きみに会えるような気がした



「おい、起きろ。佐保」


電車の揺れと私を呼ぶ声。かすかに感じる額の痛みに促され目をゆっくりと開けて隣を見ると、幼なじみである焦凍が無表情で私を見下ろしていた。

どうやら額に感じていた痛みの原因は、彼が私を起こすためにデコピンをかましたからのようだ。


「・・・いたい」

「もうすぐ着くぞ」


無視ですか。

内心ツッコミを入れたが残念にも顔に出ていたようで、寝てるお前が悪いと呆れ半分にぴしゃりと言い放たれた。朝から手厳しい。



「・・・どうやったら立ったまま眠れるんだか」

「答えはドア脇のスペースと長椅子の手擦りに軽く凭れ掛かっているからです」

「答えになってねーよ」



食い気味に突っ込まれたのでなんとなくごめんなさいと謝る。そんな冷たくされると割りと落ち込む。



「入学式ぐらいしゃきっとしてろ」

「ごめん、ちょっと最近寝不足だから・・・」



寝不足といった途端、窓の外を眺めていた視線が、私に戻ってきた。

表情は相変わらず無いが、前髪の隙間からじっとこちらを見る虹彩は、先程までの呆れたものとは違って目に見えて気遣わしげなもので、そんな彼に困ったように眉を下げる。瞬きするまでの間、私の顔を見つめていた焦凍が、一瞬顔を顰めた。

眉間に皴が寄ったのを、同じように彼の顔をじっと見ていた私は見逃さなかった。

心配だって顔に書いてある。・・・わかりにくいようで、わかりやすいよなあ、焦凍は。

言葉に出さずとも「大丈夫か?」と視線で問われたことに、胸の奥が温かくなるのを感じながら、私は大丈夫だと静かに頷いた。



「大丈夫だよ。眠いだけ」

「そうじゃなくて」



束の間の沈黙。

心配をかけさせまいと思って言った言葉は、焦凍にとって不服だったらしい。一瞬にして冷えた空気を感じとり、しまったと後悔した時には時既に遅し。

先程とはうって変わって、普段無表情な彼からしたら分かりやすい程の顰めっ面を浮かべた。がらりと変わった雰囲気に視線を彷徨わせていると、手加減無しのデコピンが容赦なく私の額を襲う。

コイツまじっ、というか本当に!まじで痛い!額がじんじんしてめちゃくちゃ痛い・・・!

デコピンされた額を労わる様に、少しでも痛みを抑えようと強く手で押さえる。
悶絶するあまり可愛げのない声が小さく洩れた。



「分かってるだろ」



背にしていた電車の扉が開いたことで、よろめきそうになった体を焦凍に腕を掴まれ支えられる。そして流れるように電車から降りた。

行くぞ、と素っ気無く言いながら掴んでいた手を離して歩き始める彼の後ろに続いて私も歩みを始める。


何事もなかったかの口ぶりだったが、彼のセリフはちゃんと聞こえていた。

電車の扉が開くのと同時だったから、焦凍は自分のセリフはかき消されたのだと思っているんだろうけど、傍にいたからちゃんと聞こえてた。

全てを言わずとも、彼が言わんとしている事は察している。そしてそれを知っていて尚、私が何も言わずにいることも、彼は知っている。知っているけれど納得はしていないから、腹いせにデコピンをかましてきたのだろう。
私の心配をかけさせたくないという気持ちを、彼は尊重してくれているのだ。

物理的に攻撃をしてくるのは勘弁だが、デコピンひとつで引き下がってくれるのは有り難い。こういう時、焦凍は優しいやつだと思う。そして反面、私には到底真似出来ない我慢強い人だとも。

此処最近、毎度毎度、濃い隈を拵えて酷い面を浮かべていれば、誰だって理由を聞きたくもなるし、心配だってするよね。だけど本当に誤魔化してはいない。誤魔化してはいないが、きっと彼が求めている答えはそれじゃない。

心配性だな。もう十分、助けてもらってるのに。胸の内で人知れずそう呟く。



「焦凍。別に誤魔化したわけじゃないよ」

「そうかよ」

「あんまり眠れなかっただけだから」

「・・・ん」



仕方ないからそんな君に少しだけ本音を零しておく。

まだ納得がいっていない顔だったが、少しだけ機嫌が直ったのか、優しさが滲んだぶっきらぼうな相槌が返ってきた。それに胸を撫で下ろした私は彼の隣で歩き始めたのだった。









廊下に張り出してあった座席表を確認してから教室へ入ると、開口一番にメガネを掛けた、いかにも真面目そうな男の子から「おはよう!」と大きすぎる挨拶をされた。

び、びっくりした・・・。驚き過ぎて思わず後ずさっちゃったよ。あ、ぶつかってごめん焦凍。
しかも足まで踏んじゃってごめんね・・・。


「お、おはよう」

「私立聡明中学の飯田天哉だ!これから同じヒーロー科として切磋琢磨していこう」

「丁寧にありがとう。よろしくね。私は初瀬佐保です。・・・こっちは轟焦凍」


スルーして行こうとした焦凍のブレザーの裾を掴んで動きを止め、彼の分の自己紹介も合わせて伝える。

ほら!なにシカトしようとしてんの!初日なんだよ。印象大事!

飯田君にバレないようにジト目で見つめていると、彼は丁寧にも焦凍の方へ体の向きをかえ、よろしくと挨拶を交わした。

ほら、焦凍も・・・!

私の気持ちと言う名の圧が通じたのか、少し遅れて焦凍の口から諦めたようによろしくと声は小さかったけれど確かに聞こえ、やっと胸を撫で下ろす。

焦凍は優しいけど基本は無愛想だから。

無事飯田君との挨拶を終え自分の席へと向かおうとして足を止める。あれ、席どこだったかな。自分の記憶力のなさに慄く。焦凍に聞こうとしたら薄情にも私を置いてスタスタと自分の席へ向かってしまった。恐ろしく冷たい男である。

諦めてもう一度座席表を確認してこよう。そう思って廊下に出ると、入試試験以来に会う上鳴君と再会した。



「おぉー!初瀬!久しぶり!よかった、合格したんだな!」



チャライ見た目と人懐っこい笑みは健在らしい。明るい表情を浮かべながら手を振って駆け寄ってきた彼に、うんと頷く。座席表を確認した時に名前があったから合格していたのは気付いていたけれど、元気そうで良かった。



「久しぶり。上鳴君とまた会えて嬉しいよ。約束守れてよかった」

「約束まだあるだろ?まさか忘れたとか言わないよな?」

「合格して再会することでしょ?」

「えっ、マジ?マジで忘れたん?ほんとに?」

「冗談だよ。連絡先交換しようか」

「おまっ、お前まじ・・・っ!」



悪戯が成功してニヤリと口角を上げると、してやられたとばかりに表情を歪めた上鳴君。別れ際にからかってきたから、次に再会出来た時は絶対に仕返しをしてやろうと決めていたんだ。成功してよかった。



「改めてこれからよろしくね、上鳴君」

「俺の方こそよろしくな!」



返ってきたのは、やっぱり人懐っこい、明るく眩しい笑顔だった。



―――私の席は爆豪の前の席だった。入試試験の時に会ったあのバクゴーだ。漢字こんなんだったのか。

こちらも入試試験ぶりの再会だ。相変わらず引き込まれそうな綺麗な真紅の瞳は、不機嫌そうに吊り上っている。やはり受かっていたのかと思う反面、机に足を乗っけて飯田君に怒られている姿はやはりヒーローを目指している人とは思えない。

実力がある分、どうしても注目してしまうが、関わるのはあまり良くなさそう。前の席だしどうしたって関わっちゃうけど、それ以外は出来るだけ絡まれないようにしなければ。じゃないと平穏な生活を送れなさそうだ。


言い合いを続けている2人を無視していそいそと席に座る。後ろから強烈な視線を感じたが、スルーしておいた。入試試験では焦凍とかみたいに接するようにそっけなく対応しちゃったし、あの瞬間、取り繕うのを忘れて表情筋が死滅していたはずだ。能面顔を晒したと思うと普通に気まずい。

しかもちょびっと。ほんのちょびっと煽っちゃったし。自分の至らなさに落ち込んでいたせいもあり、あの時は思ったよりも内心、無自覚のうちにイラついていたらしい。

少し気になったが、あの日の自分を恥じて気恥しいのと、あまり関わらないと決めたばかりなので、気付かないフリを押し通す。ちょっと心苦しいけど。


罪悪感に苛まれる中、ちょんちょんと、肩をつつかれた。
顔を横に向けると、ショートヘアーの似合うパンクな感じの女の子と目が合った。



「初瀬佐保さんでしょ?ウチは耳郎響香。隣同士これからよろしく」

「丁寧にありがとう。名前なんで分かったの?」

「座席表見た時。近くに座る人誰かなって思って」



なるほど。その気持ちは分かる。実際に私も席の近くの子達の名前を確認していたから、その気持ちは大いに分かるよー。確認せずにはいられないよね。



「そっか。これからよろしくね、耳郎さん」

「よろしく。てかそんな他人行儀な呼び方しなくていいよ。呼び捨てで良いし」


よ、呼び捨てかあ・・・。


「じろちゃんとかは・・・?・・・ダメかな?」

「いいよ、さん付けとかより気が楽だし」

「じゃあじろちゃんで!」


あだ名を提案すると快く了承してくれたので素直に嬉しい。
しかし彼女は了承してすぐ、私から視線を僅かに逸らしたので、・・・あ、もしかしてあだ名が嫌だったとか・・・?



「・・・まあ、ちょっと恥ずいけど」

「私も呼び捨てで良いからね。改めてよろしくね、じろちゃん」



なんて心配は杞憂だったらしい。

本人が言うように恥ずかしいらしくて返事が遅れたようだ。可愛いなじろちゃん。



「そういえば轟と一緒に来てたけど仲良いの?同じ中学?」

「幼なじみなんだ。家が近いから一緒に登校してきた」

「へえ、仲良いんだね」

「じろちゃんは同じ中学の人とか知ってる人いたりする?」

「ウチは・・・、」


じろちゃんと話している途中、


「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け」


教室の扉の下から淡々としながらも威圧のある声に、皆の視線が一点に集中した。
斯く言う私も例外ではなく、無意識に話を中断して扉へと視線を向ける。

皆からの視線を一心に受けているその人は、ヂュッ!!とゼリー飲料か何かを吸い切った。凄い吸引力だ。○イソン顔負けではなかろうか。



「ハイ、静かになるまで、8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」



合理性。最近耳にしたことのある言葉だった。それはいつだったか。確か蘇芳さんと合格祝いにご飯へ行った時だった気がする。なんて言ってたかな。えーっと、あい・・・なんとか。

考え込んでいた顔を上げて前を見ると、彼の充血した目と視線が交わった。ドライアイだろうか。



『雄英には僕の友人が先生をしていてね。すごく良い奴なんだけど、合理主義をつきつめた奴でさ。まあ、自他共に厳しい所もあるけど、さっきも言ったように良い奴なんだ。だから困った事があれば頼るといいよ。なんだかんだで面倒身が良いから』

『へえ、そうなんだ。名前はなんて言うの?』

『名前はねー、』



思い出した。名前は確か、


「担任の『相澤消太』だ。よろしくね」