26
「……ったく何なのあいつ意味分かんない。ちょっと零音くん、大丈夫?やだ顔、赤くなってるけど殴られた?熱?」
心配そうな顔で駆け寄ってきた沙里さんは矢継ぎ早に言う。大丈夫だよって、へらりと笑って返事をしたら泣きそうになってて、申し訳なさしかない……。
「ぁーでも一発殴られた、かも……色々あって忘れてたけど……」
「はぁ?マジ?何それ俺も殴っときゃよかった」
「もう、ほんと、どうしようかと思ったあたし……、でもとりあえず無事で良かった……。あーもう、駄目ね、泣いちゃう。うち湿布とか無いから買ってくるわ、零音くん他に何か欲しいものある?」
怒る上鳴さんと、泣きそうな沙里さんに、なんだか少しだけ気が抜けて笑ってしまった。
じゃあお水お願いします、と言えば、了承した沙里さんは踵を返した。
「上鳴くん!零音くんちゃんと家に連れてってよ!」
「分かってますってー」
心強い捨て台詞を残した沙里さんの後ろ姿を見送ってから、俺と上鳴さんは家に戻る事にした。鍵も閉めないまま……というか、引っ張られた反動で落としてたみたいで、玄関開けたら鍵が落ちてて慌てた。
「危うく泥棒入られるとこだった……」
「いやいや、それ以前に零音くん拉致られかけてるからね?そこ考えて?」
「あは、そうでした」
ぼやぼやとしたまま、何も考えずに発言したら呆れられて、それに笑う。
とりあえず、とリビングのソファに二人で座って、だけども妙な沈黙が流れて、ちょっと気まずい。暫くそわそわしていたら、先に声を出したのは上鳴さんだった。
「……あの、ごめん」
「ぇ、何が?」
「夜、突き飛ばして、何も言えなくて、ごめん」
俯きながら、苦しそうにそう言う上鳴さんを、俺は直視出来なかった。だって何て言えば良いか、分からない。
同じ様に俯いて何も答えない俺にどう思ったのか、そのまま彼の言葉は続く。
「本当は嬉しかったんだよ、でもそれ以上に驚きとか動揺が勝っちゃって……俺マジヘタレ野郎だよなぁ」
酷い事言ったよね、と自嘲気味に笑う声にゆっくりと視線を上げる。眉尻を下げた上鳴さんの顔を見て、胸が苦しくなった。
「でも別に、許してとは言わないよ」
そんな顔をさせたかった訳じゃない、むしろ俺の方が謝らなきゃいけないのに。
「電話とか連絡無視されてマジで凹んだし、零音くん居なくなって超寂しかった。自覚したのはもうちょい前だけどさ、俺こんな零音くんの事好きんなってたんだなーって、改めて思ったよ」
「え、いや……え……?」
ニッと、何だか泣きそうに笑う上鳴さんに、困惑する。
勘違いしちゃいけないって思ってたのに……、待ってよ。助けに来てくれたってだけで嬉しかった。もう一度、顔を見れただけでも。それなのに。
ギシリとソファを軋ませて、上鳴さんはゆっくりと立ち上がった。
「傷付けてごめん、守れなくてごめん。でも、こんな俺でも良ければ、これからも一緒に居てくれますか?」
──好きだよ、と。ソファに座る俺の前にしゃがみこんで、真っ正面から、言った。
一瞬、時が止まったような気がした。
それからじわじわと好きって言葉が浸透してきて、それと連動するみたいに視界が滲んでくる。奇跡だと思ってた。宝くじみたいだよねって。
「っふ……うぇ……、うれし……」
「……!?あーごめ、ぇちょ、泣かな……!」
熱が見せた夢か、幻覚かもしれないなんて思ったけれど、ぼろぼろ泣く俺にどうする事も出来ずにオロオロする上鳴さんを見てたら、あー現実だって実感した。
ちゃんと返事しなきゃ。本格的に泣いてしまう前に、言いたい事、言わなきゃ。
「かみなりさ、おれ、俺も、好きだよ」
「……うん」
「こんな俺とか、そんなこと、無くて……謝るのは俺で、だから、あの、ずっと一緒に居てください……!」
ごめんなさいと、すきを繰り返す俺に、もういいよって、上鳴さんは嬉しそうに笑ってくれた。
「熱、出てるんでしょ?今日はもう寝な、起きるまでちゃんと此処に居るから」
そういう優しいところ、大好きだ。ぽん、と頭に手を置いて言った上鳴さんの胸に、思わずぎゅっと抱きついた。
慌てて受け止めてくれて、びっくりしただろうに、そのまま背中を撫でてくれる。ドキドキして、熱が上がりそう。
「ベッドは?移動しよ?」
「……おれのベッド、此処だから」
「あー、そっか。じゃあほら、毛布かぶって、寝る!ね?」
たぶん察してくれたんだろう。ゆっくりとソファに倒されて、もう一度念押しで寝る様に言われて笑ってしまった。
毛布にくるまって転がると、疲れていたのかすぐに眠気がきて瞼が重くなった。もうちょっと、もうちょっとだけ、上鳴さんと話してたいのに……。
「ありがと……上鳴さん……すき……」
微睡む意識の中でそれだけ伝える。そうすれば優しく笑って、俺もだよ、って言葉と、おでこにキスが降ってきた。
幸せだ。
怒涛の展開だったけれど、それでも今は、あったかくて、ふわふわする幸せを噛み締めながら、俺は眠りに落ちていった。
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