土魔獣の森を抜けて

  林間合宿当日。円は万代に見送られて、雄英高校からバスに乗り込んだ。登校のため制服に身を包み、足元は先日買ったスニーカーを履いている。
 以前ならバスの座席は、円の隣は当然空席だったはずだ。今は隣に芦戸が座り、周囲を巻き込んで大騒ぎしている。円はその輪の中でやり取りを暖かく見守っている。

「サービスエリアに着いたのかな?」

 バスが出発してそこそこの時間だ。周辺は木々とコンクリートで舗装された崖ばかりの、山道らしくカーブの続く道に変わっている。休憩時間には丁度いいだろう。
 相澤に促されて下車するが、そこに待ち構えていたのはプロヒーロー プッシーキャッツのマンダレイとピクシーボブの二人だった。
 円はみんなからは少し離れたところで、風に当たっていたが、みんなと同じで非常に嫌な予感がする。ピクシーボブの悪戯な笑みと相澤の冷酷で無慈悲な視線を最後に、地面が崩れた。

「、っ!?」

 突然の浮遊感に円は悲鳴すら上げられず、全身を強ばらせる。個性を使おうにもどう使えばいいのか、真っ白になった頭では思考がフリーズして考えられない。
 落ちる。崩れた土砂が一緒に落下しているから、目に見えるほどの落下ではないだろう。けれど、行き着く先がかなり下方にあるのを確認し、改めてその高さを実感する。
 目を見開いたままだった円は、着地の衝撃に備えてぎゅうっと全身に力を入れて頭を守ろうとする。目も同時に瞑ると、代わりに冴えた耳が不機嫌な舌打ちを拾った。

「チッ」

 ボン、と爆発音がして、体に想定していたものと違う衝撃が走る。一瞬体が宙に浮いたまま、静止して、ぽてんとみっともなく尻もちをつく。
 ハッとして目を開くと、地面に着いたようだった。スニーカーの底と手のひらが、固まった地面とは別の土砂をざりざりとなぞる。地に足が着く感覚に、強ばっていた体から徐々に力が抜けていく。

「……見えてんぞ」
「バ……っ!」

 円の前方にバッチリ着地をキメた爆豪が、無表情でこちらを見て静かに前を向く。無様に尻もちを着いて放心する円を鼻で笑うかと思えば、静かに告げられたのは予想外の言葉で。
 円はそこでようやく放心状態から解放され、スカートをすぐさま押さえる。爆豪にもっと早く言えだの、見るなだの、馬鹿だの言ってやりたい衝動に駆られる。しかし、着地寸前の衝撃は爆豪が、大きな怪我をしないよう円を助けたのに違いないのだ。ぐっと堪えた円はスクっと立ち上がり、何事も無かったかのように平静を装って周囲を見渡す。
 周囲には同じようにA組の面々が地面に伏している。

「魔獣だー!」

 その叫びに、全員の警戒が強まる。円も個性を使えるよう準備し、体勢を低くして備える。
 口田が個性を用いて魔獣に語りかけるが、土塊-つちくれ-の魔獣には効果を成さず、襲いかかる。円が代わって雷撃を落とそうとするが、前に居た爆豪が消えて、その他一部もつられる様に魔獣に向かっていくので、引っ込める。

「まだ来る!」

 耳郎が叫ぶ。円も今度こそ迎撃のために前へ出る。

「口田くん!合宿所までの傾斜を踏まえた最短ルート探索お願い!」

 個性把握テストや体育祭、期末試験を通して、円はおおよそのクラスメイトの個性を把握出来ていた。クラス単位で動くならば、個性の得意不得意によって役割分担するのは効率的だ。
 私の指示の後、八百万がなんとなく出来ているグループを見遣り、バランスに偏りがないよう一部の人間へ指示を出している。

「駒木さんの個性に制限や上限はございますか!?」
「制限-リミッター-は一時解除状態になってるみたいだから、使用に問題はない!上限はUSJで先生たちに使った延命措置みたいな、繊細なのを使わなければ特になし!あと身体強化はできるけど、耐久戦には向かないから使えない!中遠距離なら任せて!」
「かしこまりました!でしたら上鳴さんと組んでください!上鳴さんは個性を使い過ぎると、オーバーヒートしてしまいますので!」
「了解!!」

 頼むぜ、と上鳴がこちらに向かって無駄に良い笑顔を作る。円はそれを黙殺して、上鳴に個性の詳細を尋ねる。なんとなく電気の個性なのは知っているが、細かくは知らないのだ。

「オレの個性は帯電!溜めた電気を体から出せっけど、」
「指向性皆無で見境なく放電するから、周りに味方がいると人間スタンガンにかなんない!オマケにヤオモモが言ってたけど、使い過ぎるとアホになる!」

 上鳴が答え切る前に、耳郎が解説してくれる。ついでに耳郎の耳たぶがビシッと森の一角を指しており、そちらへ攻撃する。土魔獣が、ぼろぼろと崩壊する間にプランを練る。

「要は指向性を持たせれば良いんでしょ!?だったら……!」

 耳郎の示した方向へ電気の通り道を形成し、上鳴に放電を促す。

「やっべぇ。これならオレは無敵っしょ!」
「ウチと駒木に感謝しなよ」
「調子に乗り過ぎて加減ミスってアホにならないでよ…!」

 案の定上鳴は飛ばしすぎて早々にアホとなり、足でまといは困るので円が電気供給し強制的に戦線復帰させ、これを何度か繰り返した。
 早朝に出発してバスでお菓子をつまんだ程度。プッシーキャッツは遅いと昼抜きと言っていたが、この距離を土魔獣に妨害されながら進んで、三時間で到着は無茶でしかない。
 日が傾いて空が焼ける頃、ようやく合宿所に到着した。夏だから日が長くて何とかなったが、到着より早く日没していたらと考えるとゾッとする。
 全員が体力・気力・個性を消耗させ、多少の無理を重ねた。円は特に個性に上限はないので問題ないが、まさか登山させられるとは思ってなかったのでヘトヘトだ。ましてや戦いに気を割きながらなので、気疲れも酷い。

「早くお風呂入りたい……」
「ほんとそれ。てかウチお腹減った」

 マンダレイの甥の洸太と緑谷の茶番を、今日ずっと組んで親睦を深めた耳郎と愚痴りながら、さらっと眺める。洸太の反抗的な瞳が、なんだが自分と重なって少し恥ずかしい。同族嫌悪に近いものだろうか。
 洸太にもそのうち乗り越える時が来るだろうと、お節介を体現するクラスメイト達を見回す。きっと緑色の髪をもじゃもじゃさせてる彼は、既にお節介を始めているだろう。案外乗り越えるのは近いのかもしれない、と円はほんの少しだけ唇の端を上げた。