抑圧される者たち

 「ばくごう……?」







「悪い癖だよ、マジックの基本でね。モノをみせびらかす時ってのは、見せたくないモノトリックがある時だぜ?」

 ヴィランのポケットから障子が奪取した玉は、爆豪と常闇、円ではなく、轟の氷だった。ヴィランは仮面を外し、ペロリと舌を見せる。そこには玉が3つ隠されていた。

「くっそ!!!」
「そんじゃあ、おあとがよろしいようで…」

 と黒霧のワープゲートに消えていこうとするヴィラン。絶体絶命のその時、青白い光のレーザーがヴィランの顔に当たる。こぼれ落ちた3つの玉に全員が走る。
 障子がひとつ掴み、轟の目の前にあったものは他のヴィランによって攫われ、緑谷は重症のあまり動くことが出来なかったため、そのまま回収される。

「確認だ、解除しろ」
「っだよ今のレーザー…俺のショウが台無しだ!」

 ヴィランがパチンと指を鳴らすと、彼の手元に血だらけで意識を失い脱力する円。そして、顔がツギハギの男は、爆豪の首をしっかり持ち、そのまま黒霧のワープゲートは消失した。

「来んな、デク」


 そうして、円と爆豪はヴィランのアジトであろうバーにワープさせられた。着いて早々暴れそうな爆豪であったが、流石に急所を取られているため大人しく拘束具付きの椅子に座った。
 爆豪は一緒に連れてこられた円の存在、そして様子に目を疑う。緑谷が得た襲撃の目標のひとつは爆豪自身だったはず。常闇はアドリブで手に入れたと言っていたが、円の名前はそこでは上がってなかった。

「(こいつも標的だったってことかよ……)」

 円は血まみれで意識もなく、見るからに重症だと分かる。

「血がいっぱい。円ちゃんもカァイイネェ」
「トガちゃんサンプル採取したら?3人以上がノルマなのにヘマしやがって!」
「バカやめろ、その出血量だ。まずは手当してやれ」

 爆豪は円が手当されていく様子を眺めるしかない。白いタオルが赤く染まり、洗っても洗ってもまた赤く染る。元々なまっ白いと思っていた肌色が、今は青ざめて見える。ギリ、と奥歯が鳴った。
 手当が終わり、頭に包帯が巻かれた。念のためと、円の腕には手錠がかけられる。

「もう夜遅い。話しは明日にして、今日は休もうか。駒木円も話せる状態じゃないし」

 そうして夜を明かし、夜明け前に円は目を覚ました。そして冒頭に戻る。

「ここどこ…あの時ラグドールと脳無に襲われて…」
「……肝試しから日ィ跨いで、今は夜明け前だ。んでここはヤツらのアジトにしてるバー、USJにいたヤツら含め8人」
「最悪……。ラグドールは?襲われた時一緒に居たんだけど」
「知らね。ここにはとりあえず、俺とテメェだけだ」
「目的は?」
「詳しい話はテメェが起きてからってことで、これからされんだろ」

 流石の爆豪も、敵の本拠地で圧倒的劣勢に立たされると、いつものキレ散らかす様子はなく、冷静に情報共有をしてくれる。
 ちょうど見張り役のマグネが他のヴィランを呼んでいる。8人全員が集結し、死柄木が2人に対峙する。


「早速だがヒーロー志望の爆豪勝己くん、駒木円さん。俺の仲間にならないか?」
「寝言は寝て死ね」

 そうしてヴィランに拉致された生活が幕を開けた訳だが、当然円たちの体力も、ヴィランの体力も有限だ。首謀者である死柄木が休んだり休憩の合図を取ると、メンバーが順番に見張りに立つ。円や爆豪の食事や排泄も、甲斐甲斐しく行ってくれる。ある程度連合の出方を確認してから、なるべく円と爆豪の二人で重ならないように休息を取る。
 救出がいつになるのか見込みすら分からない、圧倒的不利な状況での長期戦。気が狂いそうな状況であるが、円としては失血により体調は最悪で、尚且つ世話役が女子が1人ということで強制的にトガヒミコだったことが最大のストレスだった。トガヒミコは何故か円に恍惚とした表情を浮かべていて、心底ゾッとするのだ。

「なぁ、駒木円。お前も大したことやってないのに、十年近くそんなもん着けて。みんな個性を公共の場では使わないとは言っても、暗黙のルールで許されてる。駒木円、お前だけが許されないなんておかしいんだ。自分の持って生まれた個性なんだ、自由に使って行こうぜ」
「…決まりを破って痛い目遭ってるのに、また決まりを破るほどバカじゃないのよ。私は正規の方法で自由になるから、放っておいて」

 死柄木弔の勧誘はこんなもんだ。やりたいことやれない子供のワガママと、円の背負う制限を一緒くたにして、不自由なのは可笑しい、自由になろう。
 爆豪も体育祭での不本意な一位を挙げられ、また抑圧されていると自分に投影して、共感している。
 円も爆豪も、そのどちらもが死柄木の言う抑圧からの解放とやらとは根本が違う。でもまあ、これで標的に選ばれた理由は納得できた。


「駒木円は長い間抑圧されすぎたんだ。力の振るい方も、解放感も分からないんだろう?なぁに、一回トベばすぐ思い出す」

 監禁されてからどれだけ経ったのか、窓の塞がれたこのバーではイマイチ分からない。時折点けられる小さなテレビが、ざっくりとした日付感覚と時間感覚を取り戻してくれる。
 例にもよってまた死柄木の勧誘が始まった。今回は敵連合勢揃いである。いつもと違う空気を察し、爆豪の足を蹴って起こす。すぐに目を覚ました爆豪が、臨戦態勢を整え状況分析を始める。

「俺が壊してやるよ」

 死柄木の発言で円は意図を察する。恐らく死柄木の個性である-崩壊-でリミッターを壊す気なのだ。ただでさえリミッターは肩の烙印と連携しているのがUSJの時示唆されたし、許可なく外した時のペナルティなど恐ろしくて考えたこともない。
 円はこめかみにたらりと汗が流れるのを感じた。爆豪もUSJでの一件を見ているからか、顔色を変えた。
 死柄木の合図で、マグネとトゥワイスが円の手枷の錠を外した。爆豪が今にも爆破で暴れ出しそうだが、視線で制す。今暴れても周辺の被害やすぐに保護してもらえるか、連合が折角一同に会しているのだ、全員確保したいがそれも実現か不明瞭だ。
 どちらにせよ円は失血による体調不良に、リミッターのせいでそもそも戦力外なので、リミッターが外れたペナルティを負っても変わるまい。

「さぁ、解き放とうぜ」

 死柄木の両腕が首を絞めるように回され、その五指がリミッターに触れた。特にリミッターが破壊されたことについて、円へのペナルティはない。これでむしろ全開である。

「おっと、わざとじゃあない」
「別に。個性をぶっ放してワガママしたいお年頃じゃあ、コントロールは難しいでしょうし」

 リミッターを隠すように選んでいるホルターネックのスポーツブラ。死柄木がリミッターに触れると同時に、スポーツブラもぺらりと崩壊して、円の胸部が晒される。表情一つ変えず煽り続ける円に、死柄木は意味深に笑う。

「荼毘、やれ」
「な!? …ぃッ」

 脇に控えていた荼毘が、袖口に隠し持っていた注射器を円の二の腕に刺す。唐突な痛み、そして攻撃に円がすぐさま臨戦態勢を取った。しかし、すぐに神経が焼き切れるような、頭のてっぺんから足の先まで雷に打たれたような強い刺激が走り、膝をつく。

「ガ、ァ…ッ 何、入れやがった」
「最近流行ってるクスリだよ。個性を一時的に強化できる」

 リミッターを外された状況で、個性覚醒剤で強制ブースト。円環によって永遠と生み出されるエネルギーが行き場をなくし、暴発する。当然円は個性の訓練をよくしているため、暴発しても被害が出ないよう最小限にとどめている。
 覚醒剤の作用によって被害を最小に留めようとする理性すら飛ばされそうになりながら、床でもんどり打って歯を食いしばって獣のような呻き声を上げながら、ただひたすらに耐える。
 とうとうキレそうな爆豪を、時期を見誤るなと、眼力だけで押し留める。


「この度、我々の不備からヒーロー科一年生28名に被害が及んでしまった事。ヒーロー育成の場でありながら、敵意への防衛を怠り社会に不安を与えたこと。謹んでお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした」

 雄英のヴィランに対する基本姿勢を把握しているはずだが、それが崩された今、あえてそれを説明させようとするマスコミ。マスゴミだ。それでも世論は雄英を、ヒーローを許さない。

「不思議なもんだよなぁ、何故ヒーローが責められてる!?」
「奴らはすこーし対応がズレてただけだ!」
「守るのが仕事だから?誰にだってミスの一つや二つある!
「お前らは完璧でいろ、って!?」
「現代ヒーロってのは堅っ苦しいなァ」

 爆豪くん、と嫌みったらしく付け足された名前にも、爆豪は耐える。

「守るという行為に対価が発生した時点で、ヒーローはヒーローでなくなった。これがステインの教示だ」

 訳わからん。

「人の命を金や自己顕示に変換する異様。それをルールでギチギチと守る社会。敗北者を励ますどころか責め立てる国民」
「俺たちの戦いは“問い” ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか一人一人に考えてもらう!俺たちが勝つつもりだ!
「君も、勝つのは好きだろ」

 筋通ってねぇよ。

 爆豪の拘束も外された。分かってるよな。


「強引な手段だったのは謝るよ。けどな、我々は悪事と呼ばれる行為に勤しむただの暴徒じゃねぇのを分かってくれ」
「君たちを攫ったのは偶々じゃねぇ」
「ここにいる者、事情は違えど人に、ルールに、ヒーローに縛られ…苦しんだ。君ならそれを…」


ボン!!!
バチィ!!!


 爆豪の錠が外されるこの時を待ってた。下手に個性を押し留めるより、ブッパの方が簡単だ。タイミングは示し合わせたように同時だった。
 片方は這いつくばって格好がつかないが、これが反撃の狼煙だ。