妖怪登場



あの後別に、牛島先輩と何かあったとか、仲良くなったとか、そういうことは一切なかった。以前と同じく、昼シフトから夜シフトにかけての夕方数時間、バイトで少し一緒に働くだけ。相も変わらず、家では顔を合わせないし、私はバイトでミスばかりだ。

「やばっ!15卓にデザート出してなかった……!早く作らなくちゃ、あっでもあっちの注文取らなきゃ、あ、入店、あ、いらっしゃいませー!あ、えと、」
「苗字」
「あ、牛島せんぱ、」
「15卓のパフェは作っておいた。このまま俺が出すが良いか?その足で入店の案内をする。苗字は注文を取ってきてくれ」
「わ、わかりました……!」

相変わらず仕事が遅い私を、牛島先輩はこうやってフォローしてくれる。おまけに、

「すみません、さっき、ありがとうございました。テンパっちゃって……」
「いちいち礼はいらない。パフェは俺が作った方が早いし、そのまま案内をした方がスムーズだからそうしただけだ」

こういう嫌味も相変わらずだけど、不思議と前みたいな怖さや怒りは感じなかった。……というか、多分、嫌味ですらないんだろうな。先輩はただ事実を言っているだけで。

「……客が途切れたな。今のうちに俺は裏に行って食器を運んでくる。苗字は店内にいてくれ。皿を割る確率は確実に俺の方が低いから、俺が行くべきだろう」
「…………ハイありがとうございます確かに私じゃお皿割るかもしれないですもんね!」
「ああ。その通りだ」

あ、さっきのなし。やっぱ怒りは感じるわ。



今日は、夕方の忙しさから一転、夕飯時にはすっかり客がいなくなってしまった。開店休業状態だ。牛島先輩は裏にこもって、せっせと食器を食洗機に詰め込んでいる。かかりっぱなしの有線が、空っぽの店内に響いている。

カラン。
客の入店を知らせるドアベルが鳴った。ボーッとしていた私は我に帰り、店の入り口に「いらっしゃいませーー!」と呼び掛けつつそちらへ向かう。

「何名様でしょうか?」
「1名様だよ〜」

赤い髪に奇妙な動き、そしてニヤニヤと笑っているかのような口元。お客様に失礼だとは思うが、まるで、妖怪みたい、と思ってしまった。そっと、心の中の関わりたくない客リストに入れさせて頂く。できる限り関り合いになりたくないので、無愛想に案内し、無愛想にお冷やを出す。

「あれ?キミ、もしかして苗字ちゃん?」
「……はい?」

関り合いになりたくないと思ったそばから、どうしてこうも、上手くいかないものか。
何で私の名前を知ってるんだろう。こんな妖怪みたいな人、知り合いにいないし、もしかしてストーカー?!というか今気付いたけど店内にコイツと私二人っきり?!
貞操の危機を感じる私をよそに、妖怪さん(仮)は呑気にメニューを開いて見始める。
もしかして、もしかしなくても、牛島先輩を呼びに行った方が、いいのではないか……?!

「店員さーん!苗字ちゃーん!コレ!ビーフシチューとぉ、苺パフェとぉ、あと、」

妖怪さん(仮)は元気よく開いたメニューを指差した。そしてすぐ、私……の後ろの、スタッフルームの方を指差す。

「若利君、呼んでくんない?いるんでしょ、牛島、若利君」

全く状況が飲み込めない。苺パフェは、お食事の後でよろしかったでしょうか?と、聞きそびれてしまった。ああ、また牛島先輩に嫌味を言われる。

(2021/4/10)




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