隣に住んでる



これまでのあらすじ:バイト先で一番怖い先輩がマンションの隣の部屋だった。

あれからというもの、私は怯える日々を過ごしていた。東京に出てくるとき、ここなら治安も良さそうだし安心ね、と言って一緒に学生用のマンションを選んでくれたお母さん。ごめんなさい、敵は内部にいました。
隣から聞こえてくる些細な物音でもビクッと怯えてしまう。出掛けるときに出くわさないよう、玄関を出るときはドアを細ーく開けて辺りを見回してから家を出る癖がついたし、テレビを見るときは隣に極力迷惑をかけないようにイヤホンを使うようになった。バイトのシフトが、牛島先輩が出勤で私が休みの時が唯一心が安まる時で、先週ここぞとばかりに大声で歌いまくったら反対の隣から壁ドンされた。

「ご近所さんに鬼がいたとはなぁー」

ハァ、とため息をついて、テレビをつけた。今日は先輩は出勤、私は休みだ。明日はまた夕方に数時間シフトが被ることを思うと今から気が滅入ってしまう。
なんとなしにテレビを眺めていると、天気予報が始まった。キャスターのお姉さんが、『俄雨に注意です!洗濯物は室内干しにしましょうね』と言う。私はもともと部屋干し派だ。浴室乾燥もついてるし、女子は危ないから外に干すなと言われている。
……ふと、意地悪な考えが、頭をよぎる。牛島先輩は、洗濯物を干しっぱなしだろうか。このまま干していて、雨でびしょぬれになるんじゃないだろうか。あの、完璧超人の牛島先輩の洗濯物がびしょ濡れになるところ、超見てみたい。ざまあみろって思いたい。あの完璧超人がしょぼーんってなってる所、心の中で嘲笑ってみたい……!

「見てみるだけ……」

ベランダに繋がる窓をカラカラと開ける。同じフロアのベランダは隣同士で繋がっていて、災害時に蹴破れるパーテーションで仕切られているだけの作りだ。ベランダからよいしょと少し外に乗り出して覗き込めば、大体の様子はわかる。

大した量の洗濯物があるわけじゃなかった。スポーツのユニフォーム?のような物が数枚と、バイトの制服の替えが干してある。(なあんだ、これだけか)と思って下の方を見ると、すごく大きなサイズのスポーツ用の靴と、そして所狭しと置かれた鉢植えが目に入った。

植物に詳しくないから、一つ一つの名前はわからない。でも、全部丁寧に育てられていることはよくわかった。つやつやの葉に、今にもこぼれそうなつぼみたち。スポーツ用の靴の奥に、小さな如雨露が置かれている。

(植物とか、育てるんだ。……意外)
心なしか、あの冷たい眼光の牛島先輩の、柔らかい一面を垣間見たような気分だ。で、でもこれって、不良が捨て猫を拾ってたらめっちゃ良い奴に見える理論みたいなもんで、あの怖すぎる牛島先輩と植物が似合わなすぎて、優しく感じるだけだろう。だいたい、植物を育てたら優しい、なんてそんなイージーな話、あるわけない。牛島先輩は植物には優しいけど人には厳しい人、というだけだ。

「あ、雨……」

急に降り出した雨が、だんだんと強くなっていく。私は、無残にも濡れていく牛島先輩のユニフォームと植物たちを眺めている。ざまあみろ、とは思わなかった。のろのろと部屋の中に戻り、牛島先輩の帰宅に備えてテレビを消した。

(2020/9/27)




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