原始人



ひょんなことから先輩の家で二人きり。頼まれたことはやったし、帰ろうとしたところで目と目が合ってその時二人は恋に落ちる——

はずもなく。

「では私はこれで」
「ああ。ご苦労だったな」

淡白な挨拶を交わし、さっさと先輩の部屋を出た。こちとら、目を合わせるのも怖いのだ。また何か嫌みを言われる前に、早いところ退散するに限る。

「ふわぁ〜……!疲れた……」

自分の部屋に戻り、ベッドに腰かけるとドッと疲れが出てきた。重力に任せてベッドに倒れ混む。バイトを終えてから1時間しか経っていないのが信じられないくらいだ。しかも、よくよく考えてみれば私は何もしていない。ただお婆さんに駆け寄り、パニクって、牛島先輩の荷物を冷蔵庫に入れただけだ。なのにこの疲労感。多分、1日に2回も先輩に会ったせいだ。そうだ。そうに決まってる。

「明日はバイトも大学も休みだし……」

着替える気力も化粧を落とす気力もなかった。私はそのまま、襲い来る眠気に身を委ねた。





ドンドンドンドン!!

突然部屋中を震わせるような音がして、私は跳ね上がるように飛び起きた。え?何?地震?!いや違う、と頭の中はまたもやプチパニックだ。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。冷静になってみると、さっきのはドアを叩く音だ。いや叩くなよ。原始人かよ。インターホン鳴らせよ。
するとまるで私の思考を採点してくれたかのように、インターホンがピンポンと鳴った。

「は、はい……どなたですか……」

インターホンよりも先に、原始人みたいな訪問方法を取るような客だ。どんなイカれた奴が来るかと、私はおそるおそるインターホンに問いかけた。

「苗字、居たか。牛島だが」

ひぇっ!と悲鳴をあげそうになるのを咄嗟にこらえる。どうして?!と叫びそうになるのもついでにこらえる。
牛島先輩と私の間には、暗黙の了解があった。お互い、相性の悪い人間と偶然隣人となった者同士、プライベートな空間は侵食しない。私たちはあくまでもアルバイトが同じというだけの、赤の他人なのだから、と……別にやりとりして約束したわけじゃないが、これが暗黙の了解だと、思って、いた。そう、思っていたのは私だけだったらしい。

「ど、どうしました……?何か……?」
「休日にすまんな。実は……」

インターホンのカメラ越しに、牛島先輩が何かを持ち上げるのが見える。なんだろう、茶色いのはわかるんだけど、何しろカメラ越しなのでよく見えない。

「自炊をしてみたのだが作りすぎた。少し食べてくれないか」
「ひぇっ!!」

今度は悲鳴をこらえられなかった。料理を作りすぎた牛島先輩、なんて恐ろしい来訪者だろう。原始人よりも嫌なものがやってくるなんて、誰が予想できただろうか。

(2020/11/15)




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