痺れる殺意
「あ」
「お」
通過できる百人のうち半数が埋まった頃、轟が控え室に入ってきた。轟は周囲を見渡して、円だけなのを確かめている。
「皆まだなのか」
「体育祭で個性の割れてる雄英生って狙われるんだってさ。雄英狩りなんて呼ばれてて、それでみんな手こずってるんじゃないかな」
「ああ。……なんか見られてないか?」
「私は神野の件で悪い意味で有名人だからね〜。君も、なんか士傑の人にすんごい形相で見られてるけど、心当たりあるの?」
「いや、ねぇな。推薦入試で会ってるはずなんだが、記憶にねぇ」
「かわいそ」
残り四分の三を切ったくらいで、爆豪、切島、上鳴、緑谷、瀬呂、麗日が通過してきた。
「爆豪!」
「チッ。お前らが先かよ」
「私が雄英で一番。イ・チ・バ・ン」
「うっせぇな!」
緑谷がハラハラしているが、爆豪とはこうして煽ったり気軽るな仲なので安心して欲しい。爆豪はなにかとアイデア豊富で、頭が良いので、必殺技考案時は本当に助けられたのだ。
残り枠数が減ってきた中で、残るA組十人が無事に通過でき、A組は誰一人欠けることなく通過を決めた。
「えー、百人の皆さん。これ、ご覧下さい」
先程までの試験会場が爆発されていく。何故に。
「皆さんにはこの被災現場で、バイスタンダーとして救助演習を行ってもらいます」
破壊された会場に見えた人影は、要救助者役のエキストラ団体らしい。採点は救出活動をポイントで採点していき、終了時に基準点を満たしていれば合格となるらしい。
「神野区を模しているのかな」
緑谷が呟いた。あの時、神野は脳無や、オール・フォー・ワンとオールマイトとの戦いで荒廃した。今も復興活動は続いているし、倒壊した建物の下敷きになって随分と死傷者が出た。
敵連合の出現や平和の象徴の引退により、敵犯罪の悪質化が不安死されている。その中でヒーローになる世代は、厳しい時代になるようだ。
「やることは一緒だよ。私は回復の手段はないけど、それ以上悪化させない個性の使い方があるから、前線での救助活動に参加するよ」
「でしたら、わたくしも同行しますわ。創造も色々とお役に立てると思うのです」
「後は救助者の発見と運搬役かな」
ジリリリリ、とけたたましい警報が鳴り響く。
《敵によるテロが発生!規模は××市全域、建物倒壊により傷病者多数!道路の損害が激しく救急先着隊の到着に著しい遅れ!到着するまでの救助活動
はその場にいるヒーロー達が指揮を執り行う!一人でも多くの命を救い出すこと!》
「耳郎ちゃん、障子くん、捜索!二人を中心に、パワー系個性とサポート系が分かれるように二班に別れる!その他は他校と協力!」
「ラジャー!」
「了解した。俺は力もあるから、駒木とより重篤な被災者救助に向かおう」
「障子くん、そしたら出来るだけ小さい音を拾って欲しい。声も出せない状況の人が居るはず」
ざっくりとした指揮を円が執り、細かな指示を八百万が出す。障子が見つけたトリアージにおける赤タグ(重傷者)の被災者を中心に救助していき、円が悪化防止の個性をかけ、飯田が運搬していく。
「駒木、汗が……」
「ちょおっと、この使い方ってリソース割くんだよねぇ」
USJで13号や相澤に施した延命、悪化防止の技は、アーチフィジカル・サキュレーションという。身体は呼吸や血液を初めとした循環に支えられている。円環の個性により、その循環を外傷に関係なく、円滑に行うことが出来る。人体に繊細に干渉する上で、それなりの精密さが求められる。
でも、爆豪ならこういう苦境で笑う。駒木が笑うと、障子はその後何も追求しなかった。有難いことだ。
「お前は、敵だろう!!!」
腹部に鉄骨の刺さった高齢男性だった。出血量も多く見るからに重症だが、怒鳴れるくらいには意識がしっかりしている。トリアージにおける、黄色タグ(重症だが、ひとまずの急変リスクは無い)だ。
障子が気遣わしげに円を見た。散々言われてきたことだ。
「飯田くん!こっちに来て欲しい。処置は終えてるから、運搬お願い」
「あ、おい!お前!」
「出血は止めてるけど、これ以上血圧が上がるとまずいから、なだめつつ迅速に対応して欲しい」
「分かった!ご老人!救護所へお連れします!」
円は迷わず対応を変わることにした。飯田に申し送ったよう、怒りによる血圧上昇は良くない。それに、こんな異常事態ではまともな精神状態ではない。障子に回しても良かったが、障子は根強く偏見の残る異形型の個性であるし、何より捜索役を前線で失う訳にはいかなかった。その点、飯田はオールグリーン、適任だった。
「駒木、気にするな」
「大丈夫。言われ慣れてる」
言われ慣れたセリフだった。でも、命を助けようとしている中で、その手を振り払われるのは嫌な感じがした。
「俺も怖がられることには慣れている。気を遣わせたか」
「いや、飯田くんが適任だと判断したからだよ。何より、障子くんには障子くんにしか出来ない役割があるでしょ」
「違いない」
「おーーい!駒木くん!障子くん!戻ったぞ!」
障子が誰よりも早く気付いたが、それは雷のような速さで接近してきた。
「アリューシャがヒーローになれると思ってんの!!?」
円が咄嗟に避ける。士傑の女子生徒だ。その身体には紫電が纏われている。
「飯田くん!レシプロで体当たり!」
「しかし、」
「こんな被災者がどこに埋まってるか分からないところで暴れられない!狙いが私なら、隔離一択でしょ!」
「…分かった!!!」
飯田のレシプロバーストで、円ごと士傑の女子を強制的に移動させる。避難の終わったエリアまで連れて貰うと、飯田を障子のもとへ返す。
「今優先すべきは被災者の救助でしょ!?行って、委員長!」
「駒木くん!!気を付けるんだぞ!!」
飯田が去って、静かに士傑の女子と対面する。その目は殺気と嫌悪に満ちており、赤いリップの唇がデジャヴに感じる。
「その個性…。私をアリューシャと呼ぶってことは、リンゼイの人間?」
「ジュリア・F・リンゼイよ」
「Fってことは、本家の人間ね。どうりで私が嫌いなわけね」
どうりで昔の記憶とダブるわけだ。こいつは、円に烙印を押したあの女の娘なのだから。Fというミドルネームは本家の、当主の血を引く者しか許されない。
「なんで士傑に居るかは知らないけど、ヒーロー科やってるんなら、こんなことやってる場合じゃないでしょ!!」
「お前を殺す以上に、優先することはないだろう?」
「……ヒーロー失格ね。せめて皆の邪魔はしないでよね!!!」
お互いに雷撃を発生させ、ぶつかり合う。衝撃で爆風が巻き起こった。