25
息を整えた上鳴さんは、ポケットに手を突っ込みながらゆっくりと近付いてくる。流石に警戒してるのか、男は下がろうとするけど俺が邪魔になって上手く動けないらしく、少し位置がずれただけだった。
「神保一至」
「……へぇ、俺の名前知ってたんだ?」
あぁ、この人そういえばそんな名前だったな、なんてぼんやり思う。
でも本当に、何で上鳴さんが知ってるんだろう?面識がありそうだった事と言い、俺の中での疑問だけが増えていく。
目の前に立つ彼は、真剣な表情で言葉を続ける。
「零音くんの家に、盗聴器とカメラを仕掛けたのは、アナタで間違いない?」
「……は?」
思わず漏れた声は、俺のものだった。いや、だって、そんなの……、何それ?
「あはは、結構良い感じに出来たと思ってたんだけど、いつバレたのかなぁ……。うん、俺だけど、でもそれ知ってどうすんの?」
絶句する俺を置き去りにして、二人の話は進んでいく。へらへら笑って頷く一至さんと真剣な表情の上鳴さんを、ただ交互に見る事しか出来ない。
「神保製薬の跡取りが、ストーカーした上に住居侵入罪はどうかと思うけど?」
「ウチの会社の事も把握済か……、そんなの知られなければ問題無いね。上層部なんて頭のお堅い連中ばかりだし、俺の出世には響かない」
出世がどうとか住居侵入がどうとか、俺の知らない情報がたくさん出てくる。そんな難しい事柄を、熱に浮かされた今の頭で処理出来る筈もない訳で、混乱するばっかりだ。
余裕そうに笑う一至さんを睨みながら、たっぷりの間を開けて上鳴さんは大きな溜息を吐いた。
「それが知られたら、アンタはどうすんだろーねぇー」
「……何?」
とんとん、と軽いステップで後ろに下がってから、ポケットから出した右手には見慣れない小さな機械を握っていた。
普段通りの表情に戻った上鳴さんが、カチリとその機械のボタンを押す。暫く雑音がした後、質の悪い音声が流れてきて、流石の俺もあっと悟った。
『神保一至』
『……へぇ、俺の名前知ってたんだ?』
「ボイスレコーダー……?」
「お前……!」
それは、ついさっきまでの二人の会話を録音したものだった。
無意識なのか、ぎりりと俺の腕を掴む手に力が入ってかなり痛い。
「これを会社の重役宛に送ったらアンタの出世街道は全部おじゃんだねー?特に、アンタが上に立つのをよく思ってない人間あたり?」
「ッ……一般市民に脅しかけるとか、それでもヒーローかよ」
吐き捨てられたその言葉に一瞬キョトンとした上鳴さんは、でもすぐに悪い顔になった。ポケットにボイスレコーダーを仕舞いながら、ゆっくりと口を開く。
「チャージズマはみんなのヒーローだけどねぇ、上鳴さんは零音くんだけのヒーローだから、別にダークヒーローでも構わないんだよ」
そう見下す様に、笑った。
──ずるい、ずるいずるい。かっこよすぎるじゃんそんなの。っていうかさっきから言葉の端々に感じるあれそれが、俺に都合良く聞こえて仕方ない。
「これ、バラまかれたくなかったら零音くん放しな。そんで、もう二度と目の前に現れんな」
こういう事すんの、初めてじゃないだろ。
低く呟かれたその一言が決定打になったのかは分からないけれど、乱暴に腕を放られたのはそういう事なのかもしれない。
そう思いながらも、俺はあんまり足に力が入らなくてバランスを崩してよろけてしまった。
「っと、あぶねー……大丈夫?」
「ぅあ、うん、ありがとう上鳴さん……」
「うぜ」
咄嗟に支えてくれた上鳴さんにお礼を言って、けれどもまだふらつく俺をそのまま支えてくれるらしくその手が離れる事はなかった。
その横を、一至さんが舌打ちしながらすり抜けていく。
「おい」
「……うるさいなぁ、もう離したじゃん。二度と目の前にも現れないし、安心してなよ」
「口約束も契約だからな」
それには何も返さないまま、一至さんは歩いていった。通り過ぎさま沙里さんにぶつかっていったから、追いかけてぶん殴りたくなったけど。今は、言う事聞かない体が恨めしい。
まぁ沙里さん自身が思いっきり文句言ってたので、俺がとやかく言わなくても大丈夫そうではあった。
彼女には、本当に迷惑をかけっぱなしだから、後でたくさん謝ってお詫びをしなくちゃいけないな、って思った。
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