという様子が伺える先輩。
「なんだ、けーくん先輩ですか。どうも」
挨拶はマナーとして大事なので礼儀正しく頭を下げる。声を掛けられたという事は何か用があるのか、それとも只の暇潰しなのか。正直何方でも変わりはしないけど。
「めーちゃん放課後時間ある?お茶しない?」
この手の誘いは何度か受けた事がある。甘い物には目が無い為に誘惑に負けた事は多々あるし、確かにオススメと言うだけ合ってそれはもう絶品の苺タルトの味は忘れられない訳だけど、今は違う。
「…甘い物食べたいんですけど」
「いいよいいよ!オレのオススメの店教えちゃう〜」
「はぁ」
先日、この人は甘い物が苦手だと知った。
だからこそ、わざわざ甘い物がある所に誘い掛けてくる意味が理解出来ない。無理して行かなくてもいいってのに。

ケイメア

2020.06.06

彼女が動く度、黒いリボンが兎の様にひょこひょこと揺れる後ろ姿が視界に入る。
「めーちゃん♪」
それはそれは上機嫌な声色で名前を呼ばれた彼女はゆっくりと此方を振り返る。
「なんだ、けーくん先輩ですか。どうも」
礼儀正しくぺこり、とメアリは頭を下げる。いつもと変わらない表情と淡々とした反応。出会った時から何一つとして変化の無いこの距離間。どういった訳か、これが案外心地良かったりもする。隠し事が苦手な、嘘偽りのない真っ直ぐとした瞳は正直だ。
「めーちゃん放課後時間ある?お茶しない?」
「…甘い物食べたいんですけど」
「いいよいいよ!オレのオススメの店教えちゃう〜」
「はぁ」
理解に及ばない、そう言いたげな眼差しの意味は言わずとも伝わる。それを承知の上で誘い掛けたいと思えるぐらいに。

みかりく

2019.12.12

宝石の様にキラキラと輝くクリスタルチャームが彩られたケースをコロコロと人差し指で転がす。嵐からオススメを受けたので買ってみたのはいいが、可愛さ故の勿体無さも多少あり、なかなか使えずにいた。見ているだけでも飽きないのではあるのだが。
「りくちゃんのそれ、かわいいなぁ」
余った布の切れ端を掻き集め、隣でチクチクと針を進めていたみかの視線がりくの手元へと向けられる。
「中はピンク色だよ」
「ええやん〜!りくちゃん似合うと思うわぁ」
みかの一言に蓋を開け、リップバームに人差し指をつけると、ほんのりピンクに色づく指先。そのまま伸ばした手は吸い寄せられるかのようにみかの下唇にぴたりと触れた。
「へ?」
淡いピンクに染まる唇に思わず笑みが浮かぶ。
「かわいいね、みか」

まおゆの

2019.11.28

終わらぬ仕事と書類の山、生徒会役員では無い幼馴染まで付き合わせるのは悪いとは思うが、正直居てくれるだけで癒やされる事にこの上ないので大変有難い。
「真緒、これ此処でいい?」
ファイリングされた書類を片すゆのに返事をする。抱えていた物が片付け終わったゆのは、机の上に積み上げられた書類を手伝いに真緒の側へ来る。
「まだまだいっぱいあるね、お疲れ様」
「ありがとな…、マジで助かる」
謝辞を述べながら背筋を伸ばす。学生の特権とは言え、こう机に向き合ったままだと身体もおかしくなりそうだ。
「…ご褒美貰えるならもっと頑張れそうなんだけどなー…、なんて」
疲労から思わず出た本音に冗談、冗談!と笑い飛ばそうとしたところ、ゆのは真剣な眼差しを真緒に向ける。
「じゃあ一個だけ、お願い叶えてあげる、なんてどうかな…?できる範囲で、だけど…」
今、何と。
「え、」
予想外の返答。その答えは想像もしていなかった。というか、いくら相手が幼馴染だからと言え、こちとら健全な思春期青少年。一体全体どんな返答をすればいいんだ!?

2019.11.27

色めくサイリウムの海の中、プロデューサーである自分がステージに立つなんて思いもしなかった。
人生、何が起こるかなんてわからない。レオの直接指導の元、短期間で散々猛特訓を叩き込まれた挙句、最終仕上げに晃牙による屋上バンジー付き。色んな意味で生きた心地を忘れたこの経験。
「マツリマツリ!どうだった?」
臨時ユニットに誘い参加させた張本人は、少し高い律の肩に腕を回し、キラキラと瞳を輝かせながら律の顔を覗きこむ。
「…夢みたいです」
この景色を、日々同じユニットで練習を積み重ねているあの二人は見ているんだと思うと、少し羨ましくなってしまう。今までは舞台袖から応援し、見守るだけだったというのに。
いっそ夢なら良い、夢で終わらせられたらいいのに。まだ整わぬ息と昂ぶる気持ちがその思いを否定する確かな答えだった。

せなゆず

2019.11.17

ずみくんと一緒に帰りたいから待ってるね、とレッスンへ向かう前に告げたゆずゆ。いつも使用しているレッスン室には居なかった為、探し歩いた結果見つけたのは図書室。珍しく連絡が入ってなかったが、机に突っ伏してすやすやと寝息をたてている姿を見ればそれも納得。
「全く…、レッスン室で寝てなかっただけいいけど」
一つ、溜息を零してから音をたてないように椅子を引き、その隣に座る。
「ゆず、起きなよ」
声を掛けたが、幸せそうな寝顔に変化はなし。人差し指で頬を突くと程よく柔らかい。なんともまぁ、気の抜けた無防備な寝顔だこと。見つけたのが自分だから良かったものの。
「しょうがないお姫さまだねぇ…」
誘ったのに寝ているゆずが悪いんだからね、そう心の中で呟く。
頬に流れてかかる髪を指で掻き分ける。そのままゆっくりと距離を縮め、頬へ口付けを落とした。

ジュンヒメ

2019.11.16

この幼馴染は、昔から何かと俺の手を引き、外へ連れ出そうとしてくる。数年ぶりに再会した今でさえ、言葉も、態度も、距離感も昔と何一つ変わっていない。
「ヒメ」
握りしめられた手に軽く力を込め、自分の方へ引き寄せる。たったそれだけで縮まる距離。大きな瞳がぱちくりと此方を見つめる。
「俺の事、今でも弟みたいに思ってません?」
だからと言って、それが嫌というわけでもなく。ヒメがそう望むのなら、俺はそれに付き合うだけ。それでも、一つ譲れない事はある。
「俺はヒメの事、好きですから」
この気持ちに嘘はつきたくない。

かおしお

2019.11.14

そろそろ季節限定のチョコレートが並ぶ時期。コンビニに立ち寄った最中、案の定お菓子売り場で見つける。
「紫音、これこれ」
声に釣られて視線を巡らす紫音の瞳が、瞬く間にキラキラと輝く。
「メルティーキッスだぁ!」
店頭に並ぶ三種類の箱を見比べながら悩みに悩み、どれにするか厳選を終えた紫音を横目に、新しい種類を見つける。
「こっちは新商品かな」
「本当だ。えっと…、これお酒入ってるやつやね。美味しそうやけど…」
「じゃあ今の俺達には無理だね」
紫音が手に取っている品と違う物を薫は二つ手に取る。
「二十歳になったら一緒に食べよっか」

せなゆず

2019.11.14

正直、見ていられなかった。まがいなりにも昔から仕事上付き合いがある身内の様な者だ。本来の彼女を知っているからこそ、日に日に傷を負い摩耗していく姿は痛々しく、このまま歩みを進めればいずれ壊れてしまう未来は明確に見えている。そうなる前に踏み止まるか、道を変えるか。お節介かも知れないが、手を差し伸べる事が出来ない以上、助言する事ぐらいしか手法がない。
「いい加減誰かとユニット組みなよ、一時的でいいんだからさ」
「それをしたら、ゆずゆでいられなくなっちゃうから」
地面に手を付き、へたり込むゆずゆが振り返る。無理に張り付けられた笑顔に苛立ちが積もる。自分を痛めつけて殺してまでする必要があるのか、と。
「ゆず…、あんた壊れるよ?」
「それでもいいの、やりたい事全部したいんだもん」
「…ばっかじゃない」
「うん、ほんと馬鹿みたい。ね!ずみくん、最後までゆずゆを見届けてくれる?」
「そんなお願い、きくわけないでしょ」
「そうだよね、ありがとう」
嗚呼、嫌だ、嫌だ。何を助言しても、彼女は意見を変える事がない。死に行く様を見つめるしか出来ない。
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