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「ちょっとあんた、何やってんの」

重い頭を上げて声のする方を見れば、キラキラした女性が耳にスマホを当てたまま立っていた。
あぁ、……沙里さんだ。
期待したヒーローではなかったけれども、険しい顔をした沙里さんにへらっと笑う。上手く笑えたかどうかは分からないけど。

「その子、離してくれる?」
「おっとおねえちゃんの登場だ。怖いねぇ。……やだ、って言ったらどうするの?」
「……早く来なさい。あたしの家知ってたわね?ダッシュよ」

電話口に向かって早口でそう言った沙里さんは、すぐにピッと通話を切った様に見えた。
誰に言ったのかは分からないし、何の確証も無いけど、それは今一番会いたい人なんじゃないかなんて、期待してしまう。

「嫌だなんて言われても困るわね。嫌がってる人を連れてこうなんて誘拐と変わらないんだけど、あなた捕まりたいわけ?」

通報するわよ、と気丈に言い放つ。マンションの廊下ど真ん中で、退く気配は微塵も見せない彼女は凄い。

「あっは、いやいや、俺も逮捕されるのはごめんだなぁ。でもほら、これに関しては合意の上だよ?零音ちゃんがさぁ、俺の愛を試すからいけないんだよ」

ねぇ?と、笑顔で振り返ったその男の顔は歪んでいて、掴まれた腕はさらに痛みが増した。
愛を試す、って、なに。別に俺はこの男の愛なんて知ったこっちゃないし、今の今まで存在を忘れてたくらいだ。それなのに、一体どういう原理でそんな話になっているのか、まったく見当がつかない。

熱で頭が煮える様な感覚の中、ゆるく首を振る俺を見ていた男は、口元をひくりと揺らした。

「意味が、分かんない……し、俺べつに、行くなんて言ってな」
「かーわいいお口ちょっと閉じてて貰っても良いかな?あぁうん、いや、俺の口で塞いでても良いんだけど、それだとちょっと苦しいでしょーご希望ならそうするけど」

ガッと音がしそうなくらいの勢いで顎を掴まれて、息が詰まりそうになった。
言ってる事とやってる事が伴ってないんだよ……!

「手離しなさい」
「おねえちゃんこっわいね、そんな睨まないでよ」

沙里さんの言葉を聞いてパッと手を放されて、ちょっとだけ咳き込む。痛いし苦しいし何なんだよ本当に……。
っていうか沙里さん、お姉ちゃんではないんだけどこの際それはもう良いや。お姉ちゃんみたいに慕ってるのは事実だし。

ギリギリとスマホを握り締めながら元セフレ男を睨む沙里さんは、そう言えばこいつが誰か分かってるんだろうか。反応的には、何かしら知ってそうだなぁとは、思うけど。

ふらつく俺をよそに言い合いをする二人の向こうで、キュッとゴムが滑る様な音がした。
音のする方に目を向けたら、汗だくで走ってくる人の姿が見えて目を瞠った。俺の淡い希望が、期待が、幻覚でも見せてるのかと思ったけど、それは現実みたいで。

「はぁっ、間に合っ……かな……!」
「かみなりさ……」
「あは、零音くん、こんばんわ?」

じわりと滲む世界で、いつも通りのやわい笑顔の上鳴さんがひらっと手を振ってくれた。
こんばんわって、この緊迫した空気に似合わない挨拶に気が緩んで崩れ落ちそうになった。腕を掴まれてるから、それは適わなかったけど。

「沙里ちゃん無茶振り、井崎さんに聞かなきゃ正確なとこ分かんないってば」
「聞いて来たんでしょ、なら上出来よ」
「あはー暴君……、ところでコレどういう状況か聞いても良い?」
「……」
「……なぁ、俺のだから手出すなって、言ったよな?」

沙里さんの暴君っぷりに苦笑いをした後、男に向けて真剣な声を漏らした上鳴さんは、ちょっと理解の追いつかない事を言った。
俺の都合の良い幻聴かもしれないと疑った。でも、沙里さんも驚いた顔をしてたから幻聴ではないらしい。あの、ねぇ、今なんて言った?

「さぁ、何の事だったか。そんな事言われてたとしても了承する訳ないしねぇ。あーそうだ、俺の邪魔するなって言わなかったっけ?」
「それこそうるせぇ黙れって返したと思うけどな」

何だか分からないけれどもどうやらこの二人は面識があるらしい。と、鈍い思考ながら思った。
まるで接点なんて無さそうなのに、一体どこで知り合ったのか。しかも、俺に関する話をしていたっぽいと首を傾げる。





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