襲来

  学校生活にだいぶ慣れるだけの時間が経過した。円の立ち位置は変わらず微妙なものとなっている。初日の個性把握テストやオールマイトによるヒーロー基礎学での戦闘訓練でも円は手を抜いたし、先日のマスコミが校内に侵入した件について円の関与が疑われている可能性もあり、円は生徒からも教師からも悪い視線を集めていた。
 そんなある日の午後、今日もこれからヒーロー基礎学の授業がある。相澤、オールマイト、もう1人の3人体制で人命救助訓練-レスキュー-が行われるそうだ。コスチュームの使用は自由となっているが、大多数がコスチュームの着用を選択している。
 円は中等部からの友人で現在雄英高校サポート科に通う数多 万代-あまた ましろ-にコスチュームの作成を依頼していた。初回のヒーロー基礎学には間に合わなかったため、今回初のお披露目となる。

 ホルターネックのショートタンクとスキニーボトムは黒のストレッチのきいた特殊レザーを用いている。フープピアスやバングル、ベルトは金の大ぶりのものを採用しアクセントになっている。メイクは濃いめでボルドーのアイシャドウ、ネイルも合わせている。長い黒髪は高い位置で1つに束ねることで、ホルターネックにより露出している肩甲骨がよく見える。

「駒木も今日はコスチュームなん、だ、な…」
「使用感を確かめるためにも、ね」

 元気よく話しかけた切島であったが、近づくにつれて言葉が詰まる。円は彼やその他のクラスメイトが円に向ける視線の理由に見当がついている。露出の多いコスチュームであるがそれではない。露出された背中、右の肩甲骨に焼き印があるのだ。魔方陣のような円と複雑な文様、そして中央にはアルファベットのAのような文字。幼いころに負ったのか、成長に伴って皮膚が伸び不自然にひきつっている。
 普通隠したくなるような傷跡である。しかしこれを見えるようなコスチュームにするようオーダーしたのは円の希望である。円は制服やジャージでは見えなかった焼き印を誇らしげにしゃんとして晒している。相澤はそれに一瞥し、バスに乗り込むよう促した。

「すっげー!!USJみてぇ!」
「水難事故、土砂災害、火事…エトセトラ。あらゆる事故や災害を想定し僕がつくった演習場です。その名もウソの災害や事故ルーム!」

 今日の担当のもう一人はスペースヒーロー13号であるらしい。災害救助での活躍がめざましいヒーローである。しかし、オールマイトが不在である。相澤がそれについて13号に説明を求める。小声であるため聞こえないが、オールマイト不在で授業は開始されるようである。

「えー、始める前にお小言をひとつ、ふたつ、みっつ…よっつ…。皆さんご存知だとは思いますが、僕の個性は“ブラックホール”。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その個性でどんな災害からも人をすくい上げるんですよね」
「ええ…。しかし簡単に人を殺せる力です。みんなの中にもそういう個性がいるでしょう。超人社会は個性の使用をし資格制にし、厳しく規制することで一見なりなっているようには見えます。しかし一歩間違えれば容易に人を殺せるいきすぎた個性をここが持っていることを忘れないでください。
相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体感したかと思います。この授業では心機一転!人命のために個性をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない。救-たす-けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな」

 13号の話は超人社会の闇に触れる事柄である。個性が発現し現代にいたるまで、個性を持つ者同士が子どもを成し、個性は子どもに遺伝し、また子どもを成し…と個性は掛け合わされることにより複雑化しより強大な力となっていった。それを悪用するのがヴィランなのである。
 皆が13号に対して賞賛を送る中、円は思案していた。己はヴィランとヒーロー、どちらなのかと。その時ピリついた何かを察知した。ちょうど広間の中央付近である。そちらをじっと見つめていると、黒い靄が渦巻き、そこから悪意の塊が姿を現した。

「一塊になって動くな!!!」

 いち早く気付いた相澤が叫ぶ。クラスメイトは状況が飲み込めず呆然としている。

「何だありゃ!?また入試ん時みたいなもう始まってるパターン?」
「動くな!あれヴィランだ!!!」

 円の中でピースが繋がった。マスコミが侵入した騒動はこいつらヴィランの計画によるもの。そしてその目的はオールマイトであること。そのためにカリキュラムを奪取し、ヒーローの多い校舎から遠く隔離されたこのヒーロー基礎学の授業を狙った。

「折角こんなに大衆引き連れてきたのにさ…オールマイト、平和の象徴、いないなんて…。子供を殺せば来るのかな?」

 身体に手を貼り付けた少年にも見えるような年頃の男がいった。髪が長く顔にも大きな手が張り付いているため表情は読めない。しかし隠れた眼光が鈍く悪意を宿していることだけははっきりと伝わる。
 円は思わず生唾を飲み込み、頬に伝った冷汗もそのままに立ち尽くしていた。

「先生、侵入者用センサーは!」
「もちろんありますが…」
「現れたのはここだけ科学校全体か…。なんにせよセンサーが反応しねぇなら、向こうにそういうことできる個性がいるってことだな」

 相澤は13号に生徒の保護と防衛を託すと、中央広場へ駆けおりた。個性を視て消して、集団における連携の遅れを突く。体さばきもプロに相応しいものであり、圧倒的戦力差にもかかわらず翻弄している。
 13号の指示で避難を開始したが、靄が眼前に広がる。

「初めまして、我々は敵<ヴィラン>連合。僭越ながら…この度ヒーローの巣窟 雄英高校に入らせていただいたのは、平和の象徴 オールマイトに息絶えていただきたいと思ってのことでして」

 靄がゆらめく。13号が指先の蓋を外す。

「まぁ…それとは関係なく私の役目はこれ。散らして、殺す」

 爆豪と切島が靄のヴィランに襲い掛かる。円はこれを愚行と判断した。プロヒーローである13号に戦闘は任せるべきであるし、なにより守るべき生徒が自分とヴィランとの間にいては13号は個性を使用できない。
 その一瞬を突かれ、靄がぶわりと広がって生徒を包む。

「伏せて!!!」

 円が反射的に叫んだことだった。すぐ近くの腕が複数ある大柄な男子が周囲の生徒を抱き、伏せた。靄が晴れて周囲を見渡したが、13号と円、大柄な男子が庇った生徒数人しかいない。最初の侵入の際、あの靄からヴィランが出現したのを見ると、その個性はワープに類似するものと推察される。

「みんな居るか!? 確認できるか!?」
「散り散りにはなっているが、この施設内にいる」

 飯田の叫びに、大柄な男子が腕の先に耳をつくり確認する。
 状況は最悪である。一番厄介と思われる物理攻撃無効のワープのヴィランが目の前に、対するは生徒数名と戦闘経験に乏しい13号である。相澤も手を離せる状況でなく、さらに生徒はどこかでヴィランと対峙している。
 委員長、と13号が飯田を呼んだ。

「君に託します。学校まで駆けてこの事を伝えてください」

 13号は最善を指示した。警報は鳴らず、電話は圏外で不通。警報機は赤外線式であるが、イレイザーヘッドが個性を消しまわっているのに作動しないのは、それを妨害可能な個性が居て即座に隠した線が濃厚である。それを探し回るよりも、飯田がその個性を活かして駆けた方が速いだろう。

 13号が靄を吸い込む。しかし靄はワープゲートを展開し、その吸い込む先を13号の背後に設定した。13号は自身の個性で背中を分解され地に臥した。飯田の足が止まるが、生徒に激励され走り出す。
 飯田の前に靄が広がる。それを先ほどの大柄な男子がその大きな腕で靄を包み込み妨害する。飯田が駆けて外を目指す。靄が後を追うが、麗日が靄が身につけていた装具を掴み、投げた。それをテープの個性の瀬呂が方向を修正し放した。飯田は無事に外へ。

「ぁ……」

 不意に見た中央広場では、脳みそがむき出しになっている化け物が、相澤を圧倒していた。相澤も13号も戦闘不能。ヴィランはまだ残っている。飯田が校舎まで駆けて他のヒーローをかき集めて再度戻ってくるまでに、どれだけかかるか。
 それまでに、相澤を圧倒したヴィランがいる軍勢に対して、どう対抗して生き残るのか。