円環の新しい可能性

  円が新しい個性使用について頭を悩ませつつ、精度向上のため既存の技を磨いて、合宿2日目の訓練は終了した。午後4時、一同は大量の食材と対面していた。

「昨日言ったよね、世話を焼くのは今日だけって!」
「己で食う飯くらい己で作れ!カレー!」

 それに答える声は、小さく弱々しい。個性伸ばしにより、全員が昨日と同様疲労困憊である。
 飯田が委員長として災害時の例を出し、クラスを取り仕切る。それを見て相澤が便利、だなんて考えているのも知らず、カレー作りに取り掛かった。

「轟ー!火ィちょーだい!」
「爆豪、爆発で火ィつけれね?」
「つけれるわクソが!」
「皆さん!人の手を煩わせてばかりでは、火の起こし方も学べませんわよ」

 食べ盛りひとクラス分ともなると、飯盒-はんごう-や鍋も量がいるため、かまどには沢山の火が必要だった。半冷半燃の個性の轟や爆破の爆豪が呼ばれ、それに八百万が苦言を呈しつつチャッカマンを創造して火をつけている。爆豪は相変わらずであるし、苦言を呈す八百万がそれで良いのだろうか。

「もしかして駒木さんも個性で火ィつけれるんちゃう?」
「…できるかも」

 バチバチっと手のひらで電流を増幅し、乾いた木材に近づけると火花が散り黒く焦げていく。線香花火のような光景に、覗き込んでいた麗日がわぁっと歓声をあげる。しばらく個性の微調整を行い、木材にぽぅ、と火がついた。

「わー!ありがとー!」
「私こそありがとう!個性伸ばし行き詰まってたけど、なんか掴めた気がする!」

 今まで一族がある程度技を体系化させ、その技を磨いてしか来なかった円にとって、今回の個性伸ばしの課題は難しかった。一族のメソッドから外れた新たな可能性を見出すことに成功した円の興奮は計り知れない。パァッと表情が明るくなり食い気味で麗日へ寄る円は今までになく、麗日は困惑しつつも何となく距離が縮まった感じに喜ぶ。

「ウチのこと!お茶子って呼んでくれんかな!!」
「分かった、お茶子ね。それなら私も円って呼んでよ」
「ではわたくしはヤオモモと呼んでくださいまし!」

 円の周りを女子が取り囲み楽しげに話す、その様子を見て何故か切島が泣きながらサムズアップをしてきたが、円には意味が分からなかった。



 存外楽しく合宿が経過し、3日目。昨日お茶子のお陰で掴みかけて新しい個性の使い方。それを今日は掴みたい。意気込む円は早速個性発動の定義を組み立てていく。火を起こすことには成功するが、工程が多く煩雑だ。もっと整理されたスマートな公式があるはずなのだ。
 ヒントを探すべく、円は周囲に目を向ける。火、と言われて一番最初に思いつくのは轟だ。ドラム缶風呂に浸かりながら、両側の個性の同時発動により温度を丁度良く保つ訓練をしている。しかし、あそこまで自然には円の“円環”では火を使いこなせないだろう。
 次に目に入ったのは隣のドラム缶風呂に手を浸け、上空を爆破し続ける爆豪。爆破の副次的な熱や火花で火を起こすあたり、円が参考にすべきは爆豪かもしれない。しばらく爆豪の爆破を観察していると、痺れを切らした爆豪がキレ散らかす。

「舐めプ女ァ!!ジロジロこっち見てねェで、自分のことやれや!!!」

 一触即発の雰囲気にB組が構えるが、A組にとっては爆豪がキレ散らかすのは通常運転である。それに、円は爆豪のことをなんだかんだ評価しているし、怒鳴られることに抵抗もないので、むしろ声をかけられてラッキーと近付く。

「ねぇ、爆豪の爆破の原理教えて」
「知るか!!!」
「え、知らないの?」
「知っとるわボケェ!!掌の汗腺からニトロみてーな物質が出て爆破出来んだよ!」
「ニトロ…。ニトログリセリンならダイナマイトの主成分だけど、不安定な物質だからわずかな衝撃で爆破するでしょう?ダイナマイトには珪藻土が使われてるけど、爆豪はそのへんどうやって調整してるの?」
「テメェーは手足動かす時にどう動かすか意識しとるんか!!」
「確かに。参考になった、ありがとう」

 それでいいんか……というのはA組B組どちらも内心で呟いた。


 その日の夜、A組とB組対抗の肝試しが開催される。補習組が相澤によって引き摺られて行くのを見送りながら、円はぼーっと昼間の続きで個性使用の可能性を模索し続ける。
 気付くと余り物のクジを渡され、4番とあった。4番の人を探すとA組で最も謎な存在、青山で円は微妙な気持ちになる。

「4組目の駒木キティとアオヤマキティ GO!!」

 B組の脅かしに、円は小さく、青山はド派手にリアクションして進んでいく。

「ノォォォオオオオンンン!!!」
「あ、ちょっと、青山!?」

 脅かしに一本道から逸れて走り去った青山。あっという間に見失ってしまい、しばらく呆然とする円を不憫に思ったのか、B組の脅かし役が先に進んでお札のある中間地点にいるラグドールに指示を仰げばいいと言ってくれる。
 その助言に従い、一人で中間地点にやってきた円。名前の書かれたお札を取ると、後ろの茂みから「ばぁ!」とラグドールが脅かしてくる。B組の助言もあったことから、大したリアクションはしなかった。

「アレレ?駒木ちゃんだけ?ペアの子はどうしたにゃん?」
「それがはぐれちゃって、どうしたらいいかラグドールに相談しようと思って……」

 言葉は最後まで続かなかった。

「ぐ……っ」
「駒木ちゃん!!」

 不意の攻撃に、個性も制限されている今かわしきれずに、頭を切られてそのまま机に叩きつけられる。机が大破するほどの衝撃に、円は血に濡れ揺れる視界で必死に敵を見る。

「脳無……」
「アレがウワサに聞いてた脳無ってにゃわけね。駒木ちゃんは動けるなら下がってるにゃん」
「オールマイトも苦戦するヴィランですよ、ラグドールひとりじゃ…」
「アチキの個性 サーチで弱点もお見通し!」

 円はひとまずズリズリと体を引き摺って脇に避ける。そこから視界が黒く染まり、気付いた時には椅子に縛り付けられた爆豪を見上げていた。