和解

  期末試験を無事パスし、いよいよ夏休みを迎えようとしていた。夏休みには強化合宿を控えており、そのための買い出しに1年A組のほとんどのメンバーが木椰区のショッピングモールに集っていた。
 円も珍しく、切島の誘いに応じていた。

「駒木さん珍しいね!」
「靴とか鞄とか、必要な物あったから」
「あ!ウチも大きめのキャリー欲しいと思ってた!」
「では一緒に回りましょうか」

 芦戸さんはとても明るい人だ。誰とでも打ち解ける、底なしの明るさと気安さがある。彼女を皮切りに、円の周囲には耳郎や八百万が集まり、自然と行動を共にするようになる。
 それを見ていた切島が、男泣きしながらサムズアップをしてきたが、円にはなんのことか分からなかった。



「駒木、ごめん」

 突然の謝罪に円は首を傾げる。みんなの買い物がある程度片付いたので、小休憩にカフェで冷たいドリンクを飲んでいた時の事だった。

「ずっと言おうと思ってたんだけど、機会なくってさ。身体測定で駒木が手抜いてた時腹立ったし、体育祭でないのもまた手抜いてんのかなって思った。でも、そうじゃなかった。何か理由があるのかなって、駒木がUSJの時助けてくれた時に気付くべきだった。ハブってたわけじゃないけど、感じ悪かった。ごめん」

 耳郎を皮切りにみんな思うところがあったのだろう。必要のない謝罪に円は戸惑った。

「いや、私も感じ悪かったし、みんなにそう思わせるような態度取ってたのは事実だし」

 雄英入学を、みんなと違って崇高な目的を掲げてヒーローになるためのプロセスとせず、円保身に走っただけだった。しかしその保身も信用されず、結果的に監視が増え円のストレスは増した。
 駒木はみんなと違う。みんなはヒーローを目指す黄金の卵で、円は敵-ヴィラン-。みんなは真っ直ぐ目標に向かって突き進んでいて、円は姑息な手段も厭わない割になんの目的もない。みんなとの間に壁ができるのは必然だった。
 そうやってみんなとは違うから、と遠ざけて憎まれるような態度をしていたのは円自身だ。

「おうちのご事情はとてもプライベートなことですわ。あのような場で晒し者のように話すことではありませんでした。副委員長として爆豪さんを止めるべきでした」
「いずれマスコミに割れて、みんなも知ることになったと思うよ。マスコミにあることないこと吹き込まれるより、私から直接みんなに言えて良かったよ」

 最近円は変わった。USJの一件や職場体験、先日の期末試験で、たくさんの人に認められ感謝された。
 爆豪だって、今まで爆豪ほど真正面から円にぶつかってくる人はいなかった。みんな腫れ物に触るように遠巻きにしていたから。あの時爆豪にイラついて感情のままに、出自を明かしたのは得策ではなかったが、それがあったからこそみんなとの距離が縮まった。

「私、敵-ヴィラン-じゃないのに、周りが敵-ヴィラン-として扱うから、自分でも気付かない内に、自分でも敵-ヴィラン-だからって認めてた。しょうがない、どうしようもないって諦めてたことたくさんある」

 みんな円の独白を傾聴してくれている。

「でも、やっぱり私がしたことはいけない事だったかもしれないけど、私は敵-ヴィラン-じゃない。まだみんなと違ってヒーローになるとかピンと来てないけど、私もヒーローに……」

 ピロン、と誰かのスマホが鳴った。芦戸のようだ。「空気読めって」「マジでごめんってぇ」と和んだ空気だったが、芦戸が差し出したスマホの画面を見て、一瞬で引き締まる。
 1年A組のグループチャット。"麗日のデクくんが死柄木と接触して、今警察呼んだ。みんなは無事?"
 芦戸がそのままメンバーの無事を報告し、八百万さんが静かにするよう言う。ショッピングモールは非常に混雑している。迂闊に敵-ヴィラン-が居たことを言ってはパニックになる。

「ここの管理の人にも言った方が警察がスムーズかも」
「確かに!ウチ探してくる!」
「耳郎さん!単独行動は危険ですわ。全員で向かいましょう。芦戸さんはこのことをグループで共有を」
「分かった!」

 ショッピングモールの警備員に情報提供し、警察や近隣のヒーローと連携をとる準備を進めるよう提言する。その後は緑谷たちと合流し、緑谷は事情聴取、他は解散となった。


 そんなこんなで、敵連合を警戒した雄英高校は、合宿先を急遽変更し、当日まで生徒や保護者にも明かさない運びとなった。

「では、円ちゃんは無事ですのね」
「接触もしてないからね」
「ニュースで見た時は心臓が止まるかと思いましたわ」

 円は母亡き後お世話になっている下宿先に帰宅した。そのあと、心配した万代がわざわざ駆けつけてくれたのだ。
 万代を自室に通し、今日あった出来事を語る。万代は円がA組の一部と打ち解けたことを、自分の事のように喜んでくれた。

「万代にはたくさん心配かけたね。ごめん」
「そんなの、そんなの、良いんです……。円ちゃんの良さを知って、認めてくださる人が増えて、わたくし嬉しいです……」

 万代は中学の同級生だ。家柄もあって円はお嬢様学校に進学したのだが、当然のように浮いていた。そんなことを気にせず仲良くなったのが万代だ。
 万代は円がどんな事情を抱えて、何を思って生きてきたのかを知っている。知った上で怒り、円のそばに居ることを選んでくれた貴重な友人だ。

「でもちょびっとだけ残念です」
「どうして?」
「今まで私だけが円ちゃんの素敵なところを知っていて、独り占めしていたのに。もう私だけではなくなってしまいます」
「でも、私の一番の友達はずっと万代だけだよ」
「まぁ、円ちゃん……っ」

 万代は満面の笑みを浮かべて、円に抱きついた。






あとがき
第一章 She is coming.(彼女はやって来た)終了です。
物語の導入としてキャラとの絡みが少なく、読む気持ちが折れてしまわないか心配です。
ヒロインは環境に恵まれなかったせいでツンツンしていますが、根は社交的でヒトをからかったりするタイプです。
嫌な態度するなら無関心、良い態度なら好意的を返す、良い子だと思います。世界を恨んでいてもおかしくないヒロインですが、一部の人には良くしてもらってるので、踏みとどまれています。