燃える焼き印

  円が生み出した分身は、本体を含め3体である。USJにはセントラル広場を支点に暴風・大雨ゾーン、水難ゾーン、火災ゾーン、山岳ゾーン、土砂ゾーン、倒壊ゾーンと展開されている。避難が完了している水難ゾーン以外の5エリアを網羅しつつ、万が一のリスクに備えるための最少人数を考えてだった。
 アバタールインの最大の欠点は、全てが完全に同一の存在でなくてはならないことだ。便宜上分身と呼んでいるが、実際にはそのすべてが本体である。自身の円環を複製して生み出しているため、衣服が破れたり髪の毛を切られたりなどの本体との違いが生まれると、同一の存在であるという前提条件が崩れるため、全てが消滅する。つまり、駒木 円という存在が消し去られてしまうのである。

 倒壊ゾーンに向かっていた円は切島と爆豪に遭遇する。次いで轟とも。二組は倒壊ゾーンと土砂ゾーンに居たということで、残るは暴風・大雨ゾーン、火災ゾーン、山岳ゾーンの3つである。すでに暴風・大雨ゾーンと火災ゾーンには向かっているため、山岳ゾーンを目指す。
 寄り道をしたため最も遅く到着した山岳ゾーンには八百万、耳郎、上鳴が飛ばされていた。上鳴がヴィランに拘束され人質に取られており、八百万と耳郎は成すすべがない。

「チッ…」

 すぐにでも救出したいところだが、既に生体電気を増幅させた筋力強化は筋疲労が限界を迎えているためできない。何なら筋疲労のせいで普通に走るのさえままならない。遠距離攻撃として雷撃があるが、そうすると身体的接触のある上鳴にも攻撃が及んでしまう。それに対してレーザー射撃は上鳴に影響せず行えるが、中距離攻撃であり現在力では距離がある。もどかしいにも程がある。

「射程に入った…っ」

 円はギリギリの射程距離で確実に当てるために立ち止まる。右手を構え、左手を添える。ばーん、と口にすると同時に、右手の人差し指からレーザーが放たれた。

「なっ…ん…」
「今のうちに!」

 上鳴を拘束しているヴィランの腕にレーザーを命中させ、人質が解放された。今のうちに反撃なり避難させるため円は叫んだ。その時だった。

「1-A クラス委員長 飯田天哉!ただいま戻りました!!」

 応援を呼んだ飯田が帰還し、教師を兼ねるヒーローが勢ぞろいしていた。これでヴィランの制圧と確保は容易だろう。円の役目は終わった。アバタールインを解除するため、クラスメイトの誘導をしつつセントラル広場に集結する。
 主犯がワープで逃げたため、セントラル広場では円が雷撃でダウンさせたヴィランの確保と生徒たちの安否確認が始まっていた。ヴヴン、と分身同士が重なり合い、一つに戻った。こんなに個性を使ったのはいつぶりだろうか。筋疲労も相まって、身体が倦怠感に包まれる。

「駒木!みんなを助けに行ってくれてありがとうな!」
「別に、切島くんに感謝されることじゃ……」
「駒木って言っちゃ悪いけどクラスで浮いてたし、駒木も駒木でどっか俺たちに一線引いてたっつーかさ…」

 切島が駆け寄ってきて何故か円に感謝する。実際に助けに行ったクラスメイトから言われるなら分かるが、自力でヴィランを制圧した切島に言われると違和感がある。
 USJの入り口で全体の様子を見ていた根津の視線は、大きな声で話して少々目立っていた切島に向かった。その隣には公安からの要注意人物 駒木 円の姿があった。齢15にして要注意人物として監視と個性の制御を受ける彼女は困惑した顔で切島と話しており、今までの無表情から一転して年相応の愛らしさがある。そして、違和感を覚える。そう、円が受けているはずの制御-リミッター-、それが彼女の首にないことに気付いたのだ。
 制御-リミッター-をせねば。こんな時のために上から制御-リミッター-を強化させる呪文のような文言を各教師は教えられていた。それを唱えた瞬間、ガチンと硬質な音を立てて制御-リミッター-が首にはまり、

「あああぁぁぁあああああ!!!!」

 絶叫が響いた。獣の咆哮のようなそれは、女性らしく甲高く、苦痛に満ちていた。

「あ、おい!!どうしたんだよ!!大丈夫か!!!?」
「ぁっ、いぁ……んぎぃ、ぁ…ああああぁぁああ」

 円は右肩を中心に広がる激痛に、膝をつき倒れ悶えた。円の突然の異変に切島は驚愕しながらも、しゃがみこんで円を心配する。文言を唱えていた根津も、このような事態は想定していなかったようで、周囲の教師たちと驚愕の色を浮かべている。円のただならぬ様子に、集まっていたクラスメイトもすくみ上っている。
 円の右肩にある焼き印から湯気があがり、赤く色づいていることに気付いたのは、傍に居た切島だった。切島がそこに手を伸ばす。

「あっっっつ!!!!」

 煌々と燃える鉄のようにそこは熱く、触れていられなかった。異変を察した轟が駆け付け、その様子を見て右の氷結を施した。

「なっ…」
「ひぐ、んあぁぁあああ!!!」

 氷は焼き印に触れると同時にジュっと音を立てて蒸発し、円はさらに苦痛に満ちた叫び声を上げる。轟は無意識に火傷の跡が残る左目付近に触れていた。誰もが呆然と、叫びうずくまる円を見ていることしかできなかった。

 パリィン、とガラスが割れる音で、全員の意識が戻ってきた。音の正体はUSJの天井のガラスドームが一部割れた音で、その正体はいつか切島が学食で見たサポート科の令嬢のような生徒であった。

「円ちゃん!!!!」

 彼女 数多 万代-あまた ましろ-の声は必死さを帯びていた。円を助け起こし、手を取り、名前を呼んだ。唯一の友人の声に円はすがるような眼差しを向けていた。

「っすけ…!万代、助けて、痛い…焼ける…」
「えぇ、えぇ、助けますわ!」

 涙を浮かべながら訴えた円に、万代は胸が潰れるような思いだった。万代は個性を使い、円の耳元でおやすみ、とささやく。円の瞳がとろんとして、それを助けるように万代が手を覆う。円は苦し気な表情を残しながらも、糸が切れたように眠りに落ちた。万代は円を大切そうに抱きかかえた。
 円が苦しんだ元凶は言わずもがなであり、入り口付近の階段の上にいる教師陣を、万代は怒りに満ちた目で見遣る。

「何故円ちゃんを罰するのですか!!? 焼き付けの拷問を受けさせるほどの罪を円ちゃんが犯したというのですか!!?」
「1-F組の数多 万代さんだね。授業中で教室に待機を命じていたことは咎めないよ。それよりも、焼き付けの拷問とは何のことだい?駒木さんのさっきまでの様子について、ボクたちもよく分かっていないんだ」
「理解もせず、よくもあんなことを…っ」
「駒木さんの制御-リミッター-が完全に解除されていた。これはヴィラン襲撃に際して相澤先生と13号が許可したためだろう。そして再度制御-リミッター-を施すためには、これを読めと上からお達しがあったので、ボクはそれに従った…。制御-リミッター-は無事施されたが、その他に関してはボクの意図することではない」
「上から……。ああ、そういうことですか。素人を相手に、“あの方々”がわざと仕込んだということですわね…。本当に、良い性格をしていらっしゃいますわ…」
「数多さん、教えてくれるかい?」
「……この場でお話しすることではありません。今は円ちゃんに休息を取っていただくことが先決ですわ。…それとも、罪人にプライバシーも人権もないとおっしゃいますか」
「いや。ではまた機会を設けるとしよう。駒木さんの事情聴取は回復してからと、ボクから警察に伝えておくよ。駒木さんと数多さんは早退するかい?保健室でリカバリーガールに見せてもいい」
「早退させていただきます。ご配慮、感謝いたしますわ」

 万代は女子とは思えない程軽々と、円を横抱きにして足早に去っていった。