右肩の誇り

  プッシーキャッツが作ってくれた美味しいご飯に舌鼓をうち、Aクラスの女子が先にお風呂に入ることになった。

「ふぁ〜きもちい〜」
「円ちゃんっていっつもキリッとしてるから、なんか珍しいー!!」
「確かに!」

 温泉に浸かると、露天風呂なのもあり少しぬるめでそれがまた心地よい。今日は散々体を酷使していたので、リラックス効果もひとしおだ。
 葉隠と麗日の指摘に、クラスメイトもうんうん、と頷いて同意している。円は確かにな、と少し肩を竦めた。

「私もずっと肩肘張ってるのはしんどいよ。まさかスカートで登山することになるとは思ってなかったし、普通に疲れた」
「わたくしも制服で登校するなら、とローファーで来てしまいましたの。服や靴を創造するのは簡単なのですが、土魔獣相手にどれだけ個性を使用するのか分からなかったので、温存をせざるを得ませんでしたわ」
「口田のお陰で最適ルートで来れたけど、それでもキツかったねー!」

 みんな口々に今日の大変さを語る。
 それに水を差すのは、クラスの関係性なんかをあまり知らない円ですら知る、要注意人物の声だった。

「Plus ultra!!!」

 校則を高らかに言い、女子風呂目指し塀を登っているであろう峰田だが、こちらには強力な助っ人がいるのだ。

「ヒーロー以前にヒトのあれこれから学び直せ」

 強力な助っ人、もとい洸汰の方が余程大人である。女子一同、感謝の意を示す。人に感謝される尊さや人助けから、ヒーローに肯定的になって欲しいな、なんて下心もありきで円も温泉の中から手を大きく振ってありがとうと告げる。
 女子の入浴という少し刺激的な光景に、洸汰自身も鼻血を出して男湯へ転落するトラブルはあったが、緑谷が受け止めて無傷のようなので安心する。

「変に気遣うの嫌だからさ、聞くんだけど、嫌だったら別に答えなくていいんだけど…」
「ああ、コレ?別に隠してないよ。コスチュームでも出してるくらいだしね」

 円は向けられた視線が、右肩の焼印にあるとすぐに察した。アリューシャのAを冠する複雑な魔法陣が、成長に伴って皮膚が引き攣り歪になっている。左手で自分を抱くようにしてなぞると、少しツルリとした皮膚に触れる。
 円のコスチュームはホルターネックのトップスなので、肩の焼印が露出している。それを隠すなんて今更すぎる。

「察してはいるだろうけど、あんまり気持ちのいい話でもないよ」

 そう前置きして、円は語る。

「前に私が敵-ヴィラン-って認識された経緯は話したでしょう?これは血縁上の父親の、本妻につけられたの」

 血縁上の父親はリンゼイという、中世から続く魔法使い一族の時期当主だった。

「個性ってさ、実は"発光する赤児"以前にもあったんだよ。それは魔法や聖力、神通力、奇跡とか色々な名称で呼ばれて、人々の生活に根付いてた。
だけど、個性発現時の混乱と似てて、持たざる者は異質なその人たちを恐れ、迫害した。これが魔女狩りの始まり」

 個性が発現した当初、"個性"は"個性"でなく、世界は混乱に陥った。人智を超える超常を人の身に宿し、虐げ支配する者、虐げられ迫害される者に大別され、それぞれで大きな争いがあった。その争いが自警団を産み後のヒーローとなり、超常は人それぞれの"個性"であるとされ、"個性教育"が始まった。
 リンゼイの起源であるイングランドでは、"個性"は"魔法"で保有者は"魔法使い"だった。そして、宗教が掲げるヒトにそぐわぬ異端であり、悪魔であると、多くの人が迫害にあい火炙りにされた。

「そういう歴史があるからさ、凄く閉鎖的で保守的な人達が多くて、いわゆる近親婚が盛んだったんだよね。でも血が濃くなると遺伝病とか染色体異常とか多くなるから、新しい血筋を取り入れる必要があったの」

 アリューシャはリンゼイ当主の娘で、魔女狩りにより女性が多く虐げられていた当時、希少な直系の女性だった。そのため、姫として大層大事にされていたそうだ。

「アリューシャは一族が遺伝病に侵され、魔女狩り云々以前に先細りなのを分かっていたんだと思うの。でも、その手段が悪かった」

 アリューシャは"持たざる者"と共に生きていこうと提言した。当然却下されて勘当されるが、アリューシャは諦めず対話を試みた。
 人々のためになるように魔法を使ったが、受け入れられるはずがなく、アリューシャは魔女の証明として裁かれることとなった。アリューシャを産んだとして、リンゼイ当主の妻も火炙りにあった。

「アリューシャはリンゼイ一族を陥れた愚か者で、一族の名を語ることは許されない者として、蔑称として使われているの。この焼印は本妻が一族として、庶子としても認めないっていう意思表示。そして、アリューシャの姫みたいに人前で魔法を使わないように制限したり、罰するための魔法が円に組み込まれているの」
「じゃあ、USJの時のって……」
「そう、焼印に組み込まれた魔法が発動して、拷問を受けてた。根津校長も意図してやった訳では無いから、多分本家から制御が効かなかった時はこれを使えって指示があったんじゃないかな。はずれ者への嫌がらせだね」

 ハハっと軽く笑ってみせるが、皆深刻そうで誰も釣られて笑ってはくれない。蛙水が真剣な眼差しで円を見る。

「なんで円ちゃんは平気そうなの?」
「だって、これは私が母さんを思って行動した証で、誇りなの。やったことは確かに法を犯してた訳だから誇っちゃダメなんだけど、7歳の女の子がお母さんのために怒って誰かにカチコミに行くって凄くない?」

 ニシシ、と円にしては珍しく感情を露わにする。

「それに、今まで散々無視されて来たからさ。私を当主の庶子って認識した上で、認めないって言ったわけじゃん?やっと私を見たなってちょっとスカッとした!」

 あの時の怒りも悲しみも、痛みも苦しみも忘れない。だけど、あの時得たものは確かにあった。それを円だけは認めて、誇りたい。

「今まで痛そうとか思っとったけど!今の聞いたらめちゃくちゃカッコイイ!って思った!!」
「ありがとう、麗日さん。カッコイイっしょ!」