限りなく優しい朝
『実技総合成績出ました』
『救助Pと敵P、合計100P越えで1位とはなあ!すごい子が来てくれたものだ』
『しかしこの子、・・・個性を使っていなくはないか?』
『確かに・・・いや待て。今の映像、一瞬、角が生えなかったか?・・・ほら、ここだ』
『本当だ。瞳の色も一瞬、変化しなかったか?無個性ではありえない。何らかの個性だろうか?』
『待て、片耳につけている、特徴的な耳飾は・・・。相澤君、もしかしてこの子』
『おそらく蘇芳が言っていた子で間違いないでしょう』
『そうか!ということはこの子が・・・』
『髪色が違う事は気になりますが、それ以外は特徴が一致しています。おそらくあの一族の生き残りで合っている筈です』
『なるほど、だから個性を・・・。蘇芳君は他になんて言っていたんだい?』
『特には』
『そっか。この件に関しては慎重に動こう。蘇芳君の信頼にちゃんと応えないとね』
『それにしても1位も面白いが、2位のやつを見てみろよ。救助P0で2位とはなあ!!』
『タフネスの賜物だ』
『対照的に敵P0で7位。アレに立ち向かったのは過去にもいたけど・・・ブッ飛ばしちゃったのは久しく見てないね』
『思わずYEAH!って言っちゃったからなー』
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「合格だって」
入試試験から数日。
最初は焦凍が何の話をしているのか分からなかった。
家主の私よりもリビングのソファに座って寛いでいる幼なじみは、今朝早くにメッセで『今からそっちに行く』と送ってきて、宣言通りその数分後に渡している家の合鍵で中に入ってきた。手には珍しく、手紙かなんかだろうか。封筒を手にしていた。そしてそれを手にしたまま定位置であるソファの端に座った。
「開けてもいいか?」
封筒のことだろうか?焦凍が持ってきたものなのに、わざわざ私に確認するの?
意味がよくわからん。寝起きで頭の回らない私はどうぞーと考えずに返事をした。
返事を聞くや否や封筒をびりびりと破いて、中を確認し始める焦凍を尻目に、せめてお茶くらいは出そうと思ってお茶の準備を始める。・・・あ、ポットのコンセント抜けてる・・・。
いそいそとコンセントをつけて、よし、と頷いて、今度こそお茶の準備を―――と思った所へ冒頭にあるように焦凍がそう言い放った。
「合格?なにが?」
「雄英高校」
「は?焦凍が?知ってるけど」
特待でしょ?大分前から知ってるし、むしろ本人から聞いてたし。今更何を言っているのだろうか。
胡乱気に焦凍を見ていると、ちょいちょいと手招きをされて、不審に思いながらも素直にぺたぺたと向かい、大人しく彼の隣に着席する。
ん、と無造作に手紙を渡された。見ろということだろうか。訝しげに手渡された手紙を見てみる。中を見てみると雄英高校からの手紙で、冒頭に私の名前があり、真ん中の方には大きく『合格』という文字が記載されていた。
寝起きで頭が回っていなくて忘れていたが、今日は合否の通知が来る日だった。
「えっ、私、合格したの?」
「そうみたいだな。おめでとう」
「ありがとう。・・・ということは焦凍とまた一緒の学校に通えるってことだよね?」
「同じ高校だからな」
「そっか。・・・・・・そっかぁ」
また一緒にいられるんだ。俄かには信じられない内容をゆっくり、じわじわと自分の中で浸透させていく。焦凍を見つめる。喜色に滲んだ眦。優しい視線が私を包む。胸が温かくなる。やっぱり本当なんだ。私、合格したんだね。
漸く自分が合格した事を実感する。離れないで済んだ。まだ傍にいられる。その事実に安堵して頬が勝手に緩む。嬉しくてしょうがない。
私、ちゃんと約束守れたんだ。
「焦凍」
「ん?」
「よろしくね」
締まりのない顔が照れ臭くて合格通知で顔を隠しながら言ったが、嬉しさの余り弾んだ音が声に零れた。
とん、と。ふいに肩に重みが乗る。女の私よりもサラサラな髪の毛が首筋を撫でた。きっと焦凍も安堵したのだろう。私もかなり緊張していたが、優しい幼なじみも同じぐらいに緊張していたから。
様子を気にかけて、心配してくれていたのを私は知っている。それを隠すように表面上は無関心を気取って、いつも通り振舞おうと取り繕っていたのも。
「そうだ。蘇芳さんに報告しなきゃ」
ポケットに入れていたスマホを取り出して、合格したということをメッセで伝える。
送信してすぐ。本当にすぐ、送ったその人から電話が掛かって来て、思わずスマホを落としてしまった。びっくりした。落としたスマホを慌てて拾って、出来るだけスマホを遠ざけてから画面をタップする。
『合格おめどでとおおお!!!合否の報告を今か今かとずっと待っていたよ!!!』
キーンと鼓膜に響く大声。スマホを遠ざけて正解だった。耳に当ててたらやばかった。絶対に耳やられてたよ。
ありがとうと伝えると、これまたどういたしまして!!と元気な声が聞こえてきた。うん、これはもう耳に当てて電話は無理だな。大事をとって音量下げてスピーカーにしよう。有限実行してスピーカーにしたスマホをテーブルに置く。
今度は涙ぐんだ声が聞こえてきた。
『ううう、どんどん成長して自立していくのは嬉しい!嬉しいけど、寂しい!!』
「もう、大げさだよ」
『大げさじゃない!全然大げさじゃないよ佐保ちゃん!!』
「用件は伝えたから、切っていいんじゃないか」
『その声は焦凍君?!まさか一緒に合否を確認したの?!何それ!ずるい!羨ましい!僕も仕事がなければ・・・!ブラック企業め!滅べ!』
「五月蝿い。切るぞ」
『ごめんなさい!ちょっと待って!今日は早く仕事を終わらせて帰るから!何が何でも終わらせて帰るから!合格祝いにご飯食べに行こう!』
「大丈夫?今仕事忙しいんでしょ?無理しなくても大丈夫だよ」
『無理なわけないでしょ!昨日も一昨日も、というかここ1週間家に帰らせてくれなかったし!何が何でも帰ってやる!大事な娘である佐保ちゃんが合格しためでたい日だよ!一緒にお祝いしなきゃ!』
「ふふっ、ありがとう」
『じゃあ、そろそろ仕事に戻るよ!あ、今日のご飯、焦凍君も特別に招待してあげるよ!お祝い事は皆で祝った方が・・・、』
ブツッ。体を起こした焦凍がテーブルに置いてあったスマホへ手を伸ばして、唐突にボタンをタップした。通話を強制終了させた。何故。
「五月蝿い」
「何で切っちゃったの?さすがに可哀想だよ」
「どうせすぐに掛かってくる」
数秒後。彼の言う通り、蘇芳さんから電話が掛かってきた。
「ほらな」
仕事で忙しいんじゃないのか。
呆れた表情に思わず私は笑ったのだった。