特別



「あの……お茶……で良いですか」
「いや、お構いなく」
「そうですか……」

お構いなくと言われた場合、お茶を出すのが正解か、出さぬのが正解か。わからなかったので、とりあえず間を取ってコップに注いだミネラルウォーターを出してみた。それから、ちょこんと(???)座る牛島先輩の目の前に、私も座ってみる。二人の間には、安っぽいローテーブル。そしてテーブルの真ん中には、何の変哲もない、肉じゃが。

「あの、どうぞ……」
「では、有り難く。頂きます。」

牛島先輩は、手を合わせて深々とお辞儀をし、綺麗な箸使いで肉じゃがに手を付けた。真摯で丁寧な態度。先輩を毛嫌い、している私でも、こんな姿からは先輩の育ちの良さをひしひしと感じた。

……ここ数日間、色々あった。これまで、ほとんど交流のなかった先輩と、隣人であることが判明し、完璧じゃないことや植物に優しいことを知り、人助けする姿を見て、お互いの部屋に行き来して、こうして一緒に食事をしている。全く知らない、ただ恐ろしい人間だったはずの先輩の、色んな一面を見た。
正直言えば、もう私だってわかっているのだ。
牛島先輩は、怖い人じゃない。ちょっと人より無表情で無愛想で空気読めなくて威圧的なだけで、本当は善良で、優しくて、真面目な人なのだということ。

「……う、」
「ど、どうしました……?変な物は入れてないはずですけど……」
「美味い……!」

牛島先輩は、目をキラキラ、はさせてないけどそんな感じの雰囲気で、肉、ニンジン、ジャガイモ、白滝、と順繰りに食べていった。そしてもう一度、「美味い」と言う。

「そ、そんな大層な物じゃ……」
「いや、苗字。これは凄い。とても美味い。俺は、感動している。こんな美味い物は、初めて食べた」

遠慮とかないんかい!と思う程、牛島先輩は肉じゃがを勢いよく食べた。一口食べれば「美味い」と言い、もう一口食べれば「ああ、これは凄い」と呟いた。
自分の作った料理を、誰かがこんなにも感激して食べてくれるのなんて、初めてだった。何か、何かは良く分からないけど、先輩が「美味い」と言う度、心臓の奥から熱くて鬱陶しくて居たたまれないような気持ちがこみ上げてくるような気がした。

「苗字、何か特別な物でも入れているのか?」
「入れてないですって。普通の肉じゃがですよ。レシピ本見て作っただけです」
「……そうか、わかった」
「……?何がです?」

牛島先輩は、久方ぶりに箸を置き、目線を皿から私に移した。相変わらず表情は読めない。でももう、怖くはない。

「この肉じゃがは、特別美味い。そしてそれは、苗字が作った物だから、益々特別に感じるのだな」

何で、そんなこと言うんだ。牛島先輩のくせに。何で、そんなに、優しく笑うんだ。

(2021/3/14)




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