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船がひっくり返ってしまうんじゃないかと肝を冷やしながら祈ること数分。この船の"ソルジャードッグシステム"のおかげで大嵐から何とか切り抜けることが出来た。
一安心着きたいところだったけど、そうもいかない。何故かと言うと、一寸先も見えないほどの濃い霧に辺り一面包まれてしまったからである。
「向こうがまったく見えませんね…」
「ああ…霧が濃すぎて不気味なほど暗いな」
上空で霧が渦巻く異様な光景に不気味さを感じる。船べりに寄っ掛かりながらゾロさんも目の先を眺めて眉を寄せていた。
(もしかして魔術を使った罠…?)
異常な霧の濃さに罠かと思い腕につけている通信機器をちらりと見る。しかし、霧の中から魔力の反応は見られなかった。これが自然現象だったとしたら不思議なものである。
嵐を越えたはいいものの、たどり着いた場所がこんな重苦しい雰囲気の海では不安が募った。
「ここは一体…?」
「もしかしたらなんだけど、"例の海域"に踏み込んじゃったのかもしれない…」
「おっもう魚人島に着くのか!?」
ここは何なのかと私が口にすると、二階のデッキに居たナミさんが上から顔を出して答えた。すると、ゾロさんの隣で同じく海の様子を見ていたウソップさんが振り向きパァッと期待の色を見せた。
「例の海域?」
例の海域とは、何のことやら。ウソップさんの言っていた魚人島は聞いたことある気がする。そういえば、ルフィさんたちの行き先をちゃんと聞いていなかったな…。そんなことを思いながら首を傾げているとナミさんが答えてくれた。
「なまえ、ルフィから聞いたと思うけど、私たち海の底にあるって言われている魚人島を目指してたのよ」
「海の底…!そうだったんですね」
だからこの海域に入る前に島に降ろせたらよかったんだけど…とため息をつくナミさん。海の底と聞いてそんなことがあり得るのかと疑問に思ったけれどこの世界ならありそうだ。そういえばルフィさんに教えてもらったとき、漁業が盛んな島だと勝手に想像していた。そういうことだったのか、と私は納得する。
しかし、予想外の出来事が起こった今、一味の皆さんに任せっきりで申し訳ないけれど私はいったいどうなるのだろうと、そんな不安がふと頭をよぎった。
「引き返すことはできないんですか?」
「1回引き返せるなら願ったり叶ったりよ…ああ…まだ心の準備が出来てないのに…!」
「えぇ…!」
戻れるのか聞いてみるも、深刻な顔つきで頭を抱えて答えるナミさん。残念ながら難しい状況らしい。そう言われると私もどうすればいいか分からず途方に暮れそうになる。
「誰が引き返すか!オバケが出るとこ見てェだろ!」
あと、なまえは降ろさねェ!とムッとした顔つきで鼻の穴を膨らますルフィさん。まだ諦めていないのか!とそちらにもツッコミたかったけれど、ルフィさんの滅茶苦茶な発言に驚愕した。
「オバケ!? なお引き返してほしいです!」
「なんだ、オバケが苦手なのか嬢ちゃん。しかし残念だが…この海域は"魔の三角地帯(フロリアントライアングル)" 何もかも海に消える怪奇の海だ。引き返すのは無理だろうな」
「そ、そんなぁ…」
特異点であるこの世界にどんな影響が出ているか未だ明らかになってない上、オバケ、というかゴースト型のエネミーに遭遇するのは戦闘もまともに出来ないぽんこつの今は正直避けたい。
引き返すことができるなら引き返して欲しかったけれどフランキーさんから聞いた話に希望が断たれてしまい私は悲観の声をあげた。
すると先程、海の様子を眺めていたウソップさんがガタガタと震えていることに気づいた。
「んなことより…オ…オバ…オババ…オバッ」
「オバケ出るんだここの海」
「おれァ聞いてねェぞそんな話!」
恐怖と怒りが入り混じった顔で1人取り乱しているウソップさんに同じような境遇である私は強く相槌を打つ。うんうん、そうです聞いてないです!と共感しながら話を聞いているとゆらりとサンジさんが動いた。
「いいか、ウソップ。この海では毎年100隻以上の船が謎の消失を遂げる…」
ウソップさんと私以外の皆さんは知っていたようで、さらにサンジさん曰く死者を乗せた幽霊船がさ迷ってる噂らしい。
「ギャアアいやだァ!!先に言えよそんな事!!」
恐怖心を煽るように怖い話をするものだから、ウソップさんは絶望した声で取り乱している。ちらりとサンジさんの顔を覗くと心底愉快そうな表情をしていた。わぁ…すごい楽しそう…。
「なまえさっきオバケ怖がってたくせになんで平気そうなんだよ!」
「えっ、あっ私オバケと会ったことありますもん」
そう、レイシフトの旅先にいたエネミーたちのことだ。ウソップさんにいきなり話を振られて、私は一瞬まごついて答えた。オバケはたしかに苦手だけれど、ほんの少しだけである。
「オバケに会った事がある!?ヒィイイ!悪霊退散!グッズで身を固めねば!」
「ウソップおれにも貸してくれーッ!」
「呪われてませんよ失礼な!」
私の話を聞いたウソップさんは頭を抱えて縮み上がった。同じくチョッパーさんもガタガタと震えながらウソップさんに頼むように叫んでいる。
「でも魔術師さんなら除霊できそうじゃない?」
「あっ、たしかに言われてみればなまえは魔術師じゃねェか」
すると何を閃いたのかロビンさんがそんな考えを口にして、ウソップさんもハッと気づいたような顔をする。それを聞いた私はギクリとした。
「私詠唱とか出来ませんよ?」
「魔術師なのに除霊できねェのか?」
「物理的になら…」
「物理的に」
「はいそうです」
私はギュッと握った拳をつくって見せる。
「おめぇ…一体ナニモンだ…?」と、ウソップさんは怪訝な表情を浮かべていた。おかしいと思うかもしれないけれど、力こそパワーである。
冗談はおいといて魔術とかそういう類のものではなく、除霊(物理)という感じでサーヴァントのみんなと一緒に戦ってきたからなぁ…とカルデアでの記憶を思い返しながら考えていた時だ。
…ーーホホ〜…
ギギギーー…と、木製の素材が軋む音と共に薄気味悪い声がふと耳に入った。それはまるで歌のようでよりもの恐ろしげに感じて私の体が石像のようにカチリと固まる。
「何だ…音楽…?」
船の上の全員が困惑している中、ウソップさんが疑問の声を上げた。それを聞いた私は現実に戻される。誰かの唾を飲み込んだ音が鮮明に聞こえた。ドキドキと心拍が収まらない胸を押さえながらおそるおそる振り返る。
「出たァァァァアッッ!!!」
「ゴースト船ーーーッッ!!?」
「幽霊船…!?」
目に入ったのは見上げなければ見えないほど巨大な船だった。それもただの船ではない。噂通りに登場した幽霊船に私は愕然とする。
ロビンさんを除いた一味の皆さんは、阿鼻叫喚といった様子で取り乱していた。
ヨホホホ〜…
「何なの…!?この歌…」
「悪霊の舟歌だ!!聞くな耳を塞げ呪われるぞ!!」
「えーーーーッッ!?」
「ほら!なまえ出番だ!物理で除霊してこい!」
「無理です!!」
目の前の巨大な影に開いた口が塞がらない様子のナミさん。段々とこちらに近づいてきた幽霊船から先ほどの歌声がはっきりと聞こえてきて、ウソップさんとチョッパーさんはその歌声を聴かないように耳を一生懸命抑えていた。
そんなパニック状態のなかで、ウソップさんに振られた無茶振りに間髪入れず断る私。
そんな私たちをよそに幽霊船は静かに横を通り並走する。
「いるぞ…なにか」
すると緊張した面持ちでサンジさんが警戒するように呟いた。聞いた通り幽霊船の船べりに注目してみると、ぼんやりとした霧が消えたところから薄っすらと人影が現れた。
「…ビンクスの酒を…届けにゆくよ…」
その姿を目に捉えた瞬間、息を呑んだ。まさか、目も皮膚もない骨だけの骸骨が優雅にカップを啜っているなんて。
14. 幽霊船
(骸骨…?もしかしてエネミー…!?)
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