9

ガチャ、と出来るだけ静かに鍵を回して自宅のドアを開けた。
スマホで時間を確認してみれば、もう深夜4時を少し過ぎたところ。深夜……っていうか明け方って言った方が正しいのかな、この時間になると。
仕事を終えて帰宅すると大体これくらいの時間になるのには慣れたけど、こうやって物音を立てない様に気を使いながら帰宅するのは初めてかもしれない。
玄関に少しだけ、香水の残り香。きっと俺にしか分からないだろう微かなそれが、酷く甘い気がして頬が緩んだ。

「ただいま……」

ぽつりと呟いてみる。上鳴さんが居たとしても、きっと寝てるだろうから返事なんて無いって分かってるんだけど、それでも。
誰かにただいまって言えるの、嬉しいな、なんて。
靴を脱いで、ワンルームだから数歩で辿り着くベッドを見れば、爆睡してる上鳴さんを発見。

「ちょっと、そこ俺のベッドなんだけど……」

買って来た布団、パッと見て分かる様に部屋の隅に畳んで置いておいたのに、何で此処で寝てるんだろうかこの人は……。昨日の夜は床で寝るって言い張ってたのに、一体どういう心境の変化なんだろう……。
ベッドの傍にしゃがみ込んで、口を開けて寝てるほっぺたを突いてみる。むにゃむにゃしてるけど、どうやら起きる様子はないらしい。

「ふふ、変なかお」

気持ち良さそうに寝てる上鳴さんが可愛くて、ついにやけてしまう。少しの間そうやって眺めてたけど、ふあ、と欠伸が出たから俺も寝ようと立ち上がった。
シャワー浴びて、そんで俺もベッドで一緒に寝てやろう。きっと朝目が覚めたらびっくりして飛び起きるだろうな、なんて想像してにまにましてる自分が、ちょっと気持ち悪いけど、今までになく楽しかった。






∞----------------------∞






「ふおぁっ!!?」

至近距離で聞こえてきた声に驚いて、浅い眠りの底から浮上した。
何事かと思ってゆるく目を開けたら、上半身を起こしてぎょっとしてる上鳴さんが寝てる俺を見下ろしてて、いったいどうしたんだろうと思う。

「え、えっ!?零音くん何で一緒に寝て……えっ!?」
「………ぁー」

そう言えば昨日、俺イタズラしてやろうとか思って一緒に寝たわ。
なんて、おろおろする上鳴さんとは対照的に小さく唸るだけの俺。寝起きで昨夜の事なんてよく思い出せたなと思いながら、出来心でイタズラを継続してみる事にした。

「かみなりさんが、離してくれなかったんじゃん」
「はっ!?」

ちょっと恥ずかしそうな演技をしてみたら、分かりやすく動揺してて面白い。
大丈夫かなこの人、悪い人にお金騙し取られたりとかしてないかな。

「ふふ、あはは……冗談だよ?」
「えぇ!?まって何が!?どれが!?」

俺零音くんに何もしてない!?って詰め寄ってくるから更に可笑しくなって、笑いを堪えるのに精一杯になってしまった。
ちょっと待ってよ俺に何かしようとか思うわけこの人?思わないでしょ。ばかだなぁ。

「なんにもないよ、ちょっと落ち着いてよ」
「むしろ零音くんは落ち着きすぎだからね!?」

突発的に思い付いたイタズラが思いの外効果的で、朝からめちゃくちゃ癒されてしまった。

「ったくもー、びっくりするからそういうイタズラは今後無しで頼むよマジで」
「そう?予想以上にびっくりしてくれて俺としては大満足なんだけど」

そりゃそっちはね!ってぎゃいぎゃい言う上鳴さんがめちゃくちゃ可愛い、なんて、怒られてるのに思う俺は駄目な奴だ。たぶんきっと末期。
朝起きてから、……や、もうお昼だって上鳴さんに怒られたんだっけ、それから少しの間お説教タイムが設けられた。上鳴さんが俺のベッドで寝てるのが悪いんじゃん、って言ったら、疲れ切ってて何も考えてなかったんだとか。

「女の子だったらもっと色んな誤解生むからね?やめよマジ」
「……俺女の子じゃないもん」
「そうだけどそれでもダメ」

女の子だったら、か。普通の人の普通の感覚なのに、つきりと胸が痛んだ。
朝食兼昼食を二人で食べながら、むすっとする俺に上鳴さんは笑ってる。そのしょうがないな、みたいな顔にトキめいてしまって、自分の事なのに感情がコロコロ変わるのが不思議で可笑しかった。

「…ね、今日は上鳴さんゆっくりなの?それとも休み?」
「あーうん?今日はオフ。だから目覚ましセットしないで寝てたんだけど……零音くんは?」
「ん、俺は出勤……。上鳴さん居るのに仕事とか、行きたくないな」

素直に言えば、どことなく嬉しそうに笑って、仕事はちゃんと行かなきゃダメって釘を刺されてしまった。
何でちょっと嬉しそうなんだろう。俺からすればそういう顔されると勝手に期待しちゃうんだけど……、ただ懐かれて悪い気はしないってだけなんだろうな、と思う。
でも俺は、こうやって好きな人と過ごせる事が嬉しくて、ちゃんと行くよ、って緩く笑った。






前へ次へ