時間稼ぎ

 「駒木さん」

 13号の手当てをしていると、不意に名前を呼ばれた。

「君の制限<リミッター>を解除します。万が一の時は、守るために個性を使ってください」
「…私が個性を使うということは、そういうことですよ」
「構いません。全責任は僕が負いましょう。残念ですが、今の僕では戦力になりません」
「……分かりました」

 13号が端末を操作した。ホルターネックで見えにくいが、首につけられたチョーカーがピピと鳴った。ふわりと体が軽くなるような感覚だ。頭のてっぺんからつま先まで、遠かった感覚が冴えていく。
 手当のために13号の傍で膝をついていた円がゆっくりと立ち上がる。

「血液の循環を円環と定義。円環それすなわち永遠なり」

 13号の止まらなかった出血が止まった。流れ出ていた血液が体内に戻り、心臓の拍動により血液の循環が滞りなく行われるようになった。中央広場を見下ろす。怪物はバカげた力の持ち主である。相澤が視ても変化がないということは元からそうで、また別の個性を有している可能性があるということである。さらに、相澤の折れた腕に手をたくさん着けたヴィランが触れると崩れた。そういう個性なのだろう。あちらにはワープの靄もいる。相手にするのはかなり骨が折れるだろう。しかし、やるべきことは一つである。
 個性を体に巡らせて紫電を纏う。バチン!静電気が弾けるような音を残して円は高速移動した。

「相澤せんせ、13号せんせに頼まれて来ました」

 相澤の後方に円は姿を現した。相澤に視られては本末転倒であるからだ。相澤はわずかに逡巡した後、か細い声で宣言した。

「イレイザーヘッドの名において、制限<リミッター>の完全解除を許可する」

 金属製のチョーカーが二つに割れて地面に落ちた。ごとん、と中々に鈍い音がする。凝り固まった首や肩をほぐすように回し、右腕を振り上げる。

「ちょっとしびれますけど我慢してくださいね」

 ドォォォンと凄まじい轟音がとどろき、視界が白く染まった。
 周囲にいたヴィランは感電し意識を失っている。残っているのは厄介な3人だけである。奴らの近くに生徒が3名いるのは好ましくない。ならば。
 相澤は重症である。顔面の骨折に両腕の骨折、崩壊。意識も失っており、出血や障害度から見て後遺症が残るレベルの傷である。ひとまずの応急処置として13号に施した円環をさらに強化し延命措置を追加で付与する。
 円環で増幅した生体電気によって筋肉の活動性を上げて高速移動のまねごとをして、3人の生徒を回収。相澤を運ぶよう依頼した。

「お前の個性何?雷?一発で伸びてら、チートかよ」
「素直に教えるとでも?」
「なら力尽くでいくだけだ…。脳無」

 脳無と呼ばれた化け物。見るからに筋骨隆々で円とは相性が最高に悪い。円の個性は“円環”。円環とみなした事象に関して、その円環の速度をいじったり逆に円環を断つなど、物理法則を超えた干渉が可能。こうして説明すると難解であるが、要は血液などの循環を円環とみなし、それが通常通りにめぐるよう干渉すれば、傷口などから流出を防ぎ血液は普段と変わらずに体中の組織をめぐる。
 使いどころの難しい個性であるが、電気との相性は最高なのである。生体電気や静電気などを円環とみなし増幅することで雷にも匹敵する威力すら誇る。この電気が円の最大の矛である。死人が出ないよう加減したとはいえ、あの威力の攻撃を受けて無傷で飄々とされると、円に残されたカードは少ない。
 肉弾戦にしてもあのパワーに勝てる気はしないし、生体電気を纏って筋力を強化するのにも限界はある。長時間使用すれば先に筋肉が限界を迎えて体が動かなくなるリスクもある。

「その脳無ってやつ、キメラみたいな気配がする。色々混ざってるんじゃないの?」

 円がすべきことは勝つことではない。救援が来るまでの時間稼ぎである。

「へぇ、分かるんだ」
「ヴィランに生命倫理がどうとか言っても無駄でしょうけど、随分時代錯誤な研究をなさってるのね」
「時代錯誤とは言ってくれるなぁ……脳無はオールマイトを殺すために造ったんだ」
「その超パワーだけでオールマイトに対抗できると…?」
「パワーだけじゃないさ」

 脳無が襲い掛かってくる。巨体に似合わず俊敏な動きである。咄嗟に再度身体強化で避けはしたが、辛うじて、である。防戦一方では分が悪すぎる。

「しょうがない、よね」

 電気攻撃の威力を意識を失う程度から、重症のやけどを負い生死の危険がある程度まで引き上げる。増幅した電気が可視化され、手のひらからバチバチと音が鳴る。空気中の塵が道となり脳無に雷撃が当たる。
 しかし当の本人は涼しげな表情である。

「こんの、バケモノめ…っ」

 これで涼しい顔なのだから、人間が食らえば確実に死ぬような威力まで引き上げる。表皮を焼き、凄まじい激痛が走っているはずなのに、ケロッとしている。右手の雷撃は弱めずに、左手で鉄砲の型をつくり先端に雷撃を集約する。雑な範囲攻撃よりもえげつなさが増す分、威力も凝縮されて増しているはずだ。

「ばーん」

 気の抜ける掛け声で放たれたそれは銃弾というよりレーザービームで、脳無の身体を焼きながら貫通した。効果はありそうだ。人間の急所というのはいくつかあるが、無力化するなら急所は外すべきである。そして、無力化するのにいい場所は、両膝や両肘である。関節を狙えばそこから先動くことはなく、命を奪うことなく戦力を確実に削げる。
 連射して全て命中である。脳無は地に臥した。しかし、何故違和感がぬぐえないのだろう。まだ終わってないと、胸騒ぎがする。

「へぇ、面白いじゃん」

 主犯と思われる手を着けた男が言った。その表情は余裕がある。やはり、まだなにかあるのだろう。
 脳無がわずかに身じろぎした。攻撃に備えて身体強化を発動する。でも、見えなかった。気付いた時には間合いに入っていて、回避は不可能だった。ガードしないよりかはましかと両腕をクロスして衝撃に備える。

「もう大丈夫。私が来た」

 気付けば大きな背中に庇われていた。体から力が抜け、無様に尻もちをつく。

「私が来るまでよく持ちこたえてくれた、円少女」
「ほんと、間一髪でしたけどね…。ここはお任せしても?」
「ああ、もちろんだ」
「では私は、クラスメイトのもとへ向かいます」

 膝が笑ってる。単に恐怖や安心感からではないだろう。身体強化による限界が近い。明日来るであろう筋肉痛が恐ろしい。オールマイトがいる。それならば私は何も考えずに走り出せる。

「アバタールイン」

 破滅の化身ともいえるこの技は言ってしまえば分身である。しかし分身も本体であり、本体も分身である、いわば全く同じ存在なのである。自らを一つの円環と捉え、その円環を複製することで実現可能となるが、まったく同じ存在であるがための欠点はある。
 しかし、たった一撃の雷撃で沈んだ有象無象を見る限り、ヴィランのレベルは主犯こそS級であれ他はそのへんのごろつきレベルだ。その程度のやつらに、アリューシャの二つ名を冠す円が遅れを取るわけがないのである。