刻々と変動する戦況

  うつ伏せに倒れる円を庇うように、手枷を外された爆豪が前に出る。円も動けはしないが、元々遠距離型なのをいいことに、辛うじて頭だけを起こして援護する。
 その時、

「どーもォー、ピザーラ神野店でーす」

 呑気なチャイムと声に、緊迫した戦場が停滞する。それを壁ごとぶち破ったのは、オールマイトだ。オールマイトとともに、シンリンカムイを初めとする錚々たるヒーローたちが突入してくる。
 爆豪は咄嗟に円に覆いかぶさって守り、自身の原点であるオールマイトのヒーロー活動を目の当たりにする。圧倒的で圧巻。オールマイトに優しい言葉をかけられ、気が緩む中でもツンツン精神を忘れない。
 オールマイトもオールマイトで、彼らしい強がりと、ヒーローとして自身の窮地でも誰かを守ろうとする姿勢を、高く評価していた。

「やはり君はまだまだ青二才だ、死柄木。敵連合よ、君らは舐めすぎた、少年少女らの魂を。警察のたゆまぬ捜査を。そして、我々の怒りを!」

 チェックメイトに焦る死柄木だが、追い打ちをかけるように黒霧がエッジショットに敗れる。

「奴はどこにいる!!死柄木!!!」
「お前が!!嫌いだ!!」

 死柄木の背後から黒い液体が吹き出し、脳無が次々と出てくる。黒霧は気絶させられているし、脳無の格納庫は別陣のヒーローたちが制圧しているのに、一体なぜ。

「がっ!?」
「爆豪少年!駒木少女!」
「っだこれ、体が…飲まれっ…!!」
「Nooooooo!!!!」

 黒い液体に転移させられた爆豪は、オール・フォー・ワンの前に立っていた。オール・フォー・ワンの発する絶大なオーラに、黒い液体の臭さや状況把握を一旦置き、戦闘態勢をとる。
 爆豪の背後に、数秒遅れて敵連合が現れる。

「また失敗したね、弔」

 オール・フォー・ワンは優しく、父親のように死柄木を肯定する。

「この子達も、君が大切なコマだと判断したからだ。いくらでもやり直せ、そのために僕が居るんだよ。全ては君のためにある」

 言っていることは最もらしいが、耳障りな含みを持たせていて、爆豪は肌が粟立つ。本能的に退路を確認し、隣に円が倒れ伏しているのを見て、思いとどまる。
 爆豪は靴の先で円の腕をつつく。脱力していた円の腕が、静かに爆豪の足に抵抗してきた時、オール・フォー・ワンが空を見上げた。

「やはり、来たか」
「全て返してもらうぞ!オール・フォー・ワン!!」
「また僕を殺すか、オールマイト」

 爆風に吹っ飛ばされる中、爆豪は円に手を伸ばし、円は個性を使う。爆豪と円は、男と女である。雌雄一体というのは、生命の循環において重要な要素である。そうして二人を円環に閉じ込め、結び付きを強める。

「ごめん、無理」
「ハッ、三流には良いハンデだ」

 失血、覚醒剤とダメージを受け続けた円は、意識を保つのもギリギリだった。生命の危機に本能的に抗っているだけに過ぎない。もう動けないことを端的に告げると、爆豪は笑った。
 爆豪は賢い。劣勢なのも、円というお荷物を抱えて適う相手でないことは分かっている。痩せ我慢をしながら笑う爆豪は、誰よりもヒーローだった。

「衰えたね、オールマイト」
「貴様こそなんだその工業地帯のようなマスクは!だいぶ無理してるんじゃあないか!?」

 オールマイトの攻撃を、オール・フォー・ワンは素手で弾き返した。

「5年前と同じ過ちは犯さん、オール・フォー・ワン。爆豪少年と駒木少女を取り返す!そして貴様は今度こそ刑務所にブチ込む!貴様の操る敵連合諸共!」
「それは…やることが多くて大変だな。お互いに」

 ビル群ひと区画を、消し飛ばしてしまうほどの攻撃だった。土煙にオールマイトと姿を失うが、すぐ側のオール・フォー・ワンは見失わない。

「オールマイトぉ!」
「心配しなくてもあの程度じゃ死なないよ。だから弔、ここは逃げろ。その子たちを連れて」

 オール・フォー・ワンの指先が電子回路のようになり、黒霧を貫いて弄る。黒霧の頭と腕のモヤが広がり、ワープゲートが開いた。

「さあ行け」
「先生は…。!」
「逃がさん!!」
「常に考えろ弔。君はまだまだ成長できるんだ」

 オールマイトとオール・フォー・ワンがぶつかる。そして、爆豪と円と、敵連合たちもぶつかろうとしていた。

「めん、ドクセー」

 爆豪は敵連合と相対する。敵連合が六人がかりなのに対し、爆豪はほぼ一人で、なんならお荷物を抱えている。その中でも、自身をさらったMr.コンプレスを特に警戒して、距離を保ったまま防戦に徹している。
 オールマイトが助力に来ようとするが、オール・フォー・ワンに足止めを食らう。防戦は爆豪にとって最良手だが、状況的には悪手だ。オールマイトのお荷物になっている。

「いった!!」
「後ろ…注意……」
「クソが…!」

 背後からMr.コンプレスとトガヒミコがやって来た。Mr.コンプレスの個性の厄介さ、トガヒミコの足音や気配を殺す術、全部が致命的だった。
 円がかろうじて張った探知センサーにひっかかり、軽い電撃が走って爆豪と円に知らせる。普段の円なら、探知センサーに加えて、オート迎撃機能くらい付けただろう。
 爆豪は背後の警戒を怠ったことにも、円に助けられたことも気に食わなかった。円の顔色は土気色で、目もほとんど開いておらず、四肢は脱力して爆豪に委ねられている。そんな奴に助けられるなんて、爆豪のプライドが許さなかった。

 状況はジリ貧だ。ヒットアンドアウェイにより、戦況は変わっていないが、ほぼ1対6では体力的にも分が悪い。現に、先程から円の体が異様に冷たく、呼吸音がおかしくなってきている。
 爆豪は頭が沸騰しそうなほどの怒りに支配される。守らなければならない人も、己すら守れず、オールマイトに守られている。そして、雑魚すら倒すには至らず防戦一方で、オールマイトの足を引っ張っている。離脱が最善手だが、それを選ばせてくれるほど甘い相手ではなかった。

「オイ!駒木!まだ落ちんな!」
「わ、って、けど」
「白目剥いてんぞ!!」
「レディに、なんてこと、言ってんの…!」

 恐怖だろうが怒りだろうがなんだっていい。円が意識を失い、個性が失われれば。センサーによる警戒が消えるのはもちろん、二人を不思議な力でくっつけているのも失われる。そうなれば、爆豪は円を見捨てるか、両手を塞がれる代わりにおんぶして駆けるしかない。どちらを選んだとしても厳しいし、どちらを選ぶつもりもなかった。
 頭の回転数を上げていると、残っていた隣のビルとの間の塀がぶち破られた。切島を先頭に飯田と緑谷、あの氷のジャンプ台は轟だろうか。

「来い!」

 戦場を上空から横断する中、切島が手を伸ばして叫んだ。

「ライトニング!!」

 最後の力を振り絞って、センサーを拡大して敵連合に雷撃を食らわせる。牽制程度の威力しか出ていない。

「爆豪!行こう!!」

 爆豪の体にパチンと紫電が走った。体が軽い。爆豪は爆発を起こして飛び上がり、切島の手を握った。

「バカかよ…!」

 爆豪が悪態をつく。自分の肩にしがみつく腕が、ずるりと緩んで、爆豪は切島と繋ぐもう片方の腕で、円を不自然な形ながらも抱きとめる。
 円が意識を飛ばし、センサーが切れた。後ろを見ると、敵連合の追跡が既に来ていて焦るが、Mt.レディが文字通り肉壁となって、離脱の手助けをしてくれた。



「おい、おい!駒木!!しっかりしろ!!」

 地面に着地して、緑谷は別れた轟と合流しようと連絡を取る。切島も飯田も、ひとまず無事に奪還と離脱を成功させて、それを噛み締めていた。爆豪だけが、まだ戦っていた。
 頬を叩かれてもピクリとも反応しない、円の顔色は土気色だった。唇が紫でチアノーゼを呈しているし、体温がとにかく低く、指先が小さく震えている。

「飯田ァ!AED!!」

 爆豪は手首と首の動脈で拍動を確かめ、舌打ちをしてAEDを依頼する。拍動は弱く感じられたが、異常なのかどうか分からなかったので、AEDに判断を委ねた。
 円を仰向けに寝かせて、爆豪は切島の薄っぺらっくて安物のジャケットを追い剥ぎ、かけてやる。今まで爆豪の体や、円の髪の毛で辛うじて隠していたが、円は辱めを受けたのだ。
 爆豪は震える手で、円の羞恥心に配慮しつつ、パッドを貼り付ける。自動的に心電図が継続され、電気ショックの有無を判断する。

「なあ、爆豪。駒木、息…」

 してない、の言葉は続かなかった。AEDが無機質にショックの必要性を訴えだした。飯田が触れないよう指示を出し、ボタンを押した。ビクン、と円が身体を揺らした。

「戻ってこいや…!!」

 爆豪はすぐさま心臓マッサージを開始し、規定の回数を終えると、人工呼吸する。普段なら清潔なハンカチくらい持っているが、たかが肝試しだと、持ってきていなかったし、持っていたところで最近の戦闘やら監禁生活やらで、きっと汚れていたことだろう。
 円の小さな鼻をつまんで顎を上げる。唇を包み込むように合わせると、ふぅと息を吹き込む。円の胸郭が僅かに上がった。
 それを何度か繰り返し、円は自発呼吸は取り戻し、命の危機からは脱した。一同が冷や汗を拭っていると、八百万と轟がやっと合流した。

「おいポニーテール。こいつになんか、適当な上作ってやってくれ」
「それは、まさかそういうことですの?」
「いや、最悪は無い。ただやばい薬盛られて、さっき一度心臓と呼吸が止まってる。体温もどんどん下がっとる」
「かしこまりましたわ。すぐに。爆豪さん、駒木さんの身体を支えてくださいまし」

 八百万によってブラトップや毛布等が創造されて、円は安心と尊厳を取り戻す。戦場と近いが、衝撃のない駅にはたくさんの人が溢れていて、円の元へは救急隊の到着が遅れていた。

「君が守ってきたものを奪う。まずは怪我をおして隠し続けたその矜恃。惨めな姿を世間に晒せ、平和の象徴」
「体が朽ち衰えようとも、姿を晒されようとも…。私の心は依然、平和の象徴!一欠片と手奪えるものじゃあない!」
「素晴らしい。強情できかん坊な事を忘れていた。じゃあこれも君の心にはし笑ないかな…。あのね、死柄木弔は志村菜奈の孫だよ」

 初めてオールマイトの顔色が変わった。

「君と弔が会う機会を作った、君は弔を下したね。何も知らず勝ち誇った笑顔で」
「嘘だ…」
「事実さ。僕のやりそうなことだ」

 オールマイトの笑みが消えていた。絶望に打ちひしがれている。ヒーローがピンチの時、誰が助けれくれるんだろう。

「負けないで…。オールマイト、お願い、救けて」

 一方駅前でも、テレビ中継局を見ながら多くの、 一般人が不安を吐露する。だけどそれ以上に、声援が大きくなる。

「「勝てや!オールマイトォ!!!」」


「ああ、ヒーローは守るものが多いんだよ、オール・フォー・ワン。だから、負けないんだよ」