点が線に、面に、立体になる



天童さんが来て以降、来客は一人もなく、案の定私は牛島先輩と同じ時間に上がらされることになった。着替え終わって店内を通ると、先程と同じテーブル席に天童さんが座っている。最低限の会釈をして通りすぎようとすると、天童さんに手招きされた。気乗りはしないけどしょうがないので近づくと、指で向かいの席に座るよう指示される。
えっなんか怖いし牛島先輩のお友達と仲良くなる義理なんてないし面倒臭いしとか色々浮かぶが、無下にもできないのでしょうがなく腰を下ろした。どうせ、先輩が上がってくるまでの時間潰しだろう。

「苗字ちゃん。好きなもの食べなよ!俺が奢るから。っていっても働いてるところのご飯なんて食べたくない?でもビーフシチュー超美味しかったよお!」
「えと……天童さん、ですよね」
「そんなビビんないでって!せっかくだからちょっとお喋りしようよ!若利君、先に帰っちゃったから寂しくてさぁ」
「ええ?!」

牛島先輩を待ってたわけじゃないんだ?!この人、ほぼ見ず知らずの私のことをわざわざここで待っていたっていうこと?!意味不明すぎるし、気まずすぎる。私は初対面の人とすぐに打ち解けられるようなコミュ力は持ち合わせていないし、生憎打ち解けたいと思うようなモチベーションもない。とにかく、適当に世間話をして、さっさと帰ろう。

「えっと……天童さんと牛島先輩って……」
「高校で一緒にバレーやってたんだよ。バレーボール」
「ば、バレー、ですか」
「あれ?知らなかった?若利君、今は実業団でバレーやってて、この前の日本代表のメンバーだよ?」
「にっ、日本代表ぉ?!?!」
「そうそ、高校の時からすごくてさ、スーパーエースとか呼ばれてて、ちなみに俺そんな若利君のマブダチ」

何かスポーツやってるんだろうなー、くらいに思っていた。まさかそんな、日本代表だなんて、ガチ中のガチだったとは。大きな体躯、ベランダを覗き見た時に見えたユニフォームやスポーツシューズ、低カロリー高タンパクな食材たち、人一人背負って走り抜けるスタミナ、そしておまけに、さっきのナイスレシーブ。全ての点が、線になって繋がるようだった。

「知ってるかと思ってたんだけどな。若利君って苗字ちゃんのこと気に入ってるし」
「き、気に入って……?!いやいや、そんなことないですって!むしろ嫌われてると思いますよ。仕事できないし、のろまだし、いっつも嫌味言われてます」
「若利君のアレは嫌味じゃないってー!……ってそれは苗字ちゃんもわかってるんでしょ?」
「そ、それはまあ……」

ドリンクバーのやっすいジュースを一気飲みすると、砂糖の味がした。

「若利君がこんなに人間に興味を示すの、珍しいよ〜。しかも女の子!ワクワクしちゃうなぁ」
「きょ、興味って……。どうせ、こんな出来の悪い奴、おもしれー的な感じじゃないですか」
「いやいや。若利君は基本的に出来の悪い奴が嫌いだよ。眼中にもない」
「うっ……」
「なのに君のことは好意的に見てる。ウーン、なんでだろうねぇ〜!なんでだろうねぇ〜!」

天童さんは何故かすごく楽しそうだ。くねくね動く姿はやっぱり妖怪みたい、と思ってしまう。

「そうだ!良いこと思い付いちゃった」
「な、なんですか……?」
「うんうん、ちょうどいい。今週末、若利君のチームの試合があるから、苗字ちゃん、見に行くといいよ」

今週末、確かに私も牛島先輩もバイトは休みだったことを思い出した。
点が線になり、線が面に、立体になっていく。心臓の奥から再び沸き上がる、熱くて鬱陶しくて居たたまれないような気持ちが、私を支配し始める。

(2021/6/5)




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