ヒーロー宣言

 「よ!」
「駒木(さん)(ちゃん)!!!!」

 あれから相澤の言う通りの流れで進んだ。あの後すぐに警察が来て事情聴取してきたけど、円が話す必要性があったのは肝試しから誘拐されるまでの流れで、それ以降は爆豪の方が詳しい。一応、と求められたので、円視点の話しもしたが、爆豪の方が細かいところまで覚えていそうで、蛇足だと思った。
 一般病棟に移って万代が面会に来て、それはもう泣かれて、きついほど締めあげられた。そして、寮の部屋の依頼や記者会見について話すと、にっっっこり笑っていた。友達として、プロデューサーとして、マスメディアのやり口にかなり思うところがあったようで、反撃のチャンスにメラメラと燃えていた。
 そして、退院日。相澤と共に退院手続きを済ませ、学校に向かう。夏休みの間で作ったとは思えないクオリティの、クラス別の寮がずらりと並んでおり、壮観だ。ハイツアライアンスの玄関をくぐると、リビングのような共有スペースに居たクラスメイトがダパァっ!と泣いた。

「無事でよかった!」
「退院出来たんだねー!」
「死んでなぐでよがっだぁ!」
「もう体は大丈夫なんですか?」
「ウチ、他の子たち呼んでくる!」
「いやいや、聞き取れないってば!」

 みんなが駆け寄ってきて、涙を流して、再会を喜んでくれる。今まで孤独に生きた円にとって、初めてのあたたかな居場所である。

「速報です。誘拐されていた雄英高校ヒーロー科、駒木円さん。ヒーローと敵の是非が問われる渦中の彼女から、声明が発表されました」
「オイ!駒木!お前テレビ映ってる!」
「そうなるよう時間調整したからね」

 峰田がテレビを指さす。付けっぱなしになっていたお昼のワイドショーで、円の声明が取り上げられている。見よ見よ、と円はシレッと輪の中から抜けてソファの真ん中に陣どる。クラスメイトも感動を分かち合う最中であったが、円につられてテレビの方へ向かった。
 放送されている円の声明は、ビデオメッセージだ。文書より直接的で、婉曲されない。内容は何度もリテイクした、最高傑作である。

「駒木円です。私がヒーローを志すことに、良くない思いをされる方が多いことは存じております。ヒーローに相応しいか否か、判断していただくためひも、私のことを知って欲しいと思い、撮影に臨んでいます」
「事件の詳細は触れませんが、私は小学校一年生の時、敵と認定され、以降個性制御のリミッターと監視の下生活していました」
「過ちを犯したら償わなければなりません。私はこの10年間、贖罪の思いで過ごしてまいりました。では、いつまで償えばいいのでしょうか」
「人は誰もが間違えます。それが取り返しのつかないことだってあります。許されない罪もあります。では、私の犯した罪は、どうでしょうか?」
「私は、夢を追うことを許されないのでしょうか。それがヒーローだがら、許されないのでしょうか。私は自分が罪を犯して償ったからこそ、私にしかなれないヒーローがあると考えました。雄英高校はきっと、私にヒーロー性があると判断して、入学を認めてくれたのだと思います。私はそれに応えたい」

 事件の詳細は、公安委員会や外務省が圧力をかけているので、語れない。あくまで罪を償った、その先について焦点を置いて、円は演説する。
 ビデオメッセージが終わり、アナウンサーがコメンテーターに話を振る。色々な議論が行われる中、スマホでSNSをチェックすると、事件の詳細を調べようとして出来ず陰謀論を叫ぶ者、常識的に考えてヒーローが務まると思えないと反対派、情状酌量の余地はあると穏健派。たくさんの人たちが、円について議論している。

「プロパガンダっていうの。今は火に油を注ぐことになってるけど、これで世論の私への評価は“敵なのにヒーロー目指してるなんかヤバい奴”から、良くも悪くも変わる。どうせ燃えるなら、いっそ派手に萌えておいたほうが、後が楽だしね」
「なんで説得しないんだ?こんな受け手次第の言い方しなくても…」
「断定はより強い否定を生むのよ。それに、こうやって大騒ぎしてるのは過激派で、多くのユーザは傍観者なの。私は傍観者を土俵に引きずり出すまではいかなくても、ちょっとこれってどうなんだろ?って考えさせれば満足」
「あー、お前らもヒーローやるなら炎上対策はやっとけよ。その辺はいずれ授業でもやるし、経営科に相談してもいい。ただし駒木は真似するな」
「ちょ、せんせ!?私ちゃんと相談して許可も得てるのにー!」
「お前のそれはマイナススタートだから打てる戦略だろ。こいつらにさせたら、逆効果だ」
「あー、それは確かに?」

 相澤と円の掛け合いに、A組の面々は目を白黒させた。





「あ、爆豪」

 風呂上がりの爆豪を呼び止めて、ベランダのようなスペースに出る。少しひそひそ声が気になったが、誘拐組だからと都合よく解釈して欲しい。やましいこともないので、意識的に堂々とする。

「まずは、お荷物になってごめん。それから、助けてくれてありがとう」
「別に」

 いつもの爆豪なら、お荷物な時点でキレ散らかしているのに、今日はいやにしおらしい。

「私、今まで散々舐めた態度かましてたけど、本腰入れてヒーロー目指すことにしたよ」
「ニュースで見た。犯罪者のヒーローになるんか?」
「嫌な言い方するな…。正しくは、罪を償い終えた人達の救済と、新たな犯罪の抑止だよ。再犯率を下げて、もっと安全な世の中にするの」
「大層なこった」

 ケッと爆豪はいう。自分もオールマイトという大層な目標を掲げているくせに、よく言うと円は思う。

「爆豪のおかげだよ」
「俺ぁ、なんもしてねぇ」

 その答えが予想通りすぎて、円はふふっと笑みをこぼす。
 爆豪はいつも真正面から食ってかかってきた。気に食わないと言い、舐めるなと牽制し、明らかな悪意をバカ正直に伝えてきた。初めは煩わしいと思っていた。けれど、爆豪勝己という人物を知れば知るほど、粗暴な言動に似つかわしくない、ヒーローに相応しい男であると知る。これほど真っ直ぐにヒーローに憧れ、自分を追い込むほど誇りを持ち、日々を実直に過ごす。そんな男の背を追いたくなったのだ。
 爆豪は円が答えないのを察して、不完全燃焼だと口をへの字にする。さすがに気持ち悪いし、意味不明だと思ったので、ヒント与えることにする。

「爆豪が私の原点だよ」
「そォかよ」

 今度は円が黙る番だった。夏休みがもうすぐ終わろうとしているが、夜でもまだ暑い。湿気を孕んだ風が、2人の髪を揺らした。
 爆豪が円の前髪をいじった。少し驚いたが、好きにさせる。爆豪は前髪を避けて、額の端にある傷を撫でる。合宿の時脳無負わされた傷は、リカバリーガールに治癒してもらったが、残ってしまった。時間が経てば薄れるし、元々前髪で隠れる位置な上に、メイクでカバーも出来るので、大して気にしていなかった。

「痕、残るんか」
「うん、まあ。うっすら?」
「そうか」

 爆豪は傷を撫でたあと手をおろし、ぎゅっと握りしめる。
 ああ、ヒーローとして誰よりもプライドの高い男を、傷つけてしまった。円は“守れなかったモノの証明”として、爆豪の戒めとなった。それが悲しくて切なくて、胸がきゅっと締め付けられる。

「……次は、必ず俺が助ける」

 絞り出すように、小さな声で呟かれた。次なんてないよ、私も強くなる。は可愛げがない。聞こえなかったふりもナンセンスだ。

「うん。約束ね、私のヒーロー」

 素直にそう言うと、正解だったようだ。スン、と爆豪が鼻を啜って、円は先に部屋に戻った。