23
身体が重くて、頭はぐるぐるするし熱くてだるい。
こんなにしっかり体調崩したのは久しぶりだなーなんて、どこか他人事みたいに考えながら部屋の天井を眺めていた。
朝起きた時から重だるいなって感覚はあったけど、昼過ぎにぶっ倒れてしまって沙里さんにはかなり心配を掛けてしまった。ただでさえ色々あって迷惑も掛けてるのに、俺ってやつは本当にだめだ。
身体が弱ってると心も弱るらしい。いや、今回は逆なのかもしれない。日が落ちて部屋が真っ暗なのもいけないのかも。
「だめだなぁおれ……」
もぞりと毛布をかぶり直して寝返りを打つ。放っといたら溜息ばっかり吐きそうだし、実際何度吐いたか分からない。
沙里さんが残してくれたお粥の残りがまだあった筈だし、それを夕飯にして薬を飲もう。しっかりしないと、とのろのろと起き上がってキッチンへ向かった。
「あ、」
お皿によそって置いてあったお粥をレンジで温めながら飲み物を入れようとした所で、冷蔵庫に何にも無い事に気が付いた。
流石に、弱った状態で水分不足はシャレにならない気がする……。悪化しようもんなら沙里さんが怒り狂いそうだし。と、想像してぞっとした。こわい。
ちょっとだけ考えてから、近くのコンビニまで買いに行く事を決めた。あんまり記憶に無いけど、途中に自販機があったらそこでも良いだろうし、これくらいの外出なら支障はない筈……。
夜だし、部屋着のままでも大丈夫でしょ。寒かったらこれ着てって渡されてたパーカーを羽織って、財布を片手に歩き出す。家の鍵は念の為にと沙里さんが一本置いてってくれたから、鍵開けっぱとかにならなくて良かった。
「沙里さんサマサマだなー」
てきとーに靴を履いて、玄関を開ける。水と、あとスポドリ系も買おう。
そう当たりをつけて一歩踏み出そうとした時、見覚えのある男が目の前に立っていて、びくりとした。
「……やっと会えたね、嬉しいよ」
「あ、んた……何でここに……」
薄ら寒い笑みを浮かべてそこに居る男は、もう随分前に関係を断った筈で。
「やだなぁ、俺が君の居る場所を知らないわけないじゃないか。まぁこの間は変な男に邪魔されたけど、今日はお姉ちゃん、居ないんでしょ?」
「おねえちゃん……」
こいつの中では、沙里さんはお姉ちゃんという事になってるのか。
何がなんだか分からない。分からないけど、今の状況がヤバイって事だけは分かる。
訳の分からない事を言い続ける元セフレの男は、気持ち悪い笑顔を張り付けたまま扉を掴んだ。
「ちょっ……!」
「ねぇ、もう俺から逃げるの禁止だよ零音ちゃん。俺の事無視したり連絡くれなかったり、ツンデレなわんこも可愛いけどさぁもうそろそろ限界なんだよね」
って言うか、逃げられると思ったの?なんて笑う男に、背筋が冷える。
咄嗟に扉を閉めようと力一杯引っ張るのに、びくともしない。何だよ、何なんだよ、何でそんな力強いんだよって思ったけど俺が弱ってるだけかもしれない。くそ。
「あれ、もしかして体調悪い?力弱いし顔も赤いね?あーそんな、かわいそうに」
「違う、やめろ離せ……!」
ぐいぐい扉を閉めようと頑張ってるのに全然動かなくて、焦りだけが募ってくる。
「顔赤くして必死なの可愛いねぇそそるわ……ねぇほら俺の家においでよ零音ちゃん、優しくしてあげるからさ」
この男の、顔だけは好きだった。その顔で、気持ち悪い事言わないで欲しい。もう会う事なんて無いと思ってたのに。
引っ張っても閉まらない扉に焦れて、何でこんな事になってんだって、怖くて、じわりと視界が滲んでくる。
「……強情なのもイイけど、諦めなよ」
「な、うっ……!」
強引に開かれた扉に引っ張られて外に出た瞬間、思い切り頬を叩かれた。
痛みと恐怖で混乱したまま腕を引かれる。いやだ、行きたくないと思うのに、体は上手く動いてはくれないし、ただ足が縺れるだけで。
「イイ子にしてな」
気持ち悪い猫撫で声とは対照的に、掴んでる腕はひどく痛かった。
あぁ、くそ。こんな時に、こんな時だからこそ、心の底から上鳴さんに会いたいと思った。
自分から逃げ出したくせにって、強がりなもう一人の自分が頭の片隅で言う。
けど、けどさ、いつかのヒーローみたいに、上鳴さんが現れてくれたら良いのにって願った。
─ねぇ上鳴さん、俺、今すぐ会いたいよ。
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