どろり、溶ける

※荼毘×死体処理屋
※口の悪い関西弁
※薄暗い





世間的には宜しくない、けども俺としては大変ありがたい事に、此処のところ仕事が多い。収入が増えるのは素直に喜ばしいなと思いながら、とぷん、と浴槽に入れたモノが揺れるのを眺めていた。
別にそれに対して高揚感だとか、快楽的な感情は湧かない。
初めて仕事をした時に思ったのは、こんなもんか、ってくらいで、今でもそれは特に変わってない。

ドリップの貰い物があった筈だし、コーヒーでも入れようかと考えながらそっと浴室の扉を閉める。後は暫く放置で良いから。
しかしまぁ、こんな生業が成り立つって言うんだから、本当に世も末だ。

どこに仕舞ったかなぁと棚を物色していると、カン、カン、カン、と等間隔に金属を踏む音が聞こえた。
寂れたビル街にあるこの場所の、しかも地下二階。おおよそ人が迷い込む筈も無い階段を、降りる足音。きっと来客だろうそれに、無意識に溜息を吐く。

「よう、苗字、居るか」

無造作に扉を開けて声を掛けてきたソイツを見て、もうひとつ溜息を吐いた。まったく、入り口にインターホンを付けた意味がまるで無いなと、コーヒーにお湯を注ぎながら思う。

「せめてノックくらいしたらどうやねん、取り込み中やったらどないするんじゃ」
「そん時は閉める、けど取り込み中になるような事ねぇだろ?」

スッと眼鏡の奥の瞳を細めて目の前の男を睨むが、気にする素振りすら見せない。この継ぎ接ぎだらけの男は、相変わらず不遜な態度を崩さなくて腹が立つ。

「仕事も持ってこぉへん癖に毎日毎日よう来るなー荼毘」
「さんを付けろよ名前、それに流石に毎日は来てやれてねぇ」
「皮肉じゃ、あと下の名前で呼ぶなっつってるやろぼけ」

そもそも俺の呼び方なんか気にした事もない癖に、突然そんな事を言う。からかう様に笑っているから、きっと特に意味は無いんだろうと思う。
が、俺の名前を呼ぶのは許した覚えはない。

「上に顔出したら居なかったからこっちだろうと思って来たんだが、相変わらず薬品くせぇな此処は」
「戸締りはちゃんとしとったつもりやったんやけどなぁ上……、ってか嫌なら来んなよ、呼んでへんし」

つれないなぁ、なんて言いながらテーブルの上に置いてた腕時計を取って手の中で遊ぶ。こいつの行動を制限するのはもう諦めて、椅子を引いてどっさりと座った。そもそも腕時計は別に、俺の物ではないし。

仕事は個性を使ってやっているが、この仕事場は薬品臭い、らしい。強酸性の薬品を中心に集めては調べて、個性に活かす……という体で、もはや趣味の域だ。鼻炎だかアレルギーだか、ただ鼻がバカになってるだけなのか、俺にはその臭いが分からないのだが。

「愛しい顔を拝みに来るのがそんなに迷惑か?俺は幸せだがな」

薄ら笑いを浮かべながらそんな言葉を吐く。興味を失ったのか、手に持っていた腕時計はテーブルに放り投げられた。
あほか、と思う。
そもそも俺の顔なんかまともに見ていない癖にどの口が言うのか。マスクの下でスン、と鼻を啜りながら胡乱な目を向ける。

「あほくさ。俺にも幸せ持って来いや、仕事っちゅー幸せをな」
「俺が来るだけで幸せだろうが、欲張るなよ」
「お前はあれか、見た目だけじゃなくて頭も沸いとんのか、そんなん幸せやて思た事ないわ」

そう言ってコーヒーを飲む俺を見て眉を顰める荼毘の言いたい事は、大体察しがつく。
頭が沸いてる発言については、今までも散々言っている事だ。今更気にも留めないだろうから可能性は除外するとして、こんな刺激臭の篭った部屋でよくコーヒーなんか飲めるな、ってところだろう。

「減らない口だな苗字。身体は正直だってのに、いつになったら口も、その目も、正直になってくれるんだ?」
「同意の無い行為はレイプと同義であるー」
「関西弁引っ込めて言うの辞めろよ、可愛いから」
「耳も沸いとんか死ねぼけかす」

ふいに現れては俺の意思を無視して良い様にしやがるこいつに、心まで許した覚えは微塵もない。いつだろうと身体も許した覚えはないが。
俺の抵抗なんて意に介さず拘束する荼毘に、抗うだけ無駄なんだろうかと思い始めたのはいつだったか。それでも、非力なりに抵抗する事は辞めないが。

「なぁ、仕事は終わったか?死体なんか相手にしてねぇで俺の相手してくれよ、名前」

だから名前で呼ぶなよ、という台詞は飲み込んだ。
遠慮も無しに俺の顎を掴んで笑むその顔が、きっと第三者が見れば薄ら寒いだけだろうそれが、俺には酷く甘く見えた所為で。

「お前も死体になったら相手したんで。……まぁ、俺の個性で溶かすだけやけどな」

笑いながら言ったが、きっとマスクで表情は読み取れないだろう。だと言うのに荼毘は嬉しそうに言う。

「アンタの知的好奇心を満たせるなら本望だ……が、俺はまだ死ねないんで、楽しみは先に取っといてくれよ」
「……お前みたいな継ぎ接ぎ、溶かしたらどうなるんか楽しみやわ」
「はは、ほんとに減らねぇ口」

ぐい、とマスクを下げて強引に唇を奪われる。俺の意思を確認せず、無遠慮に口内を蹂躙するキス。苦しいのに甘い。ふざけんな。

「い、って」

鳩尾に向けて繰り出した拳は寸前に避けられて、荼毘の脇腹を掠めた。せめてしっかり殴られてくれればいいものを、こいつは毎度避けやがる。

「抵抗すればする程酷くされるって分かってる癖に、あれか?マゾか?」
「ぬかせ、そもそもそんな展開まったく望んでないんじゃこっちは」
「その反抗的な態度が俺を煽ってるって事も分かってるか?飽きないぜまったく」

じわじわと、毒されていっている気配がする。
がたりと、そのまま押し倒そうとする荼毘を制止して倒れそうになったコーヒーを支えた。
そんなもの放っておけとでも言わんばかりの奴に、なぁ、と声を掛ける。

「固い床の上でする趣味なんか無いねんけど」

シャツの首を後ろに引っ張りながらそう告げれば、目の前の男はくっと笑った。
それじゃあ、上のベッドに行こうか、と。






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