勝率とリスク

  職場体験は一部の生徒はヒーロー殺しに遭遇し、大変な騒動となった。緑谷や爆豪はなんと補習となっていたが、円は補習を免れた。採点基準が分からない。
 夏を迎え、いよいよ雄英高校での生活も一学期を終えようとしている。期末試験は、筆記は万代とともに勉強したこともあり、赤点は免れた。問題は実技試験である。
 実技試験は例年ロボットを相手にした戦闘形式だという。ロボット相手であれば問題はないが、職場体験以降自分がヒーローになりたいのか、ヒーローになるのであればどうあるべきか、など自問することが増えた。このように自分を見失っている時期は、あまりいい結果が出ないことを知っている円は実技試験について不安があった。

「よろしくね」
「よろしく頼む」
「…よろしく」

 実技試験のパートナーは蛙の個性の蛙吹 梅雨と、黒影-ダークシャドウ-という個性の常闇 踏陰だった。対するは、分身の個性を有するエクトプラズムだ。
 エクトプラズムは分身の個性だけでなく、近接戦闘において常闇との相性が悪い。常闇は中遠距離攻撃を得意とする分、本体まで間合いを詰められる近接戦闘が不得意だ。蛙吹は弱点という弱点がないため、弱点をフォローできるかがかかっている。
 そして、円だが……困っていた。

 円の円環という個性は、使いどころの難しい個性であるが、汎用性が高い。特に電子との相性が良く、円の攻撃はもっぱら電撃だった。正確な範囲攻撃が可能であり、エクトプラズムとは相性がいい。
 しかし、事前の作戦会議にて、今回はその電撃を封じなければならないこととなった。それは常闇との相性だ。黒影-ダークシャドウ-は光に弱い。味方である円が電気をバチバチさせれば、黒影-ダークシャドウ-が弱体化してしまう。
 ひとまず筋力強化をして蛙吹と共に近接戦闘のサポートをしているが、いまいち決定打に欠ける。このままでは課題クリアは難しい。どのように個性を使えば最善かを考えていた。

「常闇ちゃん、駒木ちゃん、見えたわ。ゴールと、恐らく御本人」

 エクトプラズムの分身体をいなしながら、ホールのような吹き抜けの施設を進むと、ファンシーなゴールで待ち構えるエクトプラズム本体を発見した。分身という個性は本体がゴールの守護、分身が索敵や迎撃をできるため、攻守ともに優れている。円は戦いにくい相手だ、と独り言ちる。
 エクトプラズムの両脚は義足である。敵-ヴィラン-との戦闘で失ったと聞く。それでも義足を用いて、今もなお現役で活躍を続けるヒーロー。一筋縄ではいかない。

「コレナラ ドウダ?」


-強制収容 ジャイアントバイツ-
エクトプラズムの必殺技で、数は出せなくなるが、その分の分身体を集合させ巨大化させる。しかもその巨大な分身体に触れれば、身体が沈んで身動きが取れなくなる。

 巨躯の割に俊敏で、避けようと思った時には既に手遅れだった。班員がひとり多い有利すら殺す強個性。手足と動態をしっかりと拘束され、ほとんど身動きが取れない状況となった。
 黒影-ダークシャドウ-も汎用性の高さから万能個性と謳われるが、エクトプラズムの方が上手である。

「黒影-ダークシャドウ- お前だけでもゲートを通過しろ!」
「アイヨ!」

 意気揚々と黒影-ダークシャドウ-がエクトプラズムに挑むも、正面からは凌げず軽くいなされている。遊んでいるような余裕すら見える。

「でも届くのなら、チャンスはあるわ。黒影-ダークシャドウ-ちゃんにコレを持たせて」
「コレ…?」
「あんまり見ないでね。先生に気付かれるわ。それに、とっても醜いから」

 ゲコ、と蛙吹が蛙のように胃袋を出す。胃袋からは、蛙吹が咄嗟に飲み込んだカフス。こちらが動きを封じられれば必然とゲートを通り抜けてのクリアは難しい。それを見越しての判断だろう。

「でも現状黒影-ダークシャドウ-は劣勢。カフスをかけられるか不安が残る。カフスを気取られれば、勝率はぐっと落ちる」
「ふむ、確かにその通りだが、やらねばならないだろう」
「私に考えがあるの。ただ、黒影-ダークシャドウ-と常闇くんには、リスクが大きい」
「教えて頂戴、駒木ちゃん」

 円の個性は電撃と勘違いされがちだが、円環である。そしてその技の中に破滅の化身-アバタールイン-というものがある。自己を一つの円環とみなし、それを複製する技である。
 この技は思考も技術も、全てが同一の個体として分身をつくることができるため、単純に戦力が倍以上となる強力な技だ。しかし、それゆえの欠点もあり、傷を負うなどして“完全に同一の存在”でなくなった時、円環に矛盾が生じるため本体を含め消滅してしまう。
 この技を黒影-ダークシャドウ-にかければ、エクトプラズムの不意を突きカフスを掛ける確率はぐっと上がるだろう。しかし、黒影-ダークシャドウ-がエクトプラズムの攻撃を受けて同一の存在でなくなれば、黒影-ダークシャドウ-は消滅し、へその緒を介してつながっている常闇にもその影響は及ぶだろう。

「確かにリスクは大きいようだが、俺と黒影-ダークシャドウ-を見くびってもらっては困るな」
「でも、個性を失うでは済まない可能性もある。死ぬことだって…」
「心配は有難いが、そこまでサポートを受けて勝てない俺たちではない」

 常闇の強い眼光に圧され、円はこくりと頷いた。黒影-ダークシャドウ-が引いたタイミングで、蛙吹からカフスを受け取り、円が円環の個性を使う。

「破滅の化身-アバタールイン-!」
「黒影-ダークシャドウ-!頼んだぞ!」
「アイヨ!!!」

 複数の黒影-ダークシャドウ-でエクトプラズムを翻弄し、その蹴りを受ける際、カフスを掛ける。
 エクトプラズムが目を細め、ホウ、と呟く。

《蛙吹・駒木・常闇チーム 条件達成!》

「駒木ちゃん、戦いにくかった中でも頑張ってくれてありがとう」
「別に…。大したことはしてないし、筋力強化だけじゃ決定打に欠けるから、分身退治でもそんな役に立てなかったしね」
「俺との相性で得意の電撃を封じてしまっても、充分やりあえていた。それに、駒木が陽動を考え付いてくれなければ、エクトプラズム先生相手に、不利な一発勝負しかできなかった。俺たちが勝てたのは駒木のおかげだ」

 そんなことは決してない。蛙吹の冷静さと常闇の攻撃力があってこその勝利だ。円がしたのはあくまで勝率をあげる手伝いでしかない。実行したのは黒影-ダークシャドウ-だ。

「ヨクヤッタ」

 エクトプラズムは自己評価の低い円を純粋に評価した。教師として円の抱える問題は知っている。知れば知るほど駒木円という少女は、自分の置かれた状況を適切に理解し、望まれるがまま大人しく殻に閉じこもっている。
 職場体験の成績は、あのベストジーニストをして最高評価だった。ベストジーニストとサイドキックからも、非常に惜しい人材であると言わしめたほどだ。
 今日も不利な状況下でも冷静に分析し、勝利をより確実なものとするための手段を見付けた。その手段にあるリスクも理解して、常闇と黒影-ダークシャドウ-を思いやる様子も見られた。駒木円は冷めた自分勝手な人間に見えて、情の深い少女なのだ。

 控室に戻る円の背中の焼き印をエクトプラズムは切ないまなざしで見送る。

「ホントウ ニ オシイ、ナ」