原点

  円は意識を飛ばし、夢を見ていた。


 初めは母の墓前からだった。雨が白い墓石と、黒衣の円を濡らす。体は冷えていくが、喉の更に奥が暑くてしょうがなかった。
 母と二人、慎ましく暮らすのは好きだった。でも、母は私の奥にアイツを重ねる。どんなに母に尽くしても、母の心の隙間は埋められず、報われない。私じゃなくて、アイツじゃなきゃダメだった。

 どうして!?どうして愛してると口では言っても、何もしないの!?
 そう父親を糾弾して、義理の母が忌々しそうに私の後ろに、母の影を見る。焼印を押す時の義理の母は、愉悦に満ちていた。

 やっと見た。やっと私たちを見た。
 庶子と認めた上で、破門の焼印を押すなんて。
 痛い。誇らしい。許せない。どうして。

 やり方が間違っているのはわかっている。でも、母が喜ばないのも分かってる。でも、母の尊厳のために戦ったのは誇っている。


 私は母のヒーローになりたくて、なれなかったのだ。



 雄英学園に通いだして、たくさんのヒーローと、ヒーローの卵たちを見た。誰もが色々な理由からヒーローを志している。

「お母さんのためにヒーローに?ええやん!立派!」

 クラスメイトが褒めてくれる気がした。
 でも、もう母はいない。母じゃない、誰かを、弱者を。助けられなかった母を投影してるわけじゃないけど、そんな人たちを、助けたい。




「おい!舐めプ女!!ぼさっとさんなや!」

 思わず笑いがこぼれた。彼ほどヒーローの人間はなかなかいない。裏表がなくて、粗雑に見えるけど、実は色々と考えているの。
 さっきの戦いだって、一度も円を見捨てる素振りを見せなかった。ヒーローとしての憧れに、首を絞められてしまうような不器用な君。死に物狂いで憧れに向けてひた走る君は、世界で一番のヒーローに違いなかった。





「起きたか」
「相澤センセ…?」
「合宿の肝試し中、敵の襲撃を受けた。お前は敵に攫われ、オールマイトに救出された。ここまで分かるか?」
「はい」
「お前は頭部を切りつけられ、多量の失血。さらに違法薬物を注入され、薬物の離脱症状により一週間暴れ続けたので、精神科閉鎖病棟に収容された」
「なるほど、道理で体が動かないわけです」

 相澤は淡々と状況を説明し、寝起きの円に容赦しない。円も円で、通常運転の相澤に、いつもの冷静さを取り戻して、現状を把握していた。

「今後の流れだ。今話した感じ、薬物の影響は完全に消えただろう。医師の診察と検査後、拘束具の除去と開放病棟へ移る。その間に警察から事情聴取があるから、応じるように」
「はあ」
「それから、敵襲撃を受けて、新学期から全寮制になる」
「内通者の炙り出しって訳ですね」
「…お前、勘が良すぎるよ」

 全寮制というのは、敵の襲撃からまとめて守る利便性もあるが、それ以上に相互監視体制を築くことができる。今回の合宿は、USJや木椰子地区ショッピングモールでの死柄木弔の接触から、生徒たちにすら行き先を告知されず、実施された。にも関わらず、敵連合の襲撃を受けたということは、内通者が居るのが最も疑わしい。
 相澤は嘆息して、円を胡乱な目で見る。全寮制の是非について問おうとする相澤を制するように、円が口を開く。

「私は構いませんよ。親の許可も要りませんし。一応保護者に説明するんでしょうけど、あの人はその辺気にする人でもないですし」
「分かった。お前はしばらく入院だから、部屋を整えたりは保護者の方とA組の生徒たちに任せていいか?」
「保護者は頼りないので、F組の数多万代に依頼してください。彼女、友達なので」
「ああ、彼女か。今は閉鎖病棟だから面会不可だと追い返していたが、移ったらどうせ来るだろうから、頼んでおくように」
「はーい」

 万代にはとても心配をかけたはずだ。面会の時は、しばらく泣きつかれて話して貰えないだろう。少し事前に覚悟しておくこととする。
 要件は終わったはずだが、相澤はまだ病室にとどまっている。相澤に呼ばれたであろう医師と看護師がゾロゾロやってきて、相澤は隅へ追いやられて円の診察が始まった。

「相澤せんせ。私ちょっと頭回ってきたので、だいたい想像つきますよ。私のこと、バレたんでしょ?」
「…そうだ」
「でも全寮制の話したってことは、退学はなしってことでOK?」
「ああ。退学させない。お前はヒーロー科1年A組の生徒だ」
「なら別にいいよ。どうせ時間の問題だったし」

 けろりと笑う円に、相澤が苦い顔をする。今まで腫れ物扱いばかりされてきた円には、相澤がここまで心を揺らしてくれることが嬉しかった。

「私、記者会見開きたいです」
「それは…」
「このままうやむやにしたままヒーローになって叩かれるより、やっぱり説明しておいた方がいいと思うんですよ。あ、もちろん策なしじゃないですよ?まずは、雄英の弁護士とか代理人立てるでしょ?私は矢面に立たず文書のみでしょ?それからベストジーニストさんとかに私の評価インタビューさせて、世論操作するでしょ?」
「分かった分かった。そこまで考えてるなら良い。弁護士はこちらで手配する。ただ、ベストジーニストは休業中だ」
「休業?」
「オール・フォー・ワンに敗れて、重症だ」
「……最悪」

 あの時既に意識朦朧としていた円だが、オール・フォー・ワンのやばさは覚えている。悪のカリスマと評するべき、才覚と個性だった。オールマイトと互角だったのだ、ベストジーニストでは善戦はできても勝てはしないだろう。
 円は狂った予定を修正しつつ、自分のプレゼンの仕方を考えていく。万代はサポート科だが、実家は商家で経営に詳しい。万代や雄英の経営科に協力を仰ぐのも良いだろう。今後のヒーロー活動に向けて、予想回答集も用意しておいた方がいい。
 と緑谷なみのブツブツを大袈裟にやってやると、相澤は観念したようだった。ポン、と円の頭に手を置くと、微笑を浮かべる。初めて見た笑い方だ。

「お前はヒーローに向いてるよ」
「だって私、強いもん」

 ニヤリ、と笑うと、相澤は生意気だと言わんばかりに額にデコピンを食らわせてくる。意外と痛い。相澤は背を向けて、病室を後にする。
 ドアを閉める前、立ち止まってこちらを振り返る。

「ヒーロー名、考えておけよ」

 なんと、課題が出された。