ごめんなさい





どうやったら零さんを繋ぎ止められるだろう。
最近はそんなことばかり考えている。近頃の零さんは、何か言いたそうな顔をしているのになかなかその話題を切り出さない。待てと言われれば全然待てるけど、なんとなく、その話題は俺達の関係を壊すものなのだろうと感じている。そのせいで俺から声をかけることもできなくて、変な沈黙が広がることが増えた。変なところで勘が良いの、嫌になるな。



「珍しいな、考え事か?」
「…ん、零さんのこと考えてた」
「そばに居るのに?」
「そばに居るのに」



零さんの首筋に額を押し付けて深呼吸する。本当は、人の目に触れるところへ所有印をつけたい。でも零さんはそれを好まない。不安になる暇が無いほど愛を伝えてくれるから別に不満はないけど、最近のあの変な雰囲気のせいでどことなく落ち着かなくなってしまった。零さんを、縛り付けておくにはどうしたら良いんだろう。



「…ね、零さん」
「うん?」
「今日、生でシよ」
「お前な…そう言って後処理が不十分で腹壊したことがあるだろ」
「駄目?」
「…はあ」



零さんはおねだりに強い。むしろ突っぱねるタイプだけど、俺が変に頑固なところを分かっているから、結局は零さんが折れてくれるのだ。…本当に俺、零さんに甘え過ぎでは?











「おめでとうございます、妊娠されてますね」
「…………は?」



ここんところ具合が良くないことが続いて、流石にやばいかと病院へ来たらこれだ。担当してくれた医者はニコニコ笑顔だし、隣にいる看護師さんもおめでとうございます!なんて拍手している。待って、俺だけついていけてない?



「あの、おれ、おとこ…」
「極めて稀ですが、男性妊娠もあることにはあるんですよ。症例が少なすぎて夢物語のような扱いですが」



僕も初めて見ましたけどね、と穏やかに笑う医者が何やら説明を始める。そもそも、女性と体の作りが違うから普通分娩は無理だと。帝王切開一択だからよく考えて。相手の方と一緒に話を聞けると良い。
まだ妊娠初期だから子供のことについては触れないけど、つらつらと述べられる内容はにわかには信じがたい。…でも、もし、本当に、俺の腹に零さんとの子供がいるなら、…零さんを、繋ぎ止められる?
過ぎった考えに、最低だ、と心の中で吐き捨てた。零さんを繋ぎ止める道具と思ってしまった俺に、この子を生む資格はあるのだろうか。…でも、殺す、ことはできない。産みたい。もしかしたら、零さんは迷惑に思うかも。というかそもそも、俺が妊娠するなんて思わないよな。俺もびっくりしてるし、何より信じられないし。どうしよう、どう切り出したら良いかな。



「先程も伝えましたが、一度パートナーの方といらしてくださいね」
「…分かりました、伝えます」



診察室を出て、ぐに、と頬をつねってみる。…痛い。
待合室のソファにぼーっと座っていれば、名前を呼ばれて会計をする。その際、領収書で隠すように手渡された母子手帳と、事務員さんの祝福の言葉にふわふわしたと気持ちになった。
駆け出したくなる気持ちを抑えて、足早に家に向かう。来るときはそんなに遠く感じなかったのに、今では随分長く感じてしまう。
零さんに、なんて伝えよう。どんな反応するかな。びっくりするのは当たり前だよな。楽しみだ。
くふふ、と笑いながら家の扉を開けてすぐに鍵をかける。鞄から取り出した母子手帳を眺めて、にまにまと緩む頬をそのままに靴を脱ぐ。うきうきした気分で家に上がって、違和感に気付く。何だろう、何か、足りない気がする…?
きょろきょろと部屋の中を見回して、テーブルの上に置かれた紙が目に留まる。それを拾い上げれば、見慣れた零さんの筆跡で「ごめん」と一言だけ。何だこれ、どういうこと?くるりと裏返してみても特に何もない。何か謝られるようなことしたっけ。…ま、いっか。
一刻も早く零さんに伝えたい。直接が良いから、次いつ来れそうか、と零さんにメッセージを送ってみた。すぐに既読がつかないのはいつものことなので気にせず部屋の掃除でもしていようと立ち上がる。あ、やっぱり少し妊娠と出産について調べてみよう。男性妊娠の例は少ないらしいけど、女性でも何も知らないよりは良いだろう。



けれど、零さんからの連絡はどれだけ待っても返ってこなかった。
















零さんにメッセージを送って数週間、仕事が忙しいのだろうと思いつつ、今までは一言だけでも何かしら返ってきていた。返事がないどころか既読もつかなくて、もしかしたら何かあったのかもしれないと胸がざわつく。あまり電話しないようにしていたけど、これなら許されるはず。
履歴に並ぶ零さんの名前をタップして携帯を耳にあてる。けれど聞こえてきたのはコール音ではなく、その番号が現在使われていないと言う音声だった。一度携帯を離して確認してみても、ディスプレイに表示されているのは零さんの名前で間違いない。けれど聞こえてくるのはやっぱり同じ音声で。力が抜けてだらりと落とした手から携帯が滑り落ち、フローリングにぶつかって大きな音を立てた。